第十二話 「セレシアの試練」
「あら、可愛いお嬢ちゃんね。隣の男の子は…どこかで見たことあるような…。まあ、いいわ。何の用かしら?」
セレシア・ナイトフォール。私の目に映った第一印象は妖艶。黒い長髪に真紅の唇、今にも吸い込まれてしまいそうな瞳に、思わず萎縮しそうになる。まさしく、絵に描いたような悪い魔女の風貌をしていた。
「あの私…。セレシアさんは、《吸収魔法》っていう魔法を使えると聞いてこの村にきました!」
魔女セレシアの目の色が変わる。何かを警戒しているような、不穏な眼差しをクレアに向けた。
「あなたどこから来たの?名前は?」
ここへ来た理由と併せて、私は何一つ隠すことなくセレシアさんに全てを打ち明かした。
しかし、返ってきた言葉は非情なものであった。
「なんだ、アークトリアのコロニーか。クレアと言ったわね。悪いけど私の魔法を教えることはできない。」
「どうして!?」
私は反射的に問い返していた。こうなることは心のどこかで予想はしていたけれど、即答されたことに無念の気持ちが湧き上がる。
「私の魔法を安売りするわけないでしょう。何より、あなたに教えることに私に何のメリットが…」
セレシアは話の途中で、クレアが握っている杖に目が止まった。
(待って、あの子が持っている杖ってまさか…)
「ちょっと、その杖見せてくれないかしら?」
クレアは言われるがままに何の疑いもなく、杖を渡してしまう。すると、杖を手にしたセレシアは何かを確信したようだった。
(ま、間違いない!これは【ユグドラシルの杖】だ。古すぎて全然気づかなかった…。いや、こんなボロ杖は魔法マニアの私じゃなきゃ分からない…!何でこんな子が持っているのよ!?もしかしたら本人も分かっていない?)
「あの、そろそろいいですか…?」
「え?あ、ええ。」
(くそっ!…焦ってはダメよセレシア!こいつ、杖の価値を知っているのか?こうなったら力ずくで奪う?…いやダメだ。この子が力を隠している可能性もある。それに隣の男も腕が立ちそう…。)
心の内で興奮しているセレシアに、クレアは全く気づくこともなく、自分の杖を手元へと戻した。
(交換条件を提示してみるか?…いやそれもダメだ。杖の価値を知られたら絶対に応じてこなくなる。仕方ない!こうなったら…)
「あなたは何故そこまでして、《吸収魔法》を欲しがるの?」
その問いに、クレアは魔女になりたい理由を添えて熱く語っているが、セレシアにとってはどうでも良いことだった。感心するかのようにクレアの話を聞き入れたところで、セレシアは方便を垂れる。
「じゃあ一度、あなたのその覚悟を試させてもらうわ。それができたらドレインを教えてあげる。」
私はその試練の説明を聞き入れて、今日は引き下がった。セレシアさんの家を出ると、綺麗な夕日が1日の終わりを告げようとしていた。
私とカイルは、宿を探しながらアーセント村を散策している。
「カイルはあの試練、どう思う?」
「うーん。試練と呼ぶにはあまりにも低俗すぎる。何か裏があるように思えてならない。」
試練の内容はこうだ。
明日の夜、村の北側にあるという小さな酒場から酒を盗んで来いというものであった。そして、セレシアさんからは一枚の地図を渡され、そこにはご丁寧に酒場までの道筋まで記されている。
「明日の夜、ということも気になる。今日でも明日の昼でもいいじゃないか。」
「そんなことより、私は盗みを働くつもりはないよ。」
「わかっているさ。適当に酒瓶を買って帰れば大丈夫だろう。だから尚更怪しいんだ。」
不審なところを挙げるとキリがないが、与えられた試練を達成すれば魔法を教えてくれると信じて、私はセレシアさんに従うしかった。
程なくして私たちは宿を見つけ、今日は早めに眠りについた。もちろん、カイルとは別室にした。
翌朝、私たちは夜まで特にやることもなかったので、村をぷらぷらしていた。お店の数は多いが、あまり私の興味を惹くものはない。そんな中、ふと薬草屋が目に入り、エリスへのお土産でも見つかればと思ったので、軽い気持ちで立ち寄ってみた。
店内に入ると、うちとは比べ物にならないくらいの品揃えに驚いた。薬草の目利きがないことを後悔しつつ、私は商品を物色し始める。
すると、一つだけ異色を放っている禍々しい雰囲気の薬草に目が止まった。そして、この薬草だけは絶対にうちにはないと思い、店主に尋ねてみた。
「これは何?」
「それは、【逼魔草】さ。魔物をおびき寄せることからその名前がついているよ。」
魔物をおびき寄せる?そんな危ない薬草はさすがに持って帰ることはできないかな。しかし、なぜか少しだけ興味が湧いたので、詳しい話をさらに聞いてみた。
「その逼魔草、よく見てご覧。微弱だけど常に魔力を放出しているんだ。どういうことか、その魔力が尽きることはない。」
尽きることのない魔力?そんなものがあってたまるか。それもただの植物のくせに。私は草に嫉妬していた。気づくと、私は悔しくて少し欲しくなってしまっている。
「おじさん、これいくら?」
私は値段を聞いて、目玉が飛び出そうになった。
「滅多にない薬草だからね。」
あまりの値段の高さに、手に入れたい欲求はなぜか最高潮になっていた。私は今ある最大の手札を使って、交渉にでる。
「これと交換っていうのはどうかしら?」
私はエリスからもらった最後の閃光弾を店主に見せつけた。すると、ここまで見守っていたカイルが、さすがに止めにかかってきた。
「クレア。それは帰りの道中でも使うことになるかもしれない。」
私はカイルの言葉を無視して、閃光弾の魅力を店主に伝えた。
「なるほど、それは面白い。……よし、いいだろう!」
「決まりね!あ、でもこれを私から貰ったことは内緒にしてね。」
カイルは深いため息をついた。魔物を誘き寄せる薬草に、閃光弾のない帰り道。クレアの頭の中に、カイルの負担という考えはなかった。
私は気分良く店を後にした。しかし、この後カイルに衝動的な行動を注意され、少しだけ反省することになる。
そして遂に日が沈み、夜が訪れた。
私たちはセレシアさんに言われていた酒場を地図通りに目指して歩いていると、不気味な細い路地へと入り込んでいた。
「本当にこの道であってるのかな?酒場なんてある雰囲気じゃないわよ…」
人もいなければ、店の一つも見当たらない。絶対に何かがおかしいと感じながらも、私たちは先へ進むしかなかった。
しばらく歩くと、セレシアさんから渡された地図の酒場の前に到着した。扉の横にある小さな看板を確認すると、酒場であることは間違いなさそうである。ただ、どう見ても怪しい。
私は不安がり、カイルが先に立って扉を開けてくれた。
中を覗くと、そこに客の姿はなく、酒場の店主が一人立っているだけだった。私たちは店内に恐る恐る入り、私が話しかけるよりも前に、カイルが店主に話しかけた。
「一番安い酒でいい。瓶で一つくれないか?」
すると、店主は何も言わずに、店の裏へと姿を消していった。
しばらく経っても戻ってこないことに、セレシアさんへの不審が一層強くなってくる。さすがに危険を感じ、カイルに引き返そうと声をかけようとした、…その瞬間!
入り口の扉が勢いよく開いた。そこには、2人の男が物騒な物を持って、店内に入り込んできていた。




