第二十六話 「満月に吠える」
暗い山道を進む中、アンベルが唐突に私に話しかけてきた。
「ところで貴様はどんな魔法が使える?」
その問いに私は戸惑い、カイルに目で訴えかける。すると、カイルは黙って頷いた。そもそも魔法が使えるとバレている時点で何も隠す必要などない。私は包み隠さず全てを話した。エリスにもらった新薬のおかげでかなりの魔力量を有していることも含めて全てだ。
「相手を光の輪で拘束する魔法…。聞いたこともないが、確かにそれなら援護としては十分すぎるくらいには使えるな。」
私はパアッと顔が明るくなり、少しだけ自分を誇らしく思えた。アンベルは続けてカイルと似たようなことを言ってくる。
「しかし、俺たちは副団長の信念の下にあるから良いが、このことが今日来ているレイナにバレたら貴様たちは終わりだな。特にその新薬とやらを作ったという娘のほうはタダでは済まんぞ。」
言い方が違うだけで、その言葉の意味はカイルのものよりずっと重く感じてしまう。エリスの新薬だけは死んでも漏らさないと、私は肝に銘じた。
エリスたちと別行動になってからかなりの時間が経過し、満月の夜も深いところまできていた。すると、突然カイルが何かに察知したようで、周りにその違和感を瞬時に伝えた。
「おい…!何か変だぞ!」
その言葉に全員が山に意識を集中させる。そして、遠くの方から何か得体の知れない力が押し寄せてきた。それは目には見えない衝撃波のようなもので、目の前の木々を引き裂きながら私たちに迫る。
次の瞬間、その衝撃波が私たちを飲み込んだ。
「うぐぐぐ…!」
地面に足を踏ん張り、襲いかかる衝撃を咄嗟に両腕で守りながら耐える。引き裂かれた木々の破片が服を切り、そして頬を切る。突如として押し寄せたその衝撃波は間も無くして収まった。
「大丈夫かクレア!?」
「な、なんとか…。」
私たちの直線上にある木々は倒れ、その衝撃波が通った道を満月の光が照らし始めた。遠くには逆光に晒された大きな魔物のシルエットが確認できる。ズシズシと足音を立てながらその魔物が近寄ってきた。そして、正体が発覚する。
「おいおいおい、嘘だろ…!?」
「幻獣フェンリル…」
私ですらその名を知っていた。もちろん、お目に掛かるのはこれが初めてだ。頭を後ろに傾けなければ、その全身を視界に収められないほどの巨体である。
「あれと戦うの…?」
私は恐れているというより、なぜか興奮していた。それはオークを倒したことで芽生えた自信からなのだろうか。
そして、フェンリルの背中に人影が映った。フードを深く被っており、素顔までは確認できない。カイルはその人物が誰であるか分かっていた。いや、冷静に考えれば私でも予想は付く。
「まさか、そっちから出向いてくれるとはね…。」
その人影の正体は…、全ての元凶操魔族であった。
「それはこっちの台詞だよ。」
その発言の意味に理解が間に合っていないアンベルは、声を荒げる。
「こっちの台詞って何だ!!!!」
(うるせーな、誰だあいつ?ったく誰が誰だが分かんねー。とりあえず全員殺しておかないとまずいよな…。)
操魔族はアンベルの怒りを耳障りに受け取りながら、首をコロコロと左右に揺らし始めた。フードが邪魔をして視線を追うことができない。
(でもまあ、手筈どおり火の精霊の使い手はいねーな。よし…。)
「フェンリル、あいつら潰せ。」
耳を疑いたくなるような、恐ろしい命令だ。騎士団全員が剣を握りしめて戦闘態勢に入る。私もそれに続いて、杖を構えた。カイルを見ると、その手その体が若干震えている。すると、私に顔を向けて何やら謝ってきた。
「すまないクレア。これは正直全滅の可能性が大だ。全力は尽くすけど、一切の保証はできない。だから今から逃げてくれないか?」
「私はみんなと約束してここに来ているの。それに従うと思う?」
「だよね…。」
そして、私たちの前に立ちはだかる巨大な狼が、満月に吠えた。
フェンリルは右の前足を高く上げると、私たちの頭上目掛けて振り下ろしてくる。その爪は全てを切り裂くかの如く鋭利で、幻獣という名に相応しいほどの剛であった。
最初のその攻撃は挨拶のつもりなのか、振り下ろす速度は遅くて私でも躱すことが容易であった。
しかし、足が叩きつけられた瞬間にその破壊力に唖然とする。地面の土はえぐり返され、大きな地鳴り…というより大きな衝撃が私たちを襲う。
「ぐぅ…!こんなのまともに喰らったら終わりだな!!」
「ギリギリで躱してもこの衝撃じゃあ反撃は取れない…。」
「だったら俺たちが囮になってやるから、お前は隙をみて腹でも斬りにいけ!」
カイルとアンベルは打倒フェンリルの策を練っている。アンベルは他の騎士団員3人に注意を引きながら攻撃を躱すだけの立ち回りを指示する。
私は、私にできることを考えるしかない。
第1章のボスはフェンリルにしました。有名だし、カッコいいですよね。ちなみに私は犬派です。




