第十四話 「カイル vs ゲラルド」*
カイルは剣を胸元に構え、ゲラルドは片手で剣を床に向けている。
緊迫した空気が漂う中、最初に切り込んだのはゲラルドだった。床をなぞるように剣を滑らせ、カイルの目の前で切り上げる。
真下から迫ってくる剣先を、カイルは鼻スレスレで躱しきる。そして、振り切った後隙を狙い、反撃に出た。
しかし、ゲラルドはそれを読んでいたのか、カイルの脇腹に蹴りを入れた。剣の行方しか追えていなかったカイルにとって、想定していなかったところからの攻撃に、反応が間に合わなかった。
「ぐはっ!」
またしても、カイルは吹っ飛ばされる。
「今の反応、躱してから反撃までのスピードも悪くない。」
カイルはすぐに立ち上がる。少し息が上がり始め、ゲラルドの強さが本物であることに気づき始める。しかし、表情は決して厳しいものではなく、なぜか平然としていた。
「でもダメだな。経験が足りてない。」
カイルは剣を両手で力強く握りしめ、深く息を吸う。息を止めた瞬間、目つきが変わった。今度はカイルが踏み込み、先に仕掛ける。
「おっと…」
ゲラルドはカイルの攻撃を容易く受け止める。しかし、カイルは攻撃の手を緩めず、何度も何度も技を仕掛けていく。
「おいおい、ヤケクソになったか?」
ゲラルドは全ての攻撃をうまく捌いているようだったが、ゲラルド自身もカイルの攻撃に圧倒され始め、反撃の隙を見付けられずにいた。
(くそっ!こいつ、次の攻撃までのモーションに無駄がねえ。)
カイルの洗練された剣技は、アース副団長の賜物である。
「これだけ斬り合っていたら、先に消耗するのは仕掛けているお前のほうだぜ?」
それでも、カイルの手が緩まることはなかった。
そして遂に、カイルの剣がゲラルドの右腕に届いた。深くは入っていないが、それでも確かに斬った感触を得たカイルは、そのまま大技を繰り出す。
両手で握った剣の柄を左脇に引き寄せ、突きの構えをとる。右足を踏み込むと同時に頭を大きく下げて、片手で剣を突き出した。ゲラルドの喉元に、剣先が迫る。
しかし、ゲラルドはギリギリで首を回転させて、致命傷を避けた。今のカイルの攻撃を受けて、何かに気づいたゲラルドは不適な笑みを浮かべ始める。
「おい…。今の知ってるぜ。お前、アークトリアの騎士だな。」
「地天剣…。これはアースさんの剣術だ。なぜお前が知っている?」
「そのアースと数年前戦ったことがあるんだ。ひでぇ目にあったなあれは…。」
――地天剣。アークトリア騎士団副団長のアース・ラドガルドが考案した剣術で、破壊力を重視した後隙を考えない諸刃の突きである。ちなみに、名前の由来は考案者である「アース」からきている。
「ふざけるな。アースさんの地天剣を受けて生きていられるはずがない。」
ゲラルドは自分の襟を引き下げ、カイルに首元を見せつける。肉が抉り取られたようなその痛々しい古い傷跡が、アースの強さを物語っていた。
「死にかけたさ。俺は当時、手も足も出なかった。」
「まあいい、僕がアークトリアの人間であると知られた以上、お前はここで殺す。」
カイルは再び剣を構えて、先に仕掛け始める。さっきの乱舞の疲れを感じさせない凄まじい猛攻が、またしてもゲラルドを追い詰め始めた。
(やばいな…。このままだと、また斬られる。)
ゲラルドは必死にカイルの猛攻を防いでいる。
しかし、カイルの攻撃の手が少しずつ緩んでくる。疲れが現れ始めたのだ。まだゲラルドに隙が生じていないにも関わらず、カイルは大振りの横斬りでトドメを刺しにいく。
しかし、その大振りは見事に見切られてしまった。ゲラルドは驚くべきことに剣で受け止めるのではなく、しゃがんで回避した。
「ふん。隙ありだ…。」
ゲラルドの剣が、カイルの腹を捉えた。深くまで刃が入り込み、カイルは致命傷を負う。
それでもカイルは膝をつかなかった。闘志が消えることはなく、その目は依然としてゲラルドを睨みつけている。
「おいおい…。お前マジか?」
「僕は…、お前みたいな外道には負けない。」
カイルは地天剣の構えをとり、硬直した。
「はあ?こっちの踏み込み待ちかよ!?」
ゲラルドの言うとおり、その間合いはカイルが踏み込んだとしても、剣先が届く距離ではなかった。
あからさまに誘っている姿に、ゲラルドは動き出せない。しかしこの時、カイルが繰り出そうとしている技は地天剣ではなかった。
そして、先に動き始めたのはカイルであった。
(左足から動きはじめた!?…つまり、2歩目の踏み込みで間合いを詰める算段か。だったら…)
「ぐふっ……」
ゲラルドの思考は途中で止まった。なぜなら、自分の胸元に剣が突き刺さっていたからである。
「剣が伸びて…」
ゲラルドは何が起きたのか分からず、カイルが立っている位置を確認する。間合いにはまだ入っていない事実と、カイルが剣を握っていないことで全てを理解した。
「違う…、投げたのか。」
カイルはゲラルドに近づき、胸に突き刺さっている自分の剣を躊躇なく引き抜く。それと同時に、ゲラルドはゆっくりと床に倒れ込んだ。
勝利は間違いないと思われていたが、カイルはゲラルドを見下し、なぜか剣を収めることはしなかった。
「はは、お前もよっぽど外道じゃねーか…」
「ここで殺すと言ったはずだ。」
カイルはそう言うと、ゲラルドの喉元に向かって、静かに剣を突き刺した。そしてゲラルドは、断末魔もあげることなく、死んだ。
絶命したゲラルドを脇目に、カイルは剣に付着した血を払い飛ばす。そしてようやく腰に剣を収めて、すぐさま酒場を後にした。
「クレア!」
酒場を出てすぐのところで、カイルは血を流して倒れ込んでいるクレアを見つけた。急いで駆け寄り声をかける。路地の先には、クレアが歩んできたであろう血の跡がびっしり続いていた。
「大丈夫か!?」
クレアの目が微かに動いた。カイルの声と暖かな腕に包まれ、意識を取り戻し始める。
「カイル…?」
「ああ、僕だ!何があった!?いや、そんなことより今は…」
意識を取り戻したクレアは、微かに震えた涙ぐんだ声と、辛さの奥に垣間見える優しい表情でカイルに呟いた。
「私守ったよ。この杖…、最後まで守り抜いたよ。」
「ああ。すまない、僕がいながら…。本当にすまない…」
クレアを守りきれなかった自分の弱さからなのか、クレアが生きていたことの安堵からくるものなのか。カイルの目には涙が溢れていた。
宿に戻ると、私たちは互いに傷の手当てをした。
服を脱いで背中をさらけ出す私は、なぜか痛みよりも恥ずかしさが勝っていた。カイルはエリスからもらっていた薬を私の傷口に塗り込む。痛い…、滲みる…、当然の感覚に私は息を止めて堪えている。
薬を塗り終えると、カイルはあろうことか今度は包帯を私に巻き付けようとしてきた。肩を一周させるということは…。後ろからカイルの手が自分の胸元に近づいた瞬間、私は大怪我をしていることを忘れてその手を勢いよく振り解いていた。
「それは自分でやるっ!!ありがとね!」
私は吐き捨てるようにお礼を言うと、頬を膨らませながらカイルを部屋から追い出した。
誰もいなくなった部屋で、私は包帯をぐるぐる巻きにしている。女心をまるで分かっていないカイルに、小さな苛立ちを感じつつも、さっきまでの戦いが嘘かのように、夜の静けさが部屋を覆っている。
静かに時が過ぎるその孤独な空間で、自分に向けられた剣の恐怖が蘇ってきた。私は今、一人でいることに不安を感じ始めている。
「カイル?まだそこにいる?」
扉に向かって話しかける。
「うん。クレアの手当が終わったら、僕は部屋に戻るよ。」
その言葉が、私の胸をギュッと締め付けた。カイルという存在が、今は私の心を落ち着かせてくれる。そばにいてくれないと、不安が襲いかかってくる。そんな子供のような感情に、私は正直に従った。
「ねぇ…。今日だけは近くにいて。」




