第二十三話 「芽生える自信」
「戻ってくれ。」
アースは危機を救ってくれた火の精霊に対して、礼を言うこともなく直ちに大剣へと戻るよう促す。
「ちっ…。苦戦してんじゃねーよ。」
火の精霊の口は相変わらず悪い。二人の関係が始まったのは2年前のことである。二人は一度戦っていて、激戦の末アースが勝利した。しかし、アースが火の精霊を欲したと言うより、火の精霊がその強さ、信念、正義に興味が湧き、精霊側から契約を持ちかけるという異例な関係が成り立っている。
アースの大剣へと戻っていった火の精霊にレイナが落胆する。
この後も二人の熾烈な戦いは続き、一進一退の攻防が繰り広げられていく。レイナは強大な魔法を避け、消耗線にシフトしていった。時間ばかりが過ぎていく。痺れを切らしたアースは後ろで見守ることしかできない部下たちに命令を下す。
「このままだと埒があかない!お前達は先に行け!」
「そうはさせないよ…!」
アースの命令で動き始めた部下たちに対し、レイナはいち早く魔法を展開する。今度は無数の光の矢が騎士団員へと向かっていく。レイナにとっては有象無象に見えていたかもしれないが、アースに鍛えられている騎士団員はしっかりと強い。その光の矢を的確に払い落としながら、着実に山の入り口へと近づいていった。アース自身も部下への信頼は厚く、レイナが放った魔法が光の矢であったことに気づいた瞬間から、部下を庇うことは頭になかった。
「そんな魔法で足止めできるほど、生ぬるい鍛え方はしていない!」
レイナはこの時、アースが味方を庇うと読んでいたため、注意が一瞬逸れていた。二人の距離は剣が届くほどに詰まっている。魔法で防ぐには間に合わないこの状況で、レイナの頭を過ったのは、敗北であった。
(やっば……)
まさに、一瞬の油断と読み違いが招いた千載一遇のチャンスである。アースは渾身の一撃をレイナに叩き込む。しかし、アースの手に伝わってくる感覚は、剣と剣がぶつかり合う手応えのないものであった。
レイナの危機一髪を誰かが守ったようだ。
「ひぃぃぃぃ。ちょっとあんた来るの遅いよ!!」
「悪いな。別の入り口で待ち伏せていたが、読み違えたようだ。」
レイナを守った誰か。それはこの状況を作り出した張本人、アークトリア騎士団団長のレンドルートである。
「嘘だろ…。団長まで来ていた…。」
山の入り口まで差し掛かっていたアースの部下たちもレンドルートの登場には息を呑む。立ち止まる部下にアースは大声で命令を告げる。
「お前達はそのままいけ!!今この山に来ている連中と早く合流するんだ!」
余裕のないアースの命令に後押しされた部下たちは、言われるがままに暗い山の中へと走っていった。
「あいつらは例外よね?」
「…。まあいい、このクソ生意気な男だけは取り逃していないようだから約束は守ろう。あいつらじゃ今日の魔物には到底敵わない。」
レンドルートの意味深な発言に、アースの怒りが湧き上がる。
「レンドルート!お前まさか、操魔族と繋がっているな!?」
「ははは!繋がっている?勘違いするなよ?俺は俺のやり方でアークトリアを最強にしようとしているだけだ。お前は本当に目障りだな!」
「今までギリギリで操魔族の行方を見失っていたのはそういうことか…。」
アースの中で点と点が繋がっていく。レンドルートと操魔族がどういう関係であるかまでは不明だが、馬鹿げた操魔族誘導作戦の真のターゲットはアース自身であった。もちろん、命令無視をしているのでこの作戦は失敗に終わっている。
ただし、レンドルートは口を滑らせたわけではない。付け加えておくと、“今日の魔物”というのはオークのことでもない。
「お前は今日この場で葬ってやる。ただ安心しろ。副団長アース・ラドガルドは立派な殉死を遂げたとアークトリアには語り継いでおくさ。」
アースは滅焔魔法を使える分、レンドルートよりは強い。だが、単純な剣技だけで言えばほぼ互角である。それに加えて破魔魔法部隊レイナの援護が入ってしまえば、勝負の行方は歴然であった。
「おい、火の精霊。悪いが出てきて一緒に闘ってくれ。この二人相手は流石にきつそうだ…。」
火の精霊を解放して闘うということは滅焔魔法を使えなくなるということ。無論、火の精霊単体でも強力ではあるが、滅焔魔法はアースの持つ魔力と掛け合わせることで発動ができる。言ってしまえば、剣に宿っていたほうが強いのである。しかし、アースは共闘の選択をした。
「何だよ、久しぶりに手応えのある相手か??」
再びの登場にレイナは歓喜する。
「この子をいじめるのはちょっと心痛むかなあ。」
「バカなこと言ってないでお前もちゃんとやれ。」
満月が輝く夜、一瞬の静寂が訪れた。張り詰めた空気が漂う中、月下に煌めく両者の刃が轟音と共にぶつかり合う。その瞬間、決戦の幕が切って落とされた。
一方、ほぼ同時刻にクレアたちもオークの軍勢に挟まれて危機的状況に陥っている。副団長の到着が遅すぎることに内心カイルは怪訝していた。
「アースさんは必ず来る!それまで持ち堪えてくれ!」
私はその言葉を信じて、後ろから迫る100体を超えたオークの軍勢に、一人立ち向かおうとしていた。
「後ろのやつは任せて!」
エリスやハンスさんを含めた村の同行者を挟むように守りの陣形に入る。これから私が放とうとしている魔法はエリスに怒られるかもしれない。それでも、今みんなを守ることができるのは私しかいないと理解している。
「ごめんエリス!少しだけ無茶させて!」
エリスの了承を待つことなく、私は杖を構えた。目の前にはオークの軍勢だけで闘う者は誰もいない。私は魔力の器を信じて、痛みに耐えられそうな最大限の魔法を放つ。
無数の小石が帯状に生成され、クレアが杖を振り切ると同時にその小石は一斉にオークに向かって飛んでいった。弾幕のような攻撃が何体にもヒットし、中でも顔面に直撃したオークはかなり怯んでいる。
(あれ?痛くない…)
しかし、肩や腕にヒットしたオークは怒りだし、雄叫びを上げて走り出していた。どうやら逆上のスイッチを押してしまったようだ。
「いやいやいや、嘘でしょ!?」
私は焦って次の手を打った。
「《希望の煌紐》ロングバージョン!!」
それを見ていたエリスたちは数十メートルある長い光の紐がオークを何体も縛り上げると思っていたが、木々が生い茂るこの山でそれはできない。そう、クレアの考えは違っていた。
その長い光の紐の両端は低い位置で近くの木に結びついた。ピーンと張った光の紐に次々とオークたちは足を引っ掛けて転んでいく。オークは元々バカであり、光るバレバレのブービートラップにも面白いように引っ掛かってくれた。
「よしよしよし!思い通り!」
しかし、転んだだけで倒したわけではない。すぐに起きあがろうとするオークにどんどん石をぶつけていく。私は気づき始めていた。魔法の複数発動はあくまで魔力量の問題で、魔力の器には関係がないということに。
「頑張れクレア!!」
小石を何発も放っている最中に急に聞き覚えのない声が私を応援した。声を発したのはまさかの村の同行者である。散々私をあしらっていたはずの村の人間の応援がなぜか活力になる。
その活力の源は応援そのものににあったわけではなく、クレアのことを認め始めているという紛れもない事実からであった。
「今の私ならやれる!」
確かな自信が、私の心の底から湧き上がってくる。




