第三十話 「空中戦」
「子虫がちょこまかとウザってーな。」
6人で挑んだフェンリル&操魔族戦は開始早々で5人が戦闘不能となる大ピンチには陥ったが、意外にもカイル一人で善戦していた。
(図体がデカすぎる分、足元への視界が悪いんだ。それに操魔族が背中に乗っているから下手な暴れもできない…。)
カイルはあえて密着することでフェンリルと操魔族を翻弄していた。しかし、巨大な足の下敷きになれば一貫の終わりとなってしまう危険な作戦でもある。
(ダメだ、隙を見て切りつけても全然効いている気がしない…!)
フェンリルの所々で切り傷が見られる。カイルが泥臭くダメージを与えてはいるものの、勢いは全く変わらない。操魔族が直々に操る魔物はある程度のダメージをシャットアウトできるのである。
(このままだとジリ貧だ。いずれこっちの体力が尽きる…)
なかなか捉えることができないカイルの俊敏な動きに操魔族は苛立ちが募り始める。そして、フェンリルに新たな命令を下す。
「飛べ…。」
すると、フェンリルは地面を蹴り上げて上空へと跳ね上がった。予想していなかった動きにカイルが戸惑う。行方を追って空を見上げると、満月に重なるフェンリルの周りに5つの魔法陣が浮かび上がった。
「しっかり狙えよ。」
(アンベルを貫いたあの光線か!?)
カイルの判断が一瞬だけ遅れたことで、フェンリルが狙いを定めて光線を発射するタイミングと、カイルが走り出すタイミングが偶然にも一致した。その結果、紙一重で躱しきることに成功したのだ。
「また外した…。」
フェンリルが地上へと帰ってくる。着地と同時に大きな風圧が辺りの草木を揺らめかせた。
カイルは即座にまた接近した。距離を作っては速すぎる光線に対応できず、アンベルの二の舞になることは歴然である。
「もう一回だ、フェンリル。」
操魔族は再びジャンプを命令する。人間の跳躍力では到底敵わない上空へと逃げることで、仕留めるまで何度でも繰り返してやろうという魂胆であった。
2回目の光線が、カイルをロックオンする。
(ちっ…!くそ!!)
またしても走り出すカイルではあったが、偶然は2度起こらない。5つの光線のうち1つがカイルの左肩をかすめる。
「ぐあっ…!」
それでも、フェンリルの着地後に距離ができることはそれ以上の危険であるとわかっているカイルは、接近する他なかった。
そして3回目。左肩にダメージを負ってしまったカイルは思考が鈍る。
(僕はカエルと戦っているのか…?)
くだらない自問自答で脳をはぐらかしていたが、判断力は鈍っていなかった。フェンリルが跳ね上がると同時にカイルは走り出し、今度は上空から確認できない木々が生い茂る山の中へと姿を消していた。
「隠れたか…。」
木の裏からひょっこりと顔を出し、フェンリルの行方を追う。着地場所を予測し、カイルはまたしても接近する。着地したフェンリルはそのまま何度かカイルを踏みつけようとはするが、一向に当たらない。そして、4回目のジャンプモーションに入った瞬間、カイルはフェンリルの後方へと走り出した。
(後ろに逃げたか…。でも今度は逃げ先まで追ってやるさ。)
操魔族はカイルの行方を目で追うが、フェンリルの後方に回り込んでいたためにその姿が一瞬だけ死角に入ってしまう。上空へと飛び上がりながら、操魔族は地上をすぐさま確認する。しかし、そこにカイルの姿はなかった。
「いない…!どこへいった!?」
操魔族はフェンリルの跳躍が最高到達点に至るまで、地上にいるはずのカイルを隈なく探していた。必死に目を凝らす操魔族。しかし、見つからない。それもそのはずである。カイルはこの時、フェンリルの後ろ足にしがみ付いて、一緒に上空へと運ばれていたのだから。
一向にカイルを見つけられない操魔族は背後に殺気を感じて真後ろに振り向く。下降し始めた時には既にフェンリルの尻の上までカイルはよじ登っていた。操魔族の焦りは危機へと変わりゆく。
「フェンリル!!あいつはケツの上だ!!振り落とせ!!」
命令通りにフェンリルは空中で尻を左右に大きく揺さぶった。カイルはそれに抗いながら徐々に操魔族の方へと進んでいく。操魔族はその恐ろしい能力を有しているが、その身単体での武力はそこまで高くない。
「死んでも離さないぞ…!」
カイルの気概に操魔族は慄き始めた。そして、片手でフェンリルの毛をしっかり掴みながら、剣を振り上げる。
「お前はここで仕留める。」
目と鼻の先に因縁の操魔族がいる。しかし、カイルはその絶好の機会に駆られて、いつもより大きく剣を振り上げてしまっていた。
「バカめ…。」
禍々しい手から魔法が放たれる。軽い衝撃波がカイルを襲い、着地の寸前で遂にフェンリルから引き剥がされてしまう。
「くっそ!僕としたことが…。」
幸いにも操魔族が放った魔法の威力は低く、カイルは空中ですぐに立て直して冷静に着地した。しかし、フェンリルとの着地がほぼ同時になってしまったたことで、距離が広がる。
「冷静なやつかと思ったが、全然そんなことなかったな!!バカで間抜けで慢心なやつは次で死ね。今度は絶対に外さねーよ!」
操魔族の過激な発言の直後にフェンリルは口を大きく広げた。何度も見てきたフェンリルの光線に、この状況この間合いで躱す術がないことをカイルはわかっている。絶体絶命の中で思考を巡らせた。
(光線を散らされれば走っても意味がない。装甲を容易く貫いたところを見ると、剣で受けるのも無理…。こうなったら頭と心臓に意識を集中させて致命傷を避けるしかない…!)
カイルは被弾を覚悟した。そして、フェンリルの周りに魔法陣が浮かび始める。
(くるっ…!!)
次の瞬間、フェンリルの口が光の紐で縛られた。魔法陣が瞬く間に収束していく。何が起きたかはすぐにわかった。カイルはクレアがいた方に目を向ける。
「ごめんカイル。もう大丈夫…!」
蹲っていたはずのクレアが杖を構えて立っていた。息は荒く、まだ辛そうな表情が残っている。
「あいつ!あの痛みに耐えたっていうのか!?」
再起したクレアはまだ本調子ではない。フェンリルの口を縛った《希望の煌紐》はすぐに解かれてしまった。
「その光線はもう使わせないよ!!」
負けん気に満ち溢れたクレアの言葉に、操魔族は動揺した。




