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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第1章 「私はそれでもやっていくしかないんだよ」
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第三十五話 「誰かのために」

 私たちが別行動になってから、月光草採取は魔物に遭遇することなく順調に進められたそうだ。何ならそろそろ仕舞いにする頃合いだったとか。


 気づけば、日の出も近い時間まで来ていた。エリスとハンスさんが手分けをして、負傷した彼らの手当をしてくれている。私は言われた通りその場に座って、じっとその時を待っていた。そして…


「はい!今度はクレアの番よ。お腹見せて!!」


 私の元へようやくエリス先生がやってくる。恐る恐る服を捲ると、へその横あたりに見事な風穴が出来上がっていた。もちろん痛い。けれど、怒られるのが怖くて笑いで誤魔化した。


「あははは…」


「無茶はしないって言ったよね…?」


「え、あ、え、まあ…。」


 私は挙動不審な態度で目を逸らす。次にくるであろうエリスの説教に覚悟を決めようとしたその瞬間、私のお腹に一粒の水滴が垂れてきた。逸らしていた目線をエリスに向けるも、顔を伏せていて表情を確認できない。その肩は小さく震え、嗚咽が漏れるのが聞こえた。


「ばか……………。生きててよかった…。」


 その言葉とともに、また一粒、水滴が静かに滴り落ちた。


 エリスが涙を流している。その稀有な出来事に私は驚きを隠せない。いつも強くあろうとしている彼女が今、一人の少女として泣いていた。


「私はエリスを守るために闘った。だから泣かないで。いつものエリスならここで私を怒るところよ?」


「勘違いしないで…。私は怒ってる。」


 ギクっ!?


「い、いやまあ…。こうやって生きて戻って来れたんだから今回は大目に見てよ…?」


 私の心がキューっと締め付けられる。適当な言葉を取り繕って難を逃れようとしたが、赤みを帯びたエリスの瞳が私をギロリと睨みつけた。


「次こんな大怪我をして帰ってきたらもう薬は作らないから!」


 それは困る。エリスの薬がなければフェンリルに殺されていた。いや、それ以前にオークに殺されていたか…。でも、薬がなければみんな死んでいたなんて野暮な言い返しはやめておこう。そんなことを言ったらエリスを逆撫でしかねない。私はとりあえず、頭を何度か縦に振っておいた。


「アースさんは無事だろうか…。」


 ここでカイルがずっと気に留めていた、副団長の安否を危惧する。アークトリア騎士団が初めて私たちに合流してからかなりの時間が経過している。


「やっぱり様子を見に行こう。」


「そうだな。あの闘いがこんなに長引くとは思えない。採取も終わったようだし、副団長の元へ一度向かおう。貴様らもこのまま下山しろ。」


 私たちポコポコ村一行の下山ルートとアークトリア騎士団の下山ルートは異なる。つまり、ここがカイルとの別れの場だ。この瞬間がくることはわかっていたが、いざ直面すると悲しさが込み上げてくる。


「クレア…。もう魔物はいないと思うけど気をつけて帰るんだ。」


「うん。私カイルに出会えてよかったって、ちゃんと思えるよ。今までたくさんありがとう。」


「こちらこそだ。クレアがいなければ今頃全滅だった。次に会う時にはもっと凄い魔女になっていることを期待しているよ。」


「カイルも最強の騎士になっていることを期待しているわ。」


 温もりに包まれた別れの言葉とともに、私たちは固い握手を交わした。希望を宿した二人の瞳が、強く見つめ合う。


「イチャイチャしている時間はないぞ。」


 不器用なアークトリア騎士団員アンベルが唐突に水を差して、空気をぶち壊す。


「ちょっと!!!!」


 私は思わず握手を振り解いて、恥ずかしげに声を発していた。周りの人たちはクスクスと笑っている。悲しみはもうなかった。私は最後に、カイルの瞳を目に焼き付ける。


 私の騎士。さようなら。


「全員無事か…!?」


 そして別れの刹那、突然聞き覚えのあるおじさん声がカイルの後ろのほうから響いてきた。


「え?」


 その声に、アークトリア騎士団は思わず頭を振り返る。そこにいたのは、紛れもなく豪傑の騎士であるアース・ラドガルドであった。


『副団長!!!』


 騎士団員が驚きの声を見事にハモらせる。大剣を杖代わりにして佇むその姿が、ひどく疲労しているように見えた。


「団長とレイナは!?勝ったんですか!?」


 カイルがすぐさま駆け寄り肩を持つ。


「俺は負けた。しかし、なぜだが生きている。」


「どういうことですか!?」


「わからん。おそらく火の精霊(サラマンダー)が俺を庇ったんだろう。気がついたらレンドルートもレイナも…、そして火の精霊(サラマンダー)もいなくなっていた。」


 火の精霊(サラマンダー)…?あの四大精霊の?


 クレアはここで初めてアースが火の精霊(サラマンダー)の使い手であることを知るのである。その後もアースは淡々と頂上決戦の内容を語り続け…


「がはっ…がはっ!」


 クレアたちが負った怪我とは比べものにならないほどの深い傷がアースを蝕む。


「まずい…。とにかく今は休みましょう!」


 カイルは身を案じて冷静にアースの腰を下ろさせていく。そして、私に視線を移すとさっきまでの別れの話を覆してきた。


「ポコポコ村の宿を貸してくれないか?悪いが別れはもうちょっと先になりそうだ。」


「う、うん。それはもちろん大丈夫だと思うけど…。」


 そうしてクレアたちは、まさかの全員でポコポコ村へと帰還することになった。暗い山道をゆっくりと進むその一行は、どこか歴戦の勇者を彷彿とさせる強く逞しい足取りをしていた。


「なにぃぃぃぃぃ!?お前らだけでフェンリルと操魔族を倒しただと!?………………がはっ、がはっ!」


『副団長!!!』


ここからは第1章のエピローグです。

本作は現状6章構成の予定になっていますが、第1章が思いのほか長引いたのと書いている途中に寄り道したくなる癖が自分にあることが分かったので、どうなるか分かりません。初期想定では150話くらいで終わると思っていましたがたぶん終わらないです。

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