第二十七話 「操魔族の能力」*
「ほらこっちだ!犬っころ!!!」
威勢の良い挑発に釣られてフェンリルの鋭い眼差しがアンベルに向けられる。そしてやはり、最初の振り下ろしは挨拶であった。フェンリルは地響きのような唸り声をあげて牙を立てる。歯茎を見せつけ、怒っているようにしか見えない。どう考えても噛みつきにくると思った次の瞬間、フェンリルは大きな咆哮と共に魔法を放った。鼻先の周りに5つの魔法陣が浮かび上がり、そこから細い光線が発射される。
「ぐああああ!!」
アンベルの左肩と右足、そして心臓付近にその光線が貫通した。開幕早々にアンベルは大ダメージを負ってしまう。魔物だから魔法は使ってこないとなぜ思い込んだ。最初の衝撃波も普通に考えれば魔法じゃないか。
「おいフェンリル、外しているぞ。ちゃんと頭を狙え。」
非情にも倒れているアンベルに向かって、2回目の光線を放つよう操魔族が命令する。
「やばい!アンベル!!!」
隙を狙っていたカイルが慌ててアンベルに次の攻撃が迫っていることを気づかせる。他の騎士団も注意を引くため、辺りに散っていたので助けは届かない。
「させない!!」
私は咄嗟に《希望の煌紐》を放った。フェンリルの巨体にそれは効果がないことは直感で分かっていた。だから狙うは口。人とは違う、前方に尖るように発達している大きな口を《希望の煌紐》で縛った。それで魔法が止まる確証もなかったが、私に今できることはそれしかない。
そして、その咄嗟の判断は功を奏した。浮かび上がりかけた魔法陣が収束していく。フェンリルは激しく頭を振り、《希望の煌紐》から逃れようとする。私も必死にそれに抵抗した。
「バカ落ち着け!!」
荒れ狂うフェンリルの背中に乗っている操魔族も慌てている。カイルも取り乱しているフェンリルに攻撃を仕掛けようとしているが、暴れのせいで逆に近寄れなくなっている。そんな中、騎士団員3人は痛みに悶えるアンベルに駆けつけて、少し離れたところまで避難させていた。
「だめ……、もう限界…。」
フェンリルの抵抗に逆らえず、口を拘束していた《希望の煌紐》は解除された。私は疲れ、痛みが胸を締め付ける。そして当然の如く、拘束が解かれたフェンリルとそれを操る操魔族の標的が私に向けられた。
「魔法使いか…?どれどれ?」
すると、操魔族が深く被っていたフードを後ろに下げて、その素顔を曝け出した。フェンリルに跨る高い位置から私を見下ろす。耳は尖り、八重歯がキラリと光っている。髪は長く、頭からは捻れたツノが2本。そして…、冷たく鋭い眼光が私を睨みつけていた。
「クレア!!そいつと目を合わせてはだめだ!!」
カイルの忠告は惜しくも間に合わない。その叫びを最後に、私の意識はなくなった。
クレアの瞳からは光が消え、その場に佇んでいる。フェンリルの背中にいた操魔族も首をカタンと前に倒して、微動だにしない。カイルは唇を噛み締めた。
「くそっ!…どうする!?」
クレアは自分の手のひらを見つめ、驚いたような表情をした。
(うおおお!?なんだこの魔力量!?こんな魔法使いがいるならフェンリル一体じゃ危なかったぞ。…ふふ、折角だしアークトリアの魔法使いがこの前使っていたやつを試してみるか。)
クレアは不適な笑みを浮かべると、騎士団員3人に杖を向けた。事態を把握していたカイルではあったが、無詠唱で放たれるその魔法になす術はない。
「《裁きの極炎弾》!!」
クレアの頭上からは巨大な炎弾が、まるで大気圏を通過する隕石のように騎士団員に襲いかかった。着弾と同時に地面の土は舞い上がり、辺りの草木を燃やして煙も上がる。
炎弾を放ち終えた後、煙の中からはボロボロになって倒れている騎士団員3人の姿が見えてきた。その光景にクレアはニヤリと笑う。
(これならこいつだけで奴らを片付けられそうだ…。)
しかし次の瞬間、クレアはドクンっと体がビクついた。鮮やかな血が孤を描いて、地面に飛び散る。……吐血だ。
「クレア!!」
(いっ…!なんだこいつ…!?魔力の器どうなってんだよ!?)
クレアが膝をついて胸をギュッと握りしめたと同時に、フェンリルの背中の上で眠っていたように見えた操魔族がハッと頭をあげる。
「はぁはぁ…。あっぶねぇ。向こうで意識飛んでたら終わってたな!」
クレアの瞳には光が戻る。私はようやく意識を取り戻したようだ。しかし、気づけば嘗てないないほどの激痛を胸に感じ、喉の奥には鉄の味が広がっていた。
「うわああああああああああああ!!!」
泣き叫ばずにはいられない。何が起きたかも分からない。痛みで失神してしまいそうだ。
「ふざけやがって…。あの魔法使いぶっ殺してやる!」
操魔族の怒りは絶頂に達した。そして、フェンリルを操ってクレアを踏み付けようとする。悲鳴は収まらず、蹲っているクレアはその巨大な足が迫っていることに気づかない。このまま殺せると確信していた操魔族ではあったが、怒りのあまりもう一人いる騎士の存在を忘れていた。
カイルが動き出す。大きく振り上げたフェンリルの前足を高い跳躍とともに斬った。その巨体からすれば擦り傷程度ではあったが、クレアへの攻撃を防ぐことには成功する。
「ちっ、そういえばまだ元気なのがいたな。」
「君たちは一旦逃げるんだ!」
カイルはボロボロの騎士団員にこの場から離れるよう促した。クレアの《裁きの極炎弾》が直撃した騎士団員は辛うじて一命は取り留めていて、意識も残っていた。苦しそうに立ち上がり始めるものの、もはや戦える状態ではない。加えて、負傷したアンベルに蹲るクレア。現状の残存戦力はカイルのみとなる。
(僕一人で何分もつ…?)
「フェンリル、あいつからだ。あの魔法使いはその後にゆっくりと踏み殺してやる。」
カイルは両手で剣を握りしめると、フェンリルの側面へと走り出した。
時は少し遡り、アースとレンドルートの最初の一振りが混じり合った直後のこと。
両者の後ろに立つレイナと火の精霊も動き出した。
「《煌々の千本矢》!」
「《ファイアボール》!」
たくさんの光の矢と火の玉が一つ一つ激しくぶつかり合う。その渦中にいたアースとレンドルートはすかさず引いて、間合いを広げる。
「フハハ!やはりいい剣をしているなアースよ。これでこそ殺し甲斐があるというものだ。」
アースはレンドルートのその陳腐な発言に反応を示さない。絶妙な間合いで動きづらくなった二人はただ剣を構えて、次の行動を考えていた。
フェンリル戦、一旦保留です。このまま「アース&火の精霊」vs「レンドルート&レイナ」の戦いを決着までやろうと思ってます。




