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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第1章 「私はそれでもやっていくしかないんだよ」
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第十五話 「不穏な関係」

「言われたとおり、お酒を盗んできました。」


 私たちは酒瓶を一つ持って、魔女セレシアの前に再び立っていた。もちろん盗んだわけではなく、朝を迎えてから店で買ってきたものである。


 昨日私たちを襲った二人、ゲラルドとジーザスをセレシアが酒場に送り込んできたことは明白である。魔女セレシアが私の杖を狙った理由を問い詰めたい気持ちも山々だが、本来の目的である《吸収魔法(ドレイン)》の習得を最優先にした。私とカイルは話し合い、白を切ることにしてみた。


「これで私に《吸収魔法(ドレイン)》を教えてくれるんですよね。」


「や、やるじゃないあなた…!?」


 明らかに動揺している。セレシアに言い訳を考えさせる隙を与えないために、私は意地悪にも問い詰めていく。


「どうしたんですか?約束は守ってください。」


「分かったわよ!」


(何なのこの子たち!?あのゲラルドを倒したってこと?ここは素直に教えるしか…。くそっ!)


 セレシアは自分の部屋にある本棚から一冊の本を手に取り、クレアに渡した。


「《吸収魔法(ドレイン)》の魔導書よ。私が書き直したレプリカだけどね。」


 私は初めて見る魔導書に興奮した。


「そこに書いてあることに嘘はないわ。習得できるかはあなたのセンス。私は人に教えるようなことは得意じゃないからこれで勘弁して。」


 私は素直にお礼を言い、魔導書を受け取った。それと同時に、部屋にある本棚にも興味が湧き出した。


「そこにある本、すべて魔導書なんですか?」


「そんなわけないじゃない。ここに本物の魔導書は一つもないわ。魔法の研究が好きな私にとって、全てが記されている魔導書にそんなに興味はないのよ。」


 結局、魔導書を受け取っただけで杖の正体をクレアが知ることはなかった。


 ユグドラシルの杖とはその名のとおり、世界樹【ユグドラシル】から作られた杖であり、森羅万象を創造することのできる杖として世界に数本だけ存在している。しかし、その杖から放たれる魔法は術者の魔力量に大きく左右されるため、クレアにとっては猫に小判の代物であった。クレアにユグドラシルの杖を譲った旅人も、また同類である。使い物にならないと判断して、夢見る少女に譲ったのだ。


「さあ帰んな。私は忙しいのよ。」


 私たちはそれ以上セレシアを問い詰めることなく、その場を後にした。


 クレアたちが家を去った後、セレシアは血が出るほど唇を噛み締めて悔しさに翻弄されていた。


 私たちはセレシアの家を出た後、村にある小さなベンチに腰を掛けて旅の目的達成を祝福した。


「でもクレア、レプリカとはいってもその魔導書をポコポコ村に持ち帰るのはかなり危険だ。」


 そのとおりである。魔導書の所持が発覚すればクレアは当然、家族まで巻き込むことになるからだ。最悪の場合、村の平穏にすら被害が及ぶ。


 私は少し悩んだ末、答えを決めた。


「村に入る前に必ず魔導書は燃やす。だからこれから村に帰るまでの間に覚えてみせる。それまでに叶わなければ《吸収魔法(ドレイン)》は諦めるよ。」


「勿体無いけど、今のクレアにとってはそれが一番正しいと思う。」


 私は手にしている魔導書の中身が気になって仕方なかった。見始めたら止まらなくなる気がして、すぐに開くことができなかった。


「ねぇカイル?……今少しだけ中を覗いてもいい?」


「もちろんさ。何なら数日この村に滞在してもいいよ。」


「それはダメよ。家族を心配させてしまうから。それにエリスとの約束もあるしね。」


 次の満月まではあと18日となっていた。エリスと行く初めての月光草の採取日であり、カイルとの別れの日でもあった。


「クレアらしいね。じゃあ、この後軽く準備を整えたらすぐに出発しよう。怪我は大丈夫?」


「うん。エリスの薬は偉大ね。…そうだ、昨日手に入れた逼魔草(ひょくまそう)とかいう気色の悪い薬草、エリスは喜んでくれるかしら。」


 クスッと笑うクレアだったが、その薬草をきっかけにして訪れる悲劇を、この時はまだ知る由もなかった。



 一方、カイルが一時離脱したアース副団長率いる操魔族の追跡小隊は、騎士団長の命でアークトリアに引き戻されていた。


 アースは十数人の部下を連れて、騎士団本部に足を踏み入れる。そこには、アークトリア騎士団の団長である【レンドルート・ファイスター】の姿があった。開口一番、レンドルートはアースに問いかけた。


「いつもお前にくっ付いている犬はどうした?」


「誰だ?カイルのことか?あいつなら今、護衛任務中だ。次の満月で合流すると思うぞ。」


「そうか。」


「どうしたレンドルート?カイルはやらんぞ。」


「いらん。そんなことはどうでもいい。それより、お前のよからぬ噂が後を絶たない。何のつもりだ?」


「何のことだ?」


「とぼけるな…。俺の作戦を無視して、次の満月はテンラン山に向かうらしいじゃないか。」


 アースは鼻で笑った。


「誘導地帯には団長自ら向かえばいい。魔物なんか1匹もいやしないぞ。」


「お前の発言はいつも癪に触る。【火の精霊(サラマンダー)】の加護を受けてからというもの、流石に調子に乗りすぎだ。」


「ふん…、そんなものなくても俺はこの騎士団で一番強い。」


「試すか?」


 アークトリア騎士団のトップ2人がピリピリとした空気を作り出す。アースの部下は黙って平然な態度を示しているが、レンドルートの部下は少し不安そうな顔をしている。


 この二人は顔を合わせれば一触即発になる。2年前の前副団長の殉死をきっかけに昇進したアースだったが、レンドルートは当時からアースという人間の正義感に反りが合わずにいた。


「おい。そんなものって言いかたはねーだろ。」


 何やら幼い声が聞こえてくる。声の出どころはアースの大剣からであった。すると、そこからにゅるりと姿を現し、火の精霊(サラマンダー)がピリピリとした空気の中に舞い降りた。見た目は人の姿をしており、人間で言うとところの10歳前後で、褐色の肌に赤色の瞳をしている。


「悪い…。」


 素直に自分の非を認めるアースは、どこか幼気(いたいけ)な可愛さがあった。


「俺は四大精霊火の精霊(サラマンダー)だぞ。舐めてもらっては困る。ムカつくからこの建物全部燃やしてやろうか?」


「悪かったさ。頼むからそれはやめてくれ。」


 機嫌を損ねた火の精霊(サラマンダー)を当人のアースが(なだ)める。


「しらけたな。」


 団長のレンドルートがそう言うと、場の空気が落ち着いた。火の精霊(サラマンダー)は不満な態度を残しつつも、すぐにアースの大剣へと戻っていった。


「兎に角だアース。俺の作戦を無視するな。次の満月にテンラン山へ向かうことは許さん。」


「その前に操魔族を殲滅できたらそうするさ。」


 到底不可能なその一言を残して、アースは騎士団本部を後にした。


 アースが去った後にレンドルートは椅子に腰を掛け、貧乏ゆすりが止まらずにいた。すると、何かを決心したかの様に立ち上がり、外出の支度を始める。


「どちらへ行かれるのですか?」


「破魔魔法部隊のレイナへ会いにいく。」


 そう言うと、レンドルートは一人でアークトリアの王城へと向かって行った。



 ぽかぽかな陽気に包まれたアーセント村の露店街をクレアとカイルはのんびりと歩いていた。


「準備も整ったし、そろそろ行こうか。」


 私たちは帰りの準備をアーセント村で整え、これから帰路に着くところであった。準備といっても食料を軽く買い揃えた程度で、あとは最後になるこの村の景観を目に焼き付けていただけである。


 私はアイスルーンをまた越えることを考えてかなり億劫になり、カイルに迂回ルートはないのか尋ねてみた。


「アイスルーンを迂回するとなると余計に5日はかかる。さらにその迂回ルートでは沼地が続いているから、むしろそっちの方が厄介なんだ。」


 私は肩を落としながらも、アイスルーンを再び越えることを覚悟した。


 たった3日間の滞在ではあったが、私は夢へと大きく繋がるかけがえのない3日間だったと、心の底から思えた。


ユグドラシルの杖は別に強くはないです。ハイブランド品です。

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