第十三話 「はじめての戦い」*
店内に入り込んできた男たちは既に剣を握り締めており、私たちをじっと睨みつけている。
「これが試練…?」
「わからない。でも、セレシアが送り込んできたことは間違い無いだろう。」
カイルは腰の剣に手を掛け、私は両手で杖をギュッと握りしめている。すると、片方の男が私たちに喋り掛けてきた。
「杖を置いて失せな。」
私たちはその言葉に対し、一瞬事態を飲み込めずにいた。
「断る。何でお前たちがこの杖を狙う?この杖に何かあるのか?」
カイルが男たちに向かって強気に言い返す。しかしこの状況、私の杖を渡さないと戦闘が始まってしまうことは容易に想像がつく。
「そんなこと知るか。ただの依頼だ。渡さないなら力ずくで奪うまで…。」
そう言うと、男はカイル目掛けて思いっきり剣を振ってきた。迫るスピードは尋常ではなく、私は目で追いかけることがやっとであった。
その男の一振りを、カイルは間一髪で受け止めた…。と、思ったが次の瞬間、カイルは酒場のカウンターの方へと吹っ飛ばされた。
「カ、カイル…?」
私はすぐに駆け寄ることができなかった。屈強なカイルの姿を見てきた私にとって、その一撃は私を動揺させるには十分であったのだ。
「大丈夫。問題ない…。」
しかし、カイルのその発言は表情と相反していた。余裕のない口調で私に言う。
「クレア。隙を見て逃げるんだ。村の中央に行けば、護衛団がいるはず…。」
「そんなことできるわけない!」
カイルの提案に私は間髪を容れずに答えた。とは言っても、目の前の男に私が敵う訳もない。どうすれば良いかわからず、私はパニックになりかけていた。
「おいおい、逃がすわけねーだろ?」
もう一人の男のほうも喋り出し、今度はその男が私に向かって襲いかかってくる。
生まれて初めて剣を向けられたクレアにとって、その恐怖は測りしれないものであった。
クレアに目掛けて振り下ろされていく剣を、カイルは素早く反応して弾き返す。隙が生まれ、出口が空いたことを確認したカイルは、すかさず大声でクレアに言い放った。
「今だ!逃げるんだ!」
クレアの思考は恐怖で埋め尽くされ、停止していた。クレアは走り出す。店の出口を抜け、路地を全力で走った。
「くそ!待ておら!」
無論、追いかけようとする男。カイルが止めに掛かろうとしたが、カイルを吹っ飛ばしたほうの男がそれを阻止する。
「ジーザス。お前はあの女を追いかけて杖を奪ってこい。」
クレアを逃がしてから数秒も経たないうちに、カイルはクレアの追跡を許してしまう。
その頃、セレシアは優雅に紅茶を楽しんでいた。
「ふふ、あの二人殺されてなければいいけれど。この村最強の傭兵であるゲラルドを雇ったのは流石にやりすぎたかもしれないわね。まあ、念には念をね…。」
店を飛び出して間もないクレアに、ジーザスが迫っていた。
クレアを引き止めようとする怒号が、路地に響いている。逃げ切れるわけがない。それでも、クレアは一心不乱に走り続ける。
(どうしてこうなった?私のせい?もう嫌だ…)
そして、二人の距離はどんどん詰まっていき、遂に剣が届くところまで追い詰められていた。
「逃げんなおらあ!!」
ジーザスはガラ空きのクレアの背中を捉えて、大きく剣を振る。その鋼の刃は、彼女の右肩を切り裂いた。瞬間、血が噴き出す。
「きゃあ!!!」
激しい出血とともに、クレアは前に倒れ込んだ。ぼたぼたと絶え間なく滴る真っ赤な血。反射的に左手で肩口を抑えるが、ぬるりとした感触と温かさが、恐怖を加速させる。
視界が揺れる中、クレアは傷口を見た。
肌が裂け、生々しく肉が捲れている。クレアは一瞬息を呑み、そして今度は、抑えようのない悲鳴が漏れた。
「いや…、いやあああああああああああ!!!」
「んだよっ!ピーピーうるせえな…」
クレアは死を肌で実感し、ジーザスに向かって命乞いを始める。
「わかった…、わかったから。杖は渡すから、殺さないで…。」
「はあ?あの兄ちゃんが体張ってお前逃がしたってのに、それはねえだろ?まあでも、兄ちゃんは正しかったと思うぜ。ゲラルドの旦那の強さを一発でわかったんだろうな。」
ジーザスから返ってきたその言葉で、クレアの心で何かが動き始める。
「俺も大概だが、お前みたいなやつが一番死ねよ。」
(私は何を言っているんだ…!)
私は家族の気持ちを置き去りにしないって、村を出る前にそう決めていた。カイルだって例外じゃない。私は誰の思いも置き去りにしたくない。
カイルが私を逃がしたのは私の命を守るため?
違う、そうじゃない。それだったら、あの時杖を引き渡していたはずだ。カイルは私の夢を守るために逃がしてくれたんだ。自分だって敵わないかも知れないのに。
だったら、私は死んでもこの杖を守ってみせる。カイルの覚悟に応えてみせる。大切な人からの想いを捨ててまで生きる人間に、魔女になる資格なんてない!そんな先に、私の夢はない!私は必死に痛みに耐えて、立ち上がった。
その目に宿った覚悟の炎は、恐怖を全て燃やしていた。
「何だよ?」
この場にカイルはいない。閃光弾ももうない。逃げ切るのは不可能。私の魔力で、こいつを倒すだけの魔法も作れない。結界にあいつを閉じ込めても、強度はたかが知れている。
(ん?結界?閉じ込める?)
私の少ない魔力でも、一瞬なら身動きを封じ込められるかもしれない。
「死ぬ覚悟はできたかよっ!!」
ジーザスの三度目の剣がクレアを襲う。クレアはジーザスが踏み込み始めるよりも前に、少しだけ早く身を低くして突進していた。勢いではクレアのほうに分があり、ジーザスは後ろによろめいた。
少しだけ距離が生まれた瞬間に、クレアは杖を構える。すると、杖の先から鮮やかに光る美しい紐が出現した。そして…
「捕らえろ!!!」
クレアの発声とともにその光の紐は一直線に飛んでいき、ジーザスの胴と腕をまとめて締め付けた。
「うわっ!なんだこれ!?」
クレアは慌てるジーザスに走って近づき、体を大きく右に捻った。
腰を回転させる勢いを使って、ジーザスの側頭部目掛けて杖を思いっきり振り抜く。
「ぶへえっ!」
続けて杖を頭上に振り上げ、今度は脳天目掛けて振り下ろす。
「うごっ…」
さらにもう一度、杖を高く振り上げる。しかし、ジーザスは既に白目を剥いて気絶していた。クレアは三発目を躊躇し、静かに杖を下ろしていった。
「はあ…はあ…」
満身創痍でジーザスに勝利したクレアだったが、既に切られている右肩の出血がひどく、意識は朦朧としている。
「カ、カイル…。」
それでもクレアは歩き始める。右手で杖を握り、左手で肩を庇っている。地面にポタポタと血を垂らしながら、クレアは酒場へとゆっくり戻り始めた。
同刻、クレアが店を飛び出した直後、カイルとゲラルドは絶妙な間合いの中で、どちらが先に仕掛けるかを牽制しあっていた。
「最初の一撃は割と本気で斬りにいった…。お前、少しは骨がありそうだな。」




