第二十四話 「撃滅の時」
滑稽なブービートラップに無様に引っ掛かっていくオークたちではあったが、その数は100体である。転げたオークに小石の弾幕を張り続けてはいたが、遂に数体が掻い潜ってきた。弾幕が薄い両斜め前から、オークが迫ってくる。
「まずい!!みんな私の後ろに固まって!」
エリスたちは急いでクレアの真後ろへと避難してくる。クレアは痛みを覚悟したうえで強固な結界を張って、皆を守ろうと考えていた。しかし、クレアがしばらくの間オークの進行を食い止めていたおかげで、さらに後ろで繰り広げられていた戦闘は勝利で終わっていた。カイルたちが助太刀にくる。
弾幕を止めて結界魔法の詠唱に入ろうとしていた私の真横をカイルが通り過ぎる瞬間に、耳を疑うような心踊る言葉が飛んできた。
「クレア、君はもう立派な魔女だよ。」
両脇から迫るオークはダッケンさんたちが華麗に捌き、目の前で転がっているオークはカイルが一網打尽に切り裂いていく。私は杖を下ろして結界を張ることをやめていた。
「また援護頼むぞー!」
護衛団員が私を頼りにしている。それに応えるために私はまた杖を強く握りしめて、《希望の煌紐》を放っていく。魔力は全然尽きそうにない。
疲れ果てていたはずの護衛団員も、ダッケンさんの鼓舞とカイルの圧倒が背中を押して、最後の力のその先まで到達していた。
100体はいたオークも気付けば残り僅かである。先の戦いも合わせれば、私たちだけで150体近くを倒したことになる。戦死してしまった護衛団員の一人が思い浮かばれるが、今はこの窮地を脱せられる瞬間に、みんなの心から希望が湧き上がってくる。
そして、最後の一体を私の《希望の煌紐》…。いや、《光輪分断》がオークの体を真っ二つにして、この闘いは勝利を飾った。全員から歓声が上がる。
『うおおおおおおおおおおおお!!!!!』
私は緊張の糸が解け、腰を抜かしたように地面に座り込む。そこへエリスが駆け寄ってきて、優しく抱きしめてくれた。私もそれに応えるようにエリスの背中に手を伸ばす。
「さすがはクレアね!信じてたよ…」
「何言ってるの。殆どエリスのおかげじゃない。」
結局、副団長の応援なくこの苦境を乗り越えていた。この勝利はクレアの急激な成長、偶然にも間に合ったエリスの新薬、そして別行動となっていたカイルの存在、数々の僥倖が重なったことで掴み取れたものである。
気付くと、他の全員が私の周りを囲って、今まで感じたことのない温かな視線が私に集まっていた。
「すげーなクレア!」
「見直したぞ!」
「私たちを守ってくれてありがとう。」
賞賛の声がカイルと護衛団を差し置いて、まず私に浴びせられた。それはきっと、意外性があったからであろう。だから、私は決して驕らずに振る舞った。
そんな歓喜に包まれる中、ダッケンさんが現実に目を向ける。
「あいつを…、弔ってやろう。」
私たちはオークに殺されてしまった護衛団員をこの山で埋葬した。遺体を連れて帰らなかったのは、無惨な姿を家族には見せられないというダッケンさんなりの配慮であった。
祈りを捧げ終えると、ダッケンさんはカイルに向かって事の真相を鋭い眼差しで問い詰め始める。
「カイルさん…と言いましたかね?それでは聞かせていただけますか?このオークの軍勢はなぜやってきたのか。そしてそれを知っていた理由を。」
アークトリア騎士団のカイルに対してダッケンさんは一切怯えずにいる。それもそのはずだ。私たちを窮地に追い詰めただけではなく、一人の護衛団員を目の前で失っているのだから。周りは一斉に黙り込んで、カイルに注目が集まる。
「このオークたちは操魔族という奴らが操っています。そして…」
カイルは淡々と全てを告げていった。それを聞いた村の人間の形相がガラリと変わった。危険と分かっていてアークトリアが月光草を欲しいがために事実を隠していたこと。それが何よりも村の人間の反感を買っていたようだ。
ダッケンさんは全員の気持ちを背負い、責任を覚悟の上でカイルの胸ぐらを掴んだ。
「死人が出ているんですぞ…!!」
この時、ダッケンも怒りの矛先がカイルではないことは重々承知している。それでも、抑えきれない憤怒の吐き出し場所がカイルしかいなかったのである。
「すみません。僕もこんなことになるとは思っていなかった…。」
皆の怒りがアークトリアに向いている中、火に油を注ぐかのようにアークトリア騎士団の小隊が走って合流してきた。遅すぎるその到着に私は少し呆れかけていたが、ハッと今の状況がまずいことに気づいた。
カイルを問い詰めているダッケンさんの姿が騎士団の目に入ってしまう。
「カイルか!?……ん、おい貴様何してる?」
ダッケンさんは慌ててカイルを解放する。普通であれば間違いなく制裁が下される状況を目撃されてしまったが、副団長の部下であったこともあり、カイルが冷静に事情を説明して事なきを得た。素直に胸ぐらを掴まれていたカイルは、本当にアークトリア騎士団なのだろうか。
私たちの護衛を任されてからようやく小隊と合流することができたカイルではあったが、副団長がいないことに疑問が浮かぶ。
「レイナが山の麓に現れて、なぜか俺たちの入山を阻んできた。そこに団長も来て…、副団長は今その二人と交戦中だ。」
「置いてきたのか!?」
「副団長の命令だ!それにあんな闘いに俺たちがいても足手纏いになるだけだ!」
カイルはその言葉を皮切りに何も言わずに走り出す。しかし、騎士団の一人に腕を掴まれて副団長の元へ向かうことを阻止されてしまった。
「待て!!」
「相手は団長とレイナだぞ!!アースさんが殺される!」
今まで見たことのないほどカイルが焦っている。散々副団長のことを最強だと言っていたはずだが、その団長とレイナという人はそんなに強いのだろうか。私自身、あの豪傑の騎士が負ける姿を想像できない。
「副団長を信じろ!俺たちはこの山に来ている魔物を倒すという使命があるだろう!」
それでも掴まれた腕を振り払おうとするカイルに騎士団員は痺れを切らして、思いっきり顔面を殴った。
「お前が行ったところで何ができる!?今やるべきことを考えろ。」
私たちはその荒れ狂う会話を聞いて、魔物はすでに倒し切っていると思っていた。私はオロオロと水を差すように発言する。
「あの…、その魔物っていうのは私たちが倒しているんですけど…」
騎士団員は辺りに転がっているオークを見てから、私には信じ難いことを当たり前の口調で告げてきた。
「オークだけの訳ないだろ。…ん?」
驚愕の事実に顔を青ざめるが、何やら騎士団員が私を凝視し始めた。
「クレア・バース…。」
(なになになに!?なんで私の名前を知っているの!?)
急に自分の名を告げられたことで不安の行方が迷子になった。全身からは冷たい汗が流れ始める。
「貴様魔法は使えるのか?」
私はその問いに答えることができなかった。使えないと嘘を吐けばそれで終わりだが、自尊心がそれを拒む。
「我々を恐れる必要はない。使えるなら戦力になると思ったまでだ。」
この騎士団員は以前、クレアたちの家に月光草を取り立てにきた【アンベル】という名の副団長の部下である。
「彼女は立派に魔法を使える。間違いなく戦力だよ。」
ぶっ飛ばされたカイルが起き上がりながら、事実?を告げた。すると、騎士団員は私たちに更なる危険を強制してきた。
私は騎士団に同行して、まだ山にいる魔物を討伐する任務を命じられる。そして、追加で10人を護衛につけるから、このまま月光草の採取は続行しろというものであった。




