第三十二話 「地獄に堕ちろ」*
操魔族の目の前に剣先を向けながらカイルが問う。
「その話が本当だとしたらなぜお前は今日ここに来た?フェンリルだけ送り込めばよかったじゃないか。」
「こいつの力を甘くみるな。気を許せばすぐ俺らにまた牙を向く。再び手懐けるのも一苦労なんだよ。」
二人の会話は私には聞こえてこない。トドメを刺さないことを不思議に感じ、操魔族を縛る光の紐をさらに強い力で締め付けていく。
「何してるのカイル!?《光輪分断》!」
「ぬぐぉぉぉ…!」
操魔族の体に光の紐がグイグイと食い込んでいく。このままいけば私の魔法で仕留められそうだ。人の姿をした人の言葉を喋る操魔族が苦しむ様子に心が痛むが、殺さなければ殺されるという状況に、私は強い意志を持って立ち向かった。
「待てクレア!!」
後少しの踏ん張りで体を真っ二つにできたにも関わらず、カイルが操魔族の殺害を阻止する。
「どうしたの!?あいつを倒さないと私たちは殺されるし、今採取を頑張っているエリスたちだって危ないんだよ!」
「だからだよ!!こいつを殺せば目の色を変えてフェンリルが暴れ出す可能性がある!そうなったら全員終わりだ!」
「何よそれ…。じゃあどうすればいいの!?」
カイルは歯を食いしばり、悔しさを押し殺して決断した。
「ここでこいつらを逃す…!」
信じ難いカイルの判断に私はすぐに反発した。
「だめよ!どうせ逃したってまた次の満月で襲われるだけじゃないの!?それじゃあ何の解決にもなってないよ!カイルたちだってあいつを倒すためにずっと…」
「分かってるさ!!!!!」
カイルは大声を発してクレアを黙らせる。守る対象であった人物からの正論に、判断力がさらに鈍っていく。
「おい…。今後は彼女には絶対に危害を加えないと約束しろ。」
「ああ、もちろんだ!逃してくれたら約束するぜ…。」
「決まりだな。悪いけどこいつはやっぱりここで逃す。クレアの怪我も早く手当しないといけない。」
私は全然納得ができなかった。カイルが唆されているようにしか見えない。フェンリルが暴れ出したらどれほどの強さなのか見当もつかないが、今の私たちなら負けない自信があった。
「《光輪分断》!」
カイルの決断を無視して、私は再び操魔族の体を光の紐で締め付け始める。
「やめろクレア!!僕は君に死んでほしくないんだ!」
「聞いてカイル!たとえフェンリルが暴れ出しても私たちなら止められる!!カイルは私のことをもう立派な魔女って言ってくれたよね…?だったら信じてよ!」
力強い説得にカイルの心が揺らぎ始める。
「うっ!おい、早くこれやめさせろ!」
どんどん締め付けが強くなっていき、操魔族も命の危険を感じ始めていた。
(僕がクレアを信じていない?そんなわけあるか…!僕はただ最善の選択を選んでいるだけで…。)
「カイルはフェンリルに勝てないって今でも思ってるの!?違うでしょ!」
「やばいやばいやばい…!俺が死んだら全員死ぬぞ!フェンリルの力は本物だ!お前たち程度が敵うわけないだろ!」
操魔族が決死の形相で吠えているが、今のカイルには一切も入ってこない。心の揺らぎに追い打ちをかけるように、クレアの言葉が次々と突き刺さっていく。
「私たちのことを本当に思ってくれているなら全部倒すって言ってよ!現実を先延ばしにしたって私たちは救われない!カイルだってそうでしょ!?」
何かがカイルの心に響いた。操魔族に向けていた剣先をゆっくりと下ろしていく。
「おい…。お前まさか俺を見殺しにするつもりか?」
「クレア!!僕たちだけで本当にフェンリルを倒せると思っているのか…?勝算はあるんだよね!?」
「当たり前でしょ!!」
カイルはニヤリと笑ってフェンリルの背中から飛び降りた。
「やれクレア!!」
「いや、待ってくれ…!こんなおかしな魔法使いに俺が殺されてたまるか!」
私は握りしめた拳を前に掲げて決意を表明した。
「操魔族を倒して…、フェンリルも倒す!私がみんなを守れる立派な魔女であることを、今日ここで証明させて!!」
そして次の瞬間、《光輪分断》が完遂された。操魔族の体は分断され、フェンリルの背中から上半身だけが重力に従って頭から落下していく。私は不覚にも最後に操魔族と目を合わせてしまった。意識が飛ばされることはなかったが、身の毛がよだつ冷徹な一言が、最後に私の背筋を凍らせた。
「てめーら地獄に堕ちろ。」
ボトっと地面に落ちた操魔族は決して断末魔を上げることなく、クレアとカイルを絶命の間際で呪って逝った。
…
満月が夜空に輝く未明の地。その死を仲間の操魔族はすぐさま感知した。とある山の中にある野営地で、小さな焚き火を囲みながら操魔族3人がハッとなる。互いに目を合わせながら状況を整理した。
「【リゲル】が死んだ…。」
「そうみたいね。」
「フェンリルを連れて行ってやられるっていうのはどういうことだ?」
操魔族は物理的に結束が強い。遠く離れた場所からの意思疎通や五感の共有といった高度なことはできないが、仲間の居場所や死は常に感知できる。
「火の精霊の使い手は来ないってレンドルートが言ってなかったかしら?」
「彼奴も結局はアークトリア騎士団だ。信用しすぎたのかもしれないな。」
「それでどうする?俺はリゲルを殺したやつを殺したい。憎たらしい奴だったがあいつも仲間だ。竜を飛ばそう…。」
仲間想いの操魔族【レグルス】が立ち上がり、竜を呼び寄せるために指笛を鳴らそうとしていた。しかし、冷静沈着な【バハム】がそれを阻止する。
「待てレグルス。敵の情報が分からん。本当に火の精霊の使い手であった場合は返り討ちに合うかも知れん。一旦落ち着いてくれ。」
「じゃあ次の会合の日にレンドルートを問い詰めるのか?お前の言うとおり、あいつはもう信用ならないぞ。」
ここで紅一点の【セレ】が第三の意見を述べる。
「敵が誰であれ、死体を回収するのが先決よ。リゲルの目は誰にも渡さない。それに…、死んでしまったとはいえ最後にあいつの顔を見ないとね。」
セレの意見に二人が同意する。そして、バハムが率先してリゲルの死体回収の策を練り始めた。
「テンラン山の近くに傀儡印を打ってある魔物はいるか?」
「私のは霊峰レオールにバジリスクが3匹。あとはオークの群れがいたけど今回の作戦でリゲルにあげちゃったから他にはいないわ。」
「レオールからバジリスクの足だと数時間かかる…。遅すぎるな。」
「だったら俺のマナガルムを使うか?隣の山に逃していたからテンラン山へはすぐに向かわせられる。死体を回収するだけなら隠密で動けるマナガルムは最適だろ。」
バハムとセレは目を合わせて頷いた。
「よし、それでいこう。戦闘は避けて、ただここにリゲルを連れてきてくれ。」
仲間の死を弔うほどの固い結束に結ばれていた操魔族ではあったが、この時3人は、リゲルの死体が悲惨な姿で運ばれてくることを思いもしなかったのである。
操魔族が魔物に打ち込む呪印ですが、これを彼らは傀儡印と読んでいます。
また、操魔族は人間から操魔族と呼ばれることを嫌っていたりもします。




