第三十一話 「フェンリルの猛攻」
私は杖を構えて、フェンリルの動きに全意識を集中させた。
「クレア!とにかく距離を取って援護を頼む!」
「任せて!!光線を防げるのは分かったけど、他の魔法もあるかもしれない!!気をつけて!!」
あの光線は口を開いてから魔法陣を生成する。発射には3秒以上掛かると思って間違い無いだろう。それならば、モーションに入ってからの《希望の煌紐》で十分間に合う。
カイルはクレアの自信ありげな表情を感じとり、フェンリルに立ち向かった。
光線を防ぐということは、上空からの遠距離攻撃もできなくなるということ。つまり、カイルにとっては都合の良い、接近戦を強いることに成功したのである。カイルの俊敏な動きに操魔族も苦労し始めていた。
「面倒臭えな…。やっぱりあの魔法使いからだ。」
痺れを切らした操魔族の標的が私へと移り変わった。フェンリルは足元にいるカイルを無視して、前足を高く振り上げた。
その足が私に向いていることは分かっているが、到底届く距離でもなければ魔法を放つようにも見えない。私は身構えるが、攻撃の意図が掴めずに困惑する。
そして、誰もいない地面にフェンリルの足が叩きつけられた。地響きを足の裏に感じただけで何も起きない。
「え、どういうこと?」
私の困惑は増すばかりだ。辺りを見渡すが変化はまるでない。そして、感知の悪い私にカイルが危機を大きな声で知らせてくれた。
「下だ!!」
「え?」
消えかかっていた地響きが再び強くなる。私はようやく異変を感じとり、地中から何かが迫っていることを確信した。足の裏を通じてドコドコと響く。そして次の瞬間、私の真下から円錐状の岩が突き出してきた。
「きゃあっ!」
カイルの喚起で幸いにも先端が突き刺さることはなく、前身をかすめるだけで済んだ。私はヒヤッとしたが、すぐに立て直してフェンリルの方を見る。しかし…
「待って…、やばい!!」
フェンリルはすでに口を開いて、その周りに魔法陣を生成していた。《希望の煌紐》はもう間に合わない。私は咄嗟の判断で地面から突き出ている岩に身を隠そうとしていた。というよりも、ほぼ反射的に動いていたのかもしれない。そんな私の心理を操魔族は読んでいた。
「おい、一本はあの岩を貫通させろ。どうせ逃げ込む…。」
「させるかっ!!」
カイルはクレアの安否を気にしていたために反応が遅れた。高い跳躍でフェンリルの下顎を切り裂くも、惜しくも防ぐことはできなかった。5つの光線がクレアの方向へ発射される。
私の目の前には突き出た岩が一本。それが邪魔して、5つあるはずの魔法陣が1つだけ確認できない。逃げ込んだ先が間違っていたことをその瞬間に分からされてしまった。光線が私の脇腹を貫通する、その一瞬前に…。
なぜだろう。結果を寸前に悟ったせいか、私から悲鳴の声は上がらなかった。ただ脇腹が痛むことを受け入れただけで、決して倒れもしない。むしろ、闘志が湧き上がってくる。
「さっきの痛みに比べれば余裕ね…。はぁはぁ…。フェンリルの魔法って大したことないじゃない。私のよりは強いかもだけど…。」
カイルが慌てて私の名前を叫んで気に掛けるが、それすらも跳ね返す。
「カイルはあいつを倒すことだけに集中して!私を気にしている暇はないはずよ!!」
俄然余裕な態度を貫き通しているが、クレアの腹からは血がトポトポと流れ出している。このままでは《裁きの極炎弾》を放った時の吐血量と合わせて、生命の維持すらも危ぶまれる。
「《希望の煌紐》応急処置バージョン!!」
薄く伸ばされた《希望の煌紐》が包帯の如く、クレアの腹を巻きつけて止血した。持続性が低いため、文字通りの応急処置である。決してふざけているわけではない。
「あの魔法使いタフだな。まあもう一発当てれば流石にくたばるだろ。」
フェンリルは再び前足を勢いよく地面に叩きつけた。
「その攻撃一点集中すぎるうえに発生が遅すぎない?2回目は当たる気がしないよ。」
私は適当に走り出す。すると案の定、私が最初に立っていた位置に岩は突き出してきた。
「だからその隙に光線を放つのももう無理だって!!」
私は器用にも走りながら魔法を繰り出していた。《希望の煌紐》は使いすぎて体に馴染み過ぎている。口を大きく開いたフェンリルを《希望の煌紐》が縛る。
「クソが…。フェンリル、連発しろ。」
操魔族の命令に従い、フェンリルは両足を上げて地面を叩く動作を繰り返した。ドンドンドンと地面が揺れ始める。まるでドラミングのような光景にカイルは呆然とした。
(僕たちはゴリラと戦っているのか…?)
何本も突き出してくる円錐状の岩をクレアは次々と躱していく。途中ヒヤッとする場面もあったが、フェンリルから目を離すことはなかった。
「後ろがガラ空きだね。」
カイルはドラミングをしているフェンリルの背後に回り込み、後ろ足を何度も斬りつけていく。しかし、フェンリルは動じなかった。
「なぜこんなにも斬りつけているのに…。」
「鬱陶しい奴だな。もう諦めてくれよ。お前のその剣じゃどの道フェンリルを倒すことはできない。」
「どういうことだ…!?」
「フェンリルに付けた呪印は特別製なんだよ。そこら辺の魔物と一緒にしてもらっては困る。俺がその気になれば生命が尽きるその瞬間まで怯むことなく動き続けるのさ。」
そんな話の中でもフェンリルは地面を叩き続けている。ゆえにクレアは未だに走り続けていた。気づけば尖った岩があちらこちらで地面から突き出し、辺りは剣山と化していた。
縦横無尽に走ることができていた戦場だったが、岩が行く手を阻み始める。
「これじゃあ逃げることしかできないよ!あの足を止める方法はないの?」
私は自問自答で突破口を見つけ出そうとしていた。攻撃手段があまりにも少ない私の唯一の武器。それは自由自在に扱える紐。そこからできることを私は必死に模索した。
「カイル!!操魔族が私を標的にするように、私たちも倒すべき相手を絞らないと!!」
「そうだったね。攻撃を防ぐことに必死になっていたよ。」
カイルはクレアの言葉を聞いてすぐさま後方からフェンリルによじ登り始める。
「ふん。地に足を着けているフェンリルの背中に乗るなんていい度胸じゃないか。悪いが俺も姿勢が安定しているんだ。」
操魔族がカイルに手を向ける。またしても衝撃波が襲ってくることを察知したカイルではあったが、今度は違う。クレアという援護の存在が、必ず操魔族の動きを封じると信じていた。
「《希望の煌紐》!!」
「くっ…!」
カイルに気を取られた操魔族が光の紐で縛られた。そして…
「…………今度こそお前は終わりだ。」
カイルは着々と操魔族に近づいていく。流石に負けを悟った操魔族は、命乞いなのか方便なのか、どちらにせよ驚くべきことを口走り始める。その長い台詞にカイルは最後まで付き合ってしまった。
「ま、待て!俺を殺したらフェンリルが暴れ出すぞ!今までは俺が制御していたからお前らも何とかやれていただけだ!もしフェンリルが本領を発揮したらお前らだけじゃなくこの山に来ている連中も皆殺しにされるぞ!…だ、だからここで俺を見逃せば大人しく引き下がると約束しよう!」
カイルは戸惑いが生じてしまう。操魔族のその言葉に嘘はない気がしてならなかった。なぜなら、フェンリル相手に接近戦が優勢に傾いていたというカイルにとっては予想外の体験をしていたからである。何ならカイルの頭の中は操魔族の提案に乗る決断が固まりつつもあった。
しかし、操魔族にそんな気は毛頭なかった。
(はっはっは、やっぱりこいつはバカだ…。)
「なあ頼むぜ!フェンリルの一人勝ちじゃあ胸糞悪いだろ?」




