第十六話 「いらない魔法」
アーセント村を出てから、私は魔女セレシアから貰った魔導書と難しい顔をしながら睨めっこしていた。それは決して書いてあることを理解できなかったからではない。《吸収魔法》という魔法の恐ろしさを知ってしまったからである。
「この魔法が脅威魔法認定されている理由がわかったわ…。」
魔女セレシアが書いた魔導書の一節はこうだ。
《吸収魔法》の本懐は魔力の吸収ではなく、生命力の吸収。生命力を吸収することで対象者を死へと誘い、己の傷を癒す。生命力に絡みつく魔力も同時に吸収することもできるが、魔力のみを吸収することは不可能であると私は結論づけている。
「こんなの殺人魔法じゃない!!」
私は怒りと同時に深く落胆した。
「カイルを使って練習しようと思ってたのに…。」
「おい。」
「仕方ない。これは魔物にだけ使うことにしよう…。」
私は《吸収魔法》を使うにあたってのルールを決めた。
すると、カイルが何かを思いついたのか一言告げてきた。
「逼魔草を使えばいいんじゃないか?」
その手があった。生命力は既に失っているにも関わらず、尽きることのない魔力放出という生意気な薬草が突如として希望の光を注いできた。私はすぐさま逼魔草を取り出し、魔導書に書いてあるとおりに実践してみた。
両手で覆い込んだ逼魔草から魔力の流れを感じ取る。私はその魔力の流れを己の体内へと向きを変換するイメージを膨らませ、集中する。
微かにだが手を通じて、魔力が私の中に流れ込んでくる感覚がした。その直後、逼魔草からは魔力を感じ取れなくなった。
「できたかも…。私って天才!?」
一瞬魔力を失った逼魔草だったが、すぐさま微弱な魔力放出が始まった。しかし、逼魔草から放出される魔力量は極めて低く、今回吸収できた量はクレアが本来もつ魔力量の100分の1にも満たなかった。
「あれ?でも全然力が湧いてこない…。」
「逼魔草の魔力が少なすぎるんだろう。次はあそこにいる魔物で試してみる?」
カイルが指差す先には、一本の角を生やした小さな兎の魔物がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「ここは私にやらせて!」
クレアは精一杯カッコつけてその兎に近づき、ジーザスの戦いで習得した魔法をカイルにお披露目した。
「《希望の煌紐》!」
私にとっては初となる実戦用魔法である。名前は今思いついた。光の紐が兎の魔物を捕え、身動きを封じる。
「ていっ!!」
私は杖で叩いた。魔法使いならばここから追撃の魔法を唱えるのだろうが、私にそんな力はまだない。
たった一撃で気絶した弱小の魔物に優しく手を触れる。
「ごめんね。」
摘まれた逼魔草とは違い、今度は生命力をも奪い取る。気絶していた魔物はみるみる精力が失われていき、そして命を落とした。
「できた…。少ないけど、逼魔草より魔力の吸収を実感できる。でも…。」
私が求めていた魔力量という欠点を補う唯一の方法。それもたった1日で習得できたというのに、私は素直に喜べなかった。
つい先刻に決めたはずのルールに迷いが生じる。心の優しいクレアにとって、無抵抗であった魔物からですら命を奪うという行為に重圧を感じたのだろう。
自らの手で殺めた魔物をまじまじと見つめているクレア。その心情を察したカイルは魔法の習得を賞賛することなく声をかける。
「心が痛むなら制御できるようになればいい。命を奪うまで《吸収魔法》をかける必要はないだろ?」
「そうじゃない。自分のために魔物を殺すことに抵抗がある訳じゃないの。でも、何かこう……、怨念みたいなものを感じるのよ。とてもじゃないけど、気分の良い魔法ではない。」
私はその後、村に帰るまで一度も《吸収魔法》を使うことはなかった。
私たちはアーセント村まで辿ってきたルートをそのまま歩み返し、難なくポコポコ村近郊の平原にまで帰ってきていた。帰りの道中で遭遇した魔物との戦闘では私の新魔法《希望の煌紐》が微力ながらカイルを援護した。一日2回までという制限付きで。そして、肝心の魔導書を燃やす時がくる。
地平線に沈みかけている夕日を背に、私は決めた。
「ありがとうカイル。私をアーセント村まで連れて行ってくれて。」
「気にしないでくれ。むしろクレアには辛い思いをさせてしまって申し訳なかったと思っている。」
私は首を横に振り、手にしていた魔導書を地面に捨てた。
「私はこの魔法には頼らない。だから謝るのは私のほう…」
「僕は最初からおすすめはできないと言っていたはずだよ。」
その言葉に私は自然と口角が上がる。そして、地面に落ちた魔導書に杖を向けて、火をつけた。静かに燃え散っていく魔導書を、私は最後まで見届けた。
長かった旅も終わりを告げ、私たちは遂にポコポコ村に帰ってきた。我が家の前に立つと、エリスとハンスさんが何やら言い合っている声が聞こえてくる。見慣れていた光景も、今は早く見たくてしょうがない。勢いよく家に入り、大声で私の帰りを知らしめた。
「ただいま!!!!」
家族全員が目をまんまるに大きくさせて私を凝視している。一拍、いや三拍置いてエリスが私に抱きついてきた。肩の傷が若干痛む。
「おかえり!!」
カイルも私の後に続いて家に入ってくると、両親に向かって急に大きく頭を下げた。その角度は、膝と頭が当たってしまいそうなほど深いお辞儀だった。私の帰りを差し置いて、カイルに注目が集まる。
「すみません。クレアの安全は保証できると言っておきながら…。僕は…」
「カイル!!」
私は話を途中で遮り、カイルに耳打ちをする。
(私の怪我は内緒にしておいて…!心配させたくないの。)
「あはは、大丈夫!このとおり私は元気だから!カイルは最後まで私を守ってくれたよ!カイルったらチョー強くて魔物なんか一瞬で倒しちゃうんだから!」
私は精一杯の身振り手振りと愛想笑いでその場を誤魔化した。
カイルの謝罪については特に問い詰められる様子もなく、ただ優しく私の帰りを受け入れてくれた。
私はその日、夜が深くなるまで家族に旅の話を聞かせた。アイスルーンでエリスがくれた薬を飲みすぎて笑い転げてしまったこと。閃光弾の威力が凄まじかったこと。そして、エリスが興味を持ってくれそうな薬草をお土産に持って帰ってきたこと。
「どうこれ?エリスもハンスさんもこんな薬草見たことないでしょ?」
私は誇らしげに逼魔草を家族に見せつける。二人とも初めてみる薬草に目を輝かせ始めていた。
「これはね、魔物を誘き寄せてしまうことから逼魔草という名前がついているのよ。」
私は薬草屋の店主の言葉を、自分のものかのように語り出す。
「そして、この薬草はなんと!微弱な魔力を放出し続けているの!それも尽きることのない魔力よ!」
私が鼻高く語っている姿に、カイルが冷ややかな目線を送ってきた。私はその視線を感じ取って少し恥ずかしくなる。
「クレア、ちょっとそれ見せなさい!」
興味ありげに飛びついたのはやはりエリスだった。私が手に持っていたはずの逼魔草は気づいたらエリスが握っていた。エリスとハンスさんは顔を近づけて何やらぶつぶつと話始めている。
「お父さんこれ…。」
「ああ、これならできるかもしれない。」
私は二人が興味を持ってくれたことが何よりも嬉しかった。
「クレア!これ私にくれるのよね?」
「え?う、うん…。」
私が帰ってきた時よりもエリスの目は輝いていた。
「ちょっとお父さんも来て!!」
エリスは逼魔草を持って店の方へと走り出す。私はこれから《吸収魔法》について語ろうと思っていたのに…。生意気な薬草がさらに生意気になって私からエリスを奪い取っていく。
「ちょっとエリス!明日にしなさい。」
好奇心を抑えきれないエリスに釘を刺したのはミリーゼさんだった。感情の浮き沈みが穏やかなエリスが珍しくしょんぼりとしている。
私はその後も、旅の話を意気揚々と語るのだが、エリスはあまり興味がないような態度をしていて、少し寂しかった。




