第二十一話 「豚野郎」*
迫り来るオークに覚悟を決め、私はエリスにもらった魔力増幅薬を噛み砕いた。
「クレア!君はみんなのそばを離れずにここから出来ることをするんだ!」
カイルとダッケンが先頭に立ち、オーク達の初撃を迎え入れた。
「アークトリア騎士団様が味方とは心強い!」
二人は難なく一体ずつオークの前身を斬った。私は疑っていた訳ではないが、ダッケンさんが剣を振る姿を見るのは初めてで、こんなにも頼もしい人だとは思っていなかった。
後に続いて残りの護衛団も加勢する。私は杖を構えて、光の紐を出現させていた。いつでもオークを捕らえる準備はできている。
戦闘の渦中にいる6人全員に注意を払い、私はその時を待った。
「さっきクレアとの会話を聞いてしまいましたが、あなたはこのオークの群れが来ることを知っていたのですか?」
隣同士で剣を振りながら、ダッケンがカイルに問い詰める。
「はい。だから僕はここに来ています。」
「教えてくれてもよかったではないですか!」
秘密にされていたことに対してダッケンの中で怒りが芽生えていたが、相手がカイルである以上笑って誤魔化すしかなかった。
「後で謝罪はしますので、今はこのオークを蹴散らすことに専念しましょう。」
カイルとダッケンはその鍛えられた剣術で次々とオークを捌いていく。しかし、他の護衛団は1体1体のオークに苦戦を強いられている様子だ。
その状況にクレアはすかさず《希望の煌紐》をオークに放つ。見事にそのオークの動きを封じ込めると、護衛団の一人は隙を見計らって大ダメージを与える。
クレアは手を緩めず、護衛団の目の前に立ちはだかるオークに次々と《希望の煌紐》を放って援護していく。
「おい…、あの子魔法を使っているぞ。」
後ろで見守っている村の同行者が驚いている。優勢にも見えるこの戦況に、全員の顔からは少しずつ希望が生まれ始めた。
これなら倒し切れるかもしれない。私もそう思い始めていたが戦闘は激化していき、最初は近くで戦っていた6人も次第に距離が生まれ始めた。
これでは戦っている6人全員を視界に収めることができない。そして、一人の護衛団員が2体のオークに挟まれて危機的な状況に陥っていた。
私は最速で二発の《希望の煌紐》を放ち、その護衛団員の危機を間一髪で凌いだ。魔法の援護に感謝しているのか、私の方を見て拳を高く上げている。
ホッとしたのも束の間、エリスが私に叫んできた。
「クレアあっち!!」
エリスが指差す先には、またしてもオークに囲まれている護衛団員の姿が目に飛び込んできた。
私は急いで《希望の煌紐》を放つ。1体の動きを封じ込めることに成功はしたが、護衛団員を取り囲むオークはあと3体いる。
そして、立て続けに放った二発目だが、それは間に合わなかった。1体のオークが振り出していた棍棒はクレアの《希望の煌紐》が届く前に、その護衛団員の脇腹に直撃してしまった。
オークの一振りは凄まじく、ひどく吹っ飛ばされた。その姿が視界に入っていたダッケンが大声で叫ぶ。
「豚野郎があっ!!!」
護衛団長ダッケンの攻撃が加速していく。急いで助けに向かおうとするが、間に合う距離ではない。
さらに彼が飛ばされた方向は運悪く、オークの群れのど真ん中であった。着地と同時に、私はこの後に起こる悲劇を察知する。
「やめて!!!!」
私の悲痛な叫びは、虚しくも届かない。
痛みに悶えるその護衛団員を何体ものオークが取り囲み、棍棒を振り下ろしていく。最初に大きな悲鳴を上げたが、その後はただ、肉片が辺りに飛び散る音だけになった。
それを見てしまった一人の女性は過呼吸に陥り、エリスは口を押さえて涙を流している。皆の希望は一瞬で絶望の深淵へと叩き落とされた。
そして、私の悲痛は憎悪へと変わり始める。心臓の鼓動は早くなり、頭に血が上る。己を失いかけている私は杖を高く振り上げて、最大魔法を放とうとしていた。
「大地の声よ、静かに響け!岩よ、芽を出し…」
その詠唱に聞き覚えのあったエリスが抱きつくようにクレアを止めに掛かる。
「その魔法は使わないって約束したでしょ!」
「離して!!」
それでも私の憎悪は収まらない。これが殺意というものなのだろうか。私は自分の感情を制御しきれず、押さえ込んでくるエリスの腕を振り払おうとしていた。
「しっかりしなさいクレア!取り乱してはダメだ!」
声の主はハンスである。力強く芯の入ったその言葉でクレアは突然落ち着いた。
この時、クレアは気づいた。この憎悪の正体はオークにではなく、一瞬の油断をしたクレア自身であったことに。
私は急いで呼吸を整えていく。
「ごめん二人とも。これ以上は絶対に誰も死なせない…。」
私は杖を構え、再び援護に入る。
「《希望の煌紐》!!」
今度はいつもより少し長めの紐が2体のオークを縛りあげた。身動きが取れなくなっているオークをダッケンさんがまとめて斬り殺す。
「くそおお!お前達は少し下がれ!!」
そして、ようやくダッケンさんも魔法の援護が私であることに気づいたようだった。
「クレア!俺はいいからそいつらの援護に集中してくれ!」
もちろんダッケンはクレアが魔法を使えることを初めて知ったが、この戦禍では悠長なことを考えることはできなかった。
私はダッケンさんとカイルを信じて、下がってくる護衛団員に注意を払う。生意気だと分かっていても、もう誰も死なせたくない私は大きな声で指示を出した。
「1箇所に集まってください!私が援護しますから!」
すると、護衛団員の3人はお互いに背を預けるような陣形をとった。私はその3人に襲いかかるオークを次々と《希望の煌紐》で封じ込めていく。
一息つく暇もない。私は何回魔法を放ったのだろうか。湧き上がってきていた魔力もなくなる気がしない。
それでも、戦闘が始まってからそれなりの時間が経過している。護衛団員は疲弊し、徐々に動きが鈍ってきていた。
私も攻撃しないといけないと思い始める。小石をぶつけるにしても、精度に自信がないから味方に誤弾してしまう恐れがある。次の手を迷っていると、ハンスさんがヒントをくれた。
「あの輪をもっと強く締め付けられないのか?」
そのヒントをきっかけに私は恐ろしい魔法を思いついてしまった。切羽詰まっているこの状況で躊躇している暇はない。
「やってみる!!《希望の煌紐》!」
光の紐が1体のオークを締め付けると、クレアは左手を前に突き出して掌を広げる。そして、思いっきり歯を食いしばりながら力強く空気を握りしめた。
すると、光の紐が縮み始めてオークの体に少しずつめり込んでいく。踏ん張るクレアの表情は辛そうで、締め付けられるオークも必死に抵抗している。オークとクレアの力比べだ。
「あと、少し…!」
勝者はクレアであった。光の紐が消えると同時に、オークの体は真っ二つになり、上半身が先に地面に転がった。それを見たハンスとエリスから歓喜の声があがる。
「よしっ!!」
しかし、クレアの胸に痛みが走る。この力比べは、魔力の器が足りなかったようだ。
(うぅっ…!)
クレアは反射的に胸を抑えようとしたが、エリスの顔が思い浮かんでギリギリで堪えた。
(これくらいなら大丈夫…。)
実際に痛みは以前のような激痛ではなかった。私はすぐに立て直して、次の攻撃に入る。
その間にも、カイルとダッケンさんはオークを無双していく。気づくと50体はいたオークの軍勢も半分以下に減っていた。
「あと少しだ!頑張れ!」
疲弊する味方をダッケンさんが鼓舞する。それに反応した護衛団員は自らを奮い立たせて、最後の力を振り絞った。私も援護しつつ、胸の痛みに耐えながら、一体一体を確実に仕留めていく。
殲滅は目前だった。
「う、うわああ!!!!」
何やら村の同行者の一人が大声で叫び出した。
声を出した本人を見ると、私たちの後ろを見て異常に怯えている。まさかとは思った。その先を見ると、新しいオークの軍勢が私たちに迫ってきていた。
クレアは目を疑った。なんとその数、100体を超えている。
紛れもなく、絶体絶命のピンチである。
「ねえカイル!!副団長はまだ来ないの!?」
副団長来ないじゃんか。はい、ということで次話は副団長サイドになります。
ここから並行進行になっていきますが、飽きずに読んでいただけると嬉しいです。




