第三十六話 「これから」
「まずは礼を言う。」
副団長率いるアークトリア騎士団をポコポコ村に招き入れてから、1日が経過した。十数名が同時に押し寄せたことで宿が足りず、カイルと副団長は私の家で1日を過ごした。ハンスさんは四六時中ビビり散らかしていたが、私たち女性3人は何てことはなかった。
「して先日の無礼な取り立て、誠に申し訳なかった。併せて謝罪させてくれ。」
副団長は深々とハンスさんに頭を下げている。
「や、や、や、や、や、やめてください!」
天下のアークトリア騎士団、それも副団長が一端の薬草屋の店主に頭を下げる光景は、正直に言って私は笑いを堪えるのに必死である。念のため勘違いがないように言っておくと、決して副団長を笑い物にしているわけでは断じてない。
「お迎えに参りましたーーー!!」
外からアンベルの声が響き渡る。私たちは家を出ると、そこには副団長の部下が綺麗に並んでいた。その姿を見た副団長がとぼけたような態度をとる。
「なんだお前たち?」
「なんだではないでしょう!?早く我が国へ帰還しますよ!我々もレンドルート団長の行動については怒り心頭です!」
どうやら今度こそ別れの時がきたようだった。
「何を言っている?俺はもうアークトリアへは帰れん。」
一瞬の静寂が訪れ、心地良い風が吹き抜けた。
『は?』
その場にいる全員が間抜けた表情で副団長を見つめる。
「ちょ、ちょっと待てください副団長…。帰れないってどういうことですか?」
「副団長はよせ。俺はもう副団長でもなければアークトリア騎士団でもないのだぞ。」
『は?』
「昨日言ったではないか。俺は負けたと。レンドルートは間違いなく俺を殺しに来ていた。負けた俺に帰る場所なんぞない。」
カイルが副団長の敗因を擁護するように、焦って言葉を作り出す。
「それはレイナがいたからであって、アースさんが団長に負けたわけじゃない!!」
「ふはは。そういえば俺のことを名で呼ぶのはお前だけだったな。」
私にはやっぱりよくわからないが、アークトリアの内部で波紋が広がり始めているのだけは何となくわかる。それでこの人たちはこれからどうなってしまうのであろうか。上官を失ったら必然的に部下も路頭に迷う羽目になってしまうのであろうか。
「では副団…、ゴホン!アースさんはこれからどうするのですか?」
「無論、火の精霊を取り返しにいく。それからレンドルートの陰謀も暴くつもりだ。」
「ならば尚更アークトリアへ帰還せねばならないのでは!?」
アンベルの言う通りだ。仕返しが本望ならこのまま帰ればいい。今までの話からして、その団長に勝てないわけではないのであろう。
「いや、俺の予想では今頃アース・ラドガルドはお尋ね者だ。流石の俺も破魔魔法部隊を含めたアークトリアの全勢力に太刀打ちできるほどの力はない。現にレイナに敗れている。」
「だからそれは団長がいたからであって、アースさんがレイナに負けたわけじゃない!」
カイルは否が応でも副団長の負けを認めたくないらしい。何だか駄々をこねる少年のように必死である。
「な、ならば我々もお供いたします!!副だ…、ゴホン!アースさんに仕えるのが我々の本望であります!!」
「それはならん…。お前たちまでアークトリアの敵になる必要はない。よくここまで俺に付いてきてくれた。」
「そんな…。い、いや!地獄まで付いていく所存です!!」
アンベルは懸命に自分の意思を貫き通そうとするも、副団長は頑固にそれを拒否し続ける。
「アンベルよ。その言葉に嘘偽りがないのであれば、今すぐアークトリアへ帰って俺の意思を継げ。お前たちは内部から、俺は外部から。腐ったあの国を、俺たちで叩き直そうではないか。」
副団長の熱い言葉にアンベルは感極まる。悲しいような、嬉しいような、どっちつかずの表情のまま、アンベルはゆっくりと口を紡ぐ。
「わかりました。しかし、一人だけ絶対に納得のいかない馬鹿がいます…。」
私はその馬鹿が誰のことを言っているのか、すぐにわかってしまった。
「おいカイル!!不本意だが、お前だけは副団ちょ…、ゴホン!アースさんの側にいろ!!」
魂の込もったアンベルのご指名にカイルは顔色ひとつ変えずに応えてみせた。
「当然だ。僕はアースさんの剣。救われた命は最後まで尽くす。」
「昨日までずっと別行動になっていたけどね。」
ここでまさかの空気を読めないエリスがとんでもない爆弾を投下してきた。カイルは誰にも表情を見せないようにそっぽを向くが、周りは小さな失笑の嵐が吹き荒れている。
「ちょっとエリス!!今言うことじゃないでしょ!」
「ガハハハハ!!!」
副団長だけは声を大にして笑い飛ばす。場が和んだ?いや別に緊張感があったわけでもないけど…。
「あのアンベルが自分を差し置いた。その心意気に応えないわけにはいかないな。カイル!俺に付いてくるということは、アークトリアを敵に回すということだ。その覚悟はあるか?」
「アースさんの敵は僕の敵。それは愚問ですよ。」
どうやら感動の別れは私とカイルではなく、副団長と騎士団であったようだ。そして…
「では、我々は参ります!!どうかご武運を!」
「ああ、うまく立ち回れよ。お前ならできる。」
背中を向けて立ち去っていくアンベルの姿はどこか儚く、肩が震えていた。
某日未明、アーセント村に住むセレシア・ナイトフォールは慌てた様子で街道を走っていた。手には一枚の紙切れを持って、何やらぶつくさ喋りながらどこかへ向かっている。
「ちょっとちょっとちょっと大変よ!!」
いつも自宅に引き篭もって魔法の研究に打ち込んでいる陰気な魔女とは到底思えないほどの全力疾走である。そんなセレシアが向かっていた先は、アーセント村の村長宅であった。
「何じゃ慌てて!ノックくらいせんか!」
「はぁはぁ…、ちょっと聞いてよ!…地の精霊の目撃情報があったって!!」
「何じゃと!?詳しく聞かせんかい!!」
村長は目の色を変えて喰らいつく。30を超えるおばさんにとって、自宅から村長宅のたかが数百メートルの距離でも息がとんでもなく上がってしまう。セレシアはゆっくりと呼吸を整え、昂った気持ちを落ち着かせていく。
「早よせんか!!!」
「うっさいわねジジイ!!こっちは全力で走って来てんのよ!」
せっかちジジイと陰気ババアの仲睦まじいような言い合いはさて置き、アーセント村の村長である大魔法使い【ゼフィロ・ウィンドレイ】の簡単な紹介をしよう。
その爺さんは四大精霊のうちの一体、【風の精霊】の使い手だ。アークトリアからは脅威魔法使い認定されており、この世界で唯一、浮遊魔法を使うことができる。扱う魔法の名は【迅嵐】。剣士の間では、決して戦ってはならない相手と恐れられている。
そしてようやく、セレシアは持ってきた紙切れをテーブルに叩きつけて本題に入った。
「地の精霊の目撃情報があったのは【レクト樹海】にある地下遺跡。」
「ほう…。昔ナイトフォールが身を隠していた場所か。どおりで数百年近く見つからなかったわけじゃな。」
「そう、だから私はあんまり行きたくはないんだけど。私情をどうこう言っている場合じゃないわ。力を貸してくれない?」
「当然じゃ。万が一地の精霊がアークトリアに渡れば、ワシの力を持ってもこの村を守りきれんからの。」
これから起こる地の精霊を巡る戦い。破魔魔法部隊レイナを筆頭に、アークトリアの手練れたちもこれに交わっていく。そして…、この熾烈な抗争に、クレアたちも巻き込まれていくことになる。




