第二十話 「はじまりの夜」
私たち月光草採取一行は村を出てから順調にテンラン山へ向かっていた。日は沈みかけ、西に見える山の裏からは橙色の光が微かに差し込んでいる。
この調子で行くとテンラン山の麓に着く頃にはすっかり暗くなっていることだろう。私はエリスの横を歩きながら、他愛もない話をふっかける。
「月光草って全然採れないこともあるの?」
「もちろんよ。前にも言ったけど、どれだけ早く最初の一本を見つけられるかが大事なの。あとは時間との勝負ね。もたもたしていたらあっという間に日が昇って来ちゃう。」
月光草の採取方法は最初に発見した月光草の明かりの度合いを頼りにしていくらしい。毎回明かりの度合いは違うらしく、その日の光の強さが分かればその後の採取は楽になるという。
そんな話を聞いても今日の私には関係ない。だって見学なのだから。
しばらく歩いていると、最初は固まって歩いていた一行の列も少しだけ乱れてきた。私たち家族とカイルしか近くにいない状況を見計らって、エリスが私に例の薬を手渡してきた。
「ほら。これは3日分も蓄積しているからこの前より多いわよ。」
こそこそと薬のやり取りをしている私たちに、カイルが入り込んできた。
「それは何だい?あの閃光弾なら僕も欲しいんだけど。」
カイルはアークトリア騎士団だが、もうすでに信頼を置いている存在だったので、私はエリスの新薬について正直に話した。エリスも特に止めには入ってこない。家族全員がアークトリアの人間という偏見を持たずに接するほど、カイルは私たちに溶け込んでいた。
「月光草とは明かりを灯すだけだとずっと思っていたよ…。」
普通なら疑うところだが、カイルは信じ切っている様子だった。ましてや口止めするまでもなく、すぐにカイルのほうからこの薬はバレないようにと注意喚起してきた。
カイルがアークトリア騎士団じゃなければよかったのにと、心の底から思えるほど、今日の別れがすごく惜しくなっていた。
そして、私たちは難なくテンラン山の麓まで到着した。あたりはすでに暗くなっており、満月の光だけが私たちを照らしてくれている。
ここから見える山の中は暗闇で、以前来た時とは比べものにならないほど不気味で恐ろしい雰囲気を醸し出していた。エリスとハンスさんは慣れた表情でランタンを取り出しているが、私は少しだけ怖くなっている。
「ここからは私たちが皆さんを囲うようにして進みますので、くれぐれも輪から出ないように!」
護衛団団長のダッケンさんが大きな声で指示を出す。頼もしいその姿を見て、私はなぜかあのおバカ息子の顔が浮かんでしまった。
陣形を整えると、私たちは暗闇に吸い込まれるように山の中へと足を踏み入れていった。
「もう月光草を見つける作業は始まっているわよ。」
山に入って間もないところでエリスが突然話しかけてくる。
「周りを見て。みんな足元の草に目を凝らしながら歩いているでしょ。月光草は群生しないから思わぬところにあったりするのよ。」
私は少しだけ関心した。改めて周りを見渡すと、皆が集中している。エリスは続けて私でも見つけられる可能性のある方法を教えてくれた。
「月光草の目利きはセンスがものを言うわ。だからクレアは上を見なさい。」
エリスは真逆のことを言っている。言われたとおりに上を見るが、それが何を意味するのか全く理解ができなかった。
「木々の間から微かに差し込んでいる月の光を見つけるのよ。運が良ければその先で月光草が光っているわ。まあ、ごく稀なケースだけど…。」
私はエリスに言われたとおりに、上を向いて歩いている。差し込む光を見つけてはその先を見る。ただ、それを繰り返していた。何度も何度も繰り返していた。
(ぜんっぜん面白くない!!!!)
私はぼやこうとするが、エリスとハンスさんはとても集中していて邪魔をすることができなかった。救いの手はカイルしかいない。
「山に入ってからもうだいぶ経つけど魔物は本当に来るのかな?」
「操魔族は意外と臆病なところがあってね、こういう集団にいきなり魔物をぶつけるようなことはしてこない。偵察用の魔物をあちこちに放って様子を伺っているんだろう。」
それは臆病というより周到の間違いではないかと思ったが、やはり魔物が来ることは確かなようだ。
カイルとの会話で少しだけ退屈を凌いでいると、やや遠くから大声ではないが力強い声が聞こえてきた。
「あったぞ!!」
どうやら月光草が見つかったらしい。エリスが少し悔しそうな表情をしている。
「流石に2回連続で頭は無理だったか…。」
頭とは、最初に月光草を見つけた者のことで、その功労を讃えて最後には全員から月光草を一本ずつ分けてもらえるのだという。エリスは前回頭になっているらしい。大したものだ。
皆が今日の頭の元へと集まり始める。私も流れるように付いていき、全員が注目している月光草を私も見る。
地面から自生しているその月光草を初めてみた私の感想は、周辺の草と比べても何も変わらない“ただの草”であった。
しかし、目を凝らしてよく見ていると微かに発光はしている。これは素人が判別をつけるのは無理そうだと感じると同時に、これなら満月の夜じゃなくてもそれほど変わらないのではないかとも思った。
「カイルは違いわかる?」
「全然わからないね。」
場違いな二人の会話に、エリスがクスクスと笑い出す。
何やらみんなは、今日の月光草の発光度合いはこれくらいだとか、ランタンの明かりの強さはこれくらいにしておけだとか、私には到底理解の及ばない情報共有が始まっていた。
私はそんな会話を無視してカイルと談笑している。
すると、周りを監視しているダッケンさんが突如剣を抜いた。皆が近くに集まっていたこともあり、その抜剣の音に全員が気づく。
「魔物だ…。」
ダッケンさんはハンドサインで私たちの周りを囲っていた護衛団員を招集する。カイルも剣に手をかけ、私たちの前に出た。
「なんだこの数…!?」
ダッケンさんは驚いたように口走るが、暗闇の向こうにいる魔物を私たちはまだ確認できない。一人の男性が怯え始めたのか、ランタンの明かりを強くした。
数十メートル先まで見通せるほど明かりが届いたところで、私たちは絶句した。数名は腰を抜かし、ガクガクと震えている。
明かりが届いた暗闇の先には、50体ほどの二足歩行の猪が私たちを睨みつけていた。
「オークか…。」
カイルが冷静に魔物の名を告げる。私も杖を握りしめ、カイルの横に立った。
「強いの?」
「そうでもないさ。攻撃は単調で動きも遅い。でもこの数…、ここにいる全員を守り切るのは難しいかもしれない。」
クレアの額からは冷たい汗が流れだす。しかし、その目は決して恐れていなかった。
「みんなを一気に逃したら?」
「それもありだけど、その先で他の魔物に遭遇したら守れなくなる。近くに居てもらったほうが安全だ。」
カイルが最もなことを言うが、遂に一人の男性が恐怖に慄き、悲鳴を上げながら逃げ出してしまった。それに呼応して、後を追うように3人が走り出す。
「待てー!!」
ダッケンさんが大声で引き止めるが、冷静さを失った彼らにその声は届かない。暗闇へと消えていくその彼らを見て、私はやるせない思いが込み上げてきた。
「私が追いかける!」
「だめだ!家族を置いて行くきか!?」
カイルが珍しく声を荒げた。私はその言葉にハッとなり、エリスとハンスさんにようやく目を向ける。
二人は落ち着いているように見えるが、手先は確かに震えていた。逃げ出した彼らとは別の意味で、私は冷静さを失いかけていた。
「じゃあ、どうすれば!?」
「無事に逃げ切ってくれることを願うしかない。」
「そんなのって…」
家族を置き去りにすることは絶対にできない。私はやるせない思いを押し殺して、カイルのその冷徹な発言に従った。
オークの軍勢は気づくと私たちのすぐ近くまで迫っていた。遠くから見ていた数より増えているような感覚だ。よく見ると、一体一体が棍棒を手に持ち武装していた。
それに立ち向かうのはポコポコ村護衛団5名。それと私とカイル。
「…物騒な魔物ね。」
「操魔族の目的は月光草の根絶だ。山を荒らすだけならオークの軍勢は適任と言ったところだろう。」
「だったら私たちを殺そうっていうあの目は何…?見逃してくれそうにはないけど。」
「それはわからない。」
そして遂に、前衛に立っているオークが棍棒を高く振り上げて、雄叫びをあげた。戦闘開始の合図である。
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