第二十八話 「衝突」
レンドルートとレイナが精霊と対峙するのはこれが初めてである。火の精霊が炎の魔法しか使えないことは分かりきっていることだが、その力がどれほどなのかまでは分からない。
「おい、火の精霊。何があっても俺を庇うようなことはするな。俺がレンドルートを押さえ付けるから、お前はレイナを倒すことだけに集中しろ。」
アースが導き出した勝利への鍵は、先にレイナを倒し切ることだった。しかし正直に言って、多彩な魔法を駆使してくる大魔法使いレイナに対して、火の精霊だけでは力不足である。いくら四大精霊と言っても、ギリギリ互角程度の戦いを強いられることはアースもわかっていた。そのため、火の精霊の援護を切り捨てて、レイナの魔法が自分に向いた瞬間が、仕留めるチャンスだと考えていた。
「ふん。余裕だろ。」
火の精霊の性格は自信過剰で負けず嫌いである。杖を構え直したレイナであったが、やはり最初に動いたのは火の精霊だった。
「《インフェルノ・スピア》!」
火の精霊の前からは炎の槍が生成され、勢いよくレイナに向かって飛んでいく。それと同時にアースも動き出す。レンドルートは素早く反応し、再び二人の剣が交わった。
「《防御魔法》!」
レイナは自分に迫る炎の槍をシンプルな防御魔法で防いだ。レイナの目の前に現れた六角形のシールドに炎の槍が突き刺さる。惜しくも貫通することはできず、反撃の魔法をレイナが唱えようとする。しかし、火の精霊がニヤリと笑った。
「バーン!」
次の瞬間、シールドに突き刺さっていた槍が爆発した。レイナは熱風を浴びて、反射的に顔を守った両手に軽い火傷を負ってしまう。
(…ったく可愛くないなあ。着撃の直後に爆発する魔法かな…?)
「ほらもう一発だ!《インフェルノ・スピア》!」
味を占めた火の精霊は同じ魔法を繰り返す。
「《防御魔法》!」
レイナもまた、同じ魔法で防ぎに掛かる。これでは火の精霊が一方的に攻撃を仕掛け続けられる有利な展開に見える。しかし、一度見た二段構えの魔法に対処できないレイナではない。炎の槍がシールドに突き刺さる直前、レイナは既に次の魔法を放っていた。
「《爆裂突風》!」
シールドに突き刺さったことで勢いを無くしたその炎の槍は、暴風に押されてぐるぐると回転しながら術者の元へと帰っていた。火の精霊の目の前でその槍が爆発する。
「バカねえ。でも自分の魔法でやられちゃうっていうのもそれはそれで可愛いかも!」
爆発の衝撃で黒煙と土煙が舞い上がる。火の精霊が辺りにいないことから、その爆発に飲み込まれたことは確実だ。しかし、その煙の中で、火の精霊はまたしてもニヤリと笑っていた。
「ほら三発目だ。《インフェルノ・スピア》!」
レイナの最大の弱点は過信である。自分の思い通りになれば油断はするし、戦いの最中で起こる読み合いは一点張りになりやすい。そして、火の精霊が放った炎の槍がレイナの目の前に突き刺さり、爆発した。
「きゃあっ!」
ほぼ直撃である。レイナは全身に大火傷を負って後ろにひどく吹き飛ばされた。地面に打ち付けられ、ゴロゴロと転がり続ける。
「あのバカやろーが…。」
脇目で見ていたレンドルートがアースとの戦闘の真っ只中で小さくぼやく。まさかの番狂わせで序盤からレイナに大ダメージを与えることに成功した。しかし忘れてはいけない。火の精霊もまた、過信家である。
「《治癒魔法》…。」
数多の魔法を使いこなせるレイナにとって、傷を癒す魔法など朝飯前なのだ。つまり、レイナを倒し切るには致命傷以上を与えて動けなくする、もしくは杖を奪う。この二つしかあり得ない。レイナとて、杖がなければただの綺麗なお姉さんである。もしも、火の精霊が吹き飛ばされたレイナに追撃を仕掛けていれば、今の瞬間で仕留め切れていたかもしれない。
レイナは治癒魔法がある程度済んだところで、遠く離れた火の精霊に大声で叫んだ。
「ちょっとあんた何で無傷なのよ!?」
「俺は火の精霊だぞ?」
説明になっていないので補足しよう。要は火の精霊に炎属性の攻撃は無効化されるのだ。これは他の精霊にも共通していて、火の精霊が放てる魔法は一貫して炎属性であるから、自分の攻撃が跳ね返されたところで何ら問題はない。しかしその反面、各精霊は一つの属性魔法しか使えないという欠点がある。
「今ので頭来ちゃったかも…。ちょっと本気で畳みかけにいくよ。」
火の精霊にメロメロだったはずのレイナの目つきが変わりつつあった。《煌々の千本矢》を放った直後、その光の矢を追いかけるようにレイナが走り出した。
火の精霊も初動と同じく、《ファイアボール》で応戦する。
「悪いけど、あの子を倒すまであんたの援護しないから。」
レイナは自分のわがままを押し通す。レンドルートはそのわがままに対して特に反応を示さなかったが、アースは焦りだしていた。
(まずい…、これでは1対1の構図だ!どちらかの勝敗が決した瞬間に全てが終わる…)
「ところでアースよ。お前はなぜ騎士団に入った?」
レンドルートは平然のように問いかけ始めるが、文字通り真剣勝負の最中である。
「お前のような偽善に溢れた馬鹿がいるせいで、感化される連中が増えるんだよ。アークトリア騎士団とはなんだ?人助けの集団か?………違うだろ!!!」
殺意の込もった一撃がアースを若干退かせた。
「くっ…!」
負けずとアースも力強い一撃をレンドルートに振るう。拮抗した剣の押し合いに、両者は歯を食いしばった。
「支配の何が楽しい?世界を掌握して何を望む?14年前の大戦からこの国は腐り始めた!」
互角の力が弾けて、互いに後ろへよろめいた。
「遂に本性が出たな。お前はやはり、アークトリアの敵だ。」
二人の信念が真っ向からぶつかり合う。そして、この後も完全互角の斬り合いが繰り広げられた。一瞬の隙も許されない、最強剣士同士の頂上決戦である。
「もう一度聞くぞ!お前はなぜ騎士団に入った!?」
「そんなの決まっているだろ。アークトリアを正義に導くためだ!」
「正義だと?安い言葉だな。お前のその正義とやらに賛同してしまった馬鹿な連中も、今日で死ぬんだぞ?」
「黙れ!!!」
怒りの込もった一撃が今度はレンドルートを若干退かせた。熾烈な闘いに、二人の息は少しずつ上がっていく。
「ほらほらほらほら!どうしたの!?」
一方、本気を出し始めたレイナが火の精霊を追い詰め始めていた。必死に逃げ惑う火の精霊は反撃の糸口を見つけられない。
「畜生、あのババア本物か…?」
レイナが火の精霊を追い詰める魔法。それは散々見せていた《煌々の千本矢》である。ただし、その数は倍以上に増え、さらに追尾機能が付いている。正確には光の矢が自動追尾するのではなく、レイナがただ操作しているだけである。数百本近くの同時操作は、レイナが天才魔法使いだからこそできる芸当だ。
躱したところで光の矢はまた戻ってくるため、一本一本撃ち落とさなければならない。火の精霊は逃げながら光の矢を《ファイアボール》で徐々に撃ち落としていくが、その度にレイナが《煌々の千本矢》を補充していく。
「あーもう!めんどくせー!!!《ファイアウォール》!!」
痺れを切らした火の精霊が炎の壁を築いて猛攻をまとめて防ごうとする。その手が悪手であることは、火の精霊自身も薄々感じていた。
「ふふ。やっぱりやってきた…。」
待っていましたと言わんばかりの態度で微笑を浮かべる。レイナが腕を大きく振り上げると同時に、光の矢は上空へと直角に曲がった。炎の壁を築いたことで、火の精霊はその軌道の変化を追えていない。
何かに違和感を覚えた火の精霊は、ハッとなり空を見上げる。満月が輝くその夜空に、まるで星々のように光の矢が満天を彩る。
「ちっ、クソが…。」
「終わりよ!」
無数の光の矢が、雨の如く降り注ぐ。




