第三十四話 「責任の所在」
私は魔女になれるだろうか。違う。私は魔女になる夢を追い続けていいのだろうか。心の奥底でずっと押さえつけていた葛藤。幾度となく浴びせられた冷たい言葉が胸の奥からじんわりと浮かび上がってきた。
ある人は言う。私の夢は若気の至り、大人になれば諦める。ある人は言う。私の夢は危険思想、周囲に不幸をもたらす。ある人は言う。私の夢は現実逃避、無能の誤魔化しだって。ある人は言う。私の夢は親不孝、恩知らずの我儘だって…。
泣いた夜もたくさんあった。迷惑をかけたこともあった。けど…、今なら言える。胸を張って言い返せる。全部同じ言葉で、そう…。私はただ、明るい未来を見ているだけなんだって!!
「やったか…!?」
フェンリルの眉間に一撃を叩き込んできたカイルが私の下へと駆け寄ってきた。気づけば、《聖天域の束縛》ももう解かれている。猛威を振るい続けたその幻獣が、遂にフラフラとよろめき始めた。私たちはゴクリと息を呑み、最後の姿を見届けていく。
「はぁ…はぁ…はぁ…、私たちの勝ちね…!」
そして、フェンリルは大きな打音を地面に鳴らして豪快に倒れ込んだ。ピクリともしないその姿に勝利を確信したのか、私は思わず腰を落とした。
「ねえカイル。私たちがやったのよ。信じられる…?」
自尊心を高めるために褒めてもらいたいという打算を若干含めていたが、何も答えてくれない。それどころか、カイルの視線は暗い山の中に釘付けになっていた。
「どうしたの?」
「しっ!何かいる…!」
カイルの高い感知能力が新たな魔物の接近を感じ取っていた。フェンリルを倒したばかりだというのに全く気を抜かないカイルにはつくづく感服させられる。正直これ以上の戦いは気が重かったが、仕方なく落とした腰をゆっくりと持ち上げた。
「もう勘弁してよね…。お腹痛くなってきた。」
忘れてはいけない。クレアの脇腹はフェンリルの光線が一本貫通している。極度の興奮状態が痛みを和らげていたが、早く手当しないと危険である。
そして、草木の間から次々と小型のフェンリルが群れを成して現れてきた。
「マナガルムか…。」
「この前、私とエリスを襲ってきたワンちゃんね。あの時は副団長さんに助けてもらったっけ。」
私たちはため息をつきながらも、続く戦闘に心を入れ替えた。
「ちなみに強いの…?」
「強い。以前アイスルーンで戦ったホワイトウルフの強化版だと思ってくれれば良い。でもまあ、フェンリルを倒した僕たちがやれない相手じゃないよ。」
しかし、一向に戦闘が始まらない。マナガルムの群れは決して動かず、ただ私たちを睨みつけるだけであった。硬直した空気の中、ここでようやくカイルが異変に気づく。
「待て!あのマナガルム、誰が操っている!?」
私はハッとなり、操魔族の死体を再確認する。しかし、依然として上半身と下半身が分断された状態で転がっていた。
「まだ他の操魔族がいるってこと!?」
「いや、わからない。遥か遠くから操ることも可能だからね。むしろそっちのほうが多い。」
カイルが感じた異変は増していき、一つの違和感が猛烈に引っかかり始めた。
「別の操魔族が操っているのは確かだ。でもそれならなぜフェンリル戦の最中に加勢してこなかった?」
「つけ入る隙がなかったとか…?」
そして、マナガルムが操魔族の死体に向かって一斉に走り始める。その方向を見たカイルは瞬時にその目的を察知した。
「違う!!狙いは死体の回収だ!クレア、奴らを止めてくれ!」
「よくわかんないけど分かった!《希望の煌紐》!」
しかし、クレアが生成した光の紐の数はマナガルムの数より少ない。取りこぼしてしまったマナガルムが死体を咥える。そして、脱兎の如く山の中へと消えていった。
「くそっ!」
カイルは唇を噛み締めて悔しそうな表情をしているが、私にはその感情の意味がわからなかった。
「なんかごめん…。でもあいつは死んだのよ?何かまずいの?」
「操魔族の仲間意識は異常に高いんだよ。たとえ死体であろうと、他の操魔族を誘き寄せるための絶好の餌になり得たかも知れない。」
何やら悪魔の策略を考慮していたようだったが、続くカイルの言葉のほうに私は驚かされた。
「それと一つ、あの時言い忘れていたことがある。怖がらせるつもりはないけど…、操魔族を殺した僕たちは間違いなく次の標的にされる。…まあ僕としては願ったり叶ったりの状況だ。」
命を奪う。その重責はすでに覚悟していた。これに後悔しているようであれば、私の決意を無下にすることになってしまう。
「それよりもアンベルたちは無事か…!?クレアの手当も早くしないと…!」
私はここで、兵士3人を自分の魔法で重傷を負わせたことを初めて知らされる。操魔族に乗っ取られていたとはいえ、自責の念が深く刻まれた。しかし、この場面で謝罪が適切な対応ではないことぐらいは私でも分かる。やったのは操魔族。私の意思じゃない。けれど、そんな簡単に割り切れるほど、私の心は冷ややかではなかった。
じゃあどうすればいい?償いを見つけられないことが、悶々とした情緒を膨れ上がらせてくる。私が私自身を徐々に追い込み、遂に涙が溢れ出た。
「貴様は何も悪くない。顔を上げてくれ。」
痛々しい傷を抑えながら、アンベルが私に声をかける。被害を受けた兵士3人も私を見つめているが、その目は決して恨むような目付きではなかった。
「俺たちは救われたんだ。勇敢な魔女の手によってな。…そのことを誇りに思ってくれ。」
すると、カイルを含むアークトリア騎士団5人が私に向かって頭を下げてきた。恐れ多い仕打ちに私は涙を拭ってやめてほしいとお願いする。だが、彼らはしばらくの間、頭を上げてはくれなかった。
フェンリル&操魔族に辛勝した私たちは、月光草採取班と合流すべく、互いに肩を支え合いながら歩き出す。巨大な幻獣を置き去りにして…。その足取りはどこか、明るげな雰囲気に包まれていた。
人影が見える。きっと村のみんなだ。月光草の採取はうまくいっただろうか。ボロボロの私たちを見たらびっくりするだろうな。無茶はしない約束だったのに、これでは怒られてしまう。
「クレア!!」
真っ先に私に声をかけてくれたのは、やはりエリスだった。
「何よその怪我!?」
期待通りの反応に失笑してしまう。
「えへへ…。ちょっと頑張りすぎちゃった。」
「頑張りすぎちゃったって………。ちょっと待って!傷薬を持ってきているの!すぐに手当するわ!」
「ありがとうエリス。でも私は大丈夫。それよりも先に、騎士団の手当を優先して。お願い…。」
私は強い眼差しで、エリスに訴えた。




