第十一話 「アーセント村到着」
翌朝、目を覚ますと、結界は依然としてそこにあった。一晩中私たちを守り続けていたと思うと、とても感動する。
しかし、何やら胸の辺りが重く感じる。一応間違いがないように付け加えておくと、重いというのは物理的な話である。私は不安を感じながら、目線を落としてそれを確認した。すると、嫌な予感は的中していた。なんと、私の小さな胸にカイルの頭がもたれ掛かっていたのだ。
「きゃあっ!!」
大きな奇声とともに、私はカイルを思いっきり押し飛ばしてしまった。
その衝撃で、結界が破れる。ひどく脆い結界であった…。
「痛っ…! 何だよ急に。」
「何だよ、じゃないわよ!もう!」
私は歯をギシギシさせて言う。カイルも少し寝ぼけているようなのか、その表情からは、騎士という面影が見られなかった。
「あれ?結界は?」
「私が解除したわ。」
東の空には太陽が輝き、昨日の吹雪が嘘かのように辺りの雪はキラキラとしていた。そして、目的地までの最後の1日が始まる。
「アーセント村には宿があるの?」
「もちろんさ。アーセント村はとても大きな村だ。まだ全然知られていないような珍しい薬草だって置いてあることもある。」
珍しい薬草か。エリスにお土産でも買って行こうかと思ったけど、私に薬草の知識はほぼない。エリスが来ていたら興奮して、村にあるお店を片端から周っていたんだろうな…。
「あと、ごく稀に魔法に関する文献が売られていることもあるらしい。」
「え?嘘でしょ?」
「まあ、これには期待しないほうがいい。僕やアースさんですら、そういった文献を見たことがない。」
魔法に関する文献。すなわち、魔導書である。この世界に点在するほぼ全ての魔導書は、アークトリアが握っている。そして、今では魔導書の所持は魔法の習得よりも重罪であり、発覚した時点で極刑となる。
ここでいう極刑とは、本人の死は当然、その者と関わりの深い人間は全て抹殺される。
「アーセント村は何で制裁の対象にならないの?そういえば《吸収魔法》だって脅威魔法なんでしょ?」
「簡単な話さ。アーセント村は、アークトリアの支配下にないんだよ。」
それはつまり、私が目指しているところの、自由な村ということになるのだろうか。私はその村に、凄く興味が湧いてきた。夢の先をこの目で見られる期待と、村人たちの自由な表情に。
「僕は正直、アーセント村の存在を知らなかったクレアに驚きだよ。」
私は今まで、外の世界に目を向けていなかった。ちなみに私は、無知を晒すことにはある程度の耐性がある。これもエリス先生のおかげだ。
「副団長みたいな強い人も、アークトリアにはたくさんいるんでしょ?何で支配しようとしないの?」
「それも簡単な話だよ。アーセント村の村長は、この世界でも3本の指には入る大魔法使いなんだ。アークトリアだってそう簡単に手を出せる相手ではないからね。」
「副団長より強いの…?」
「アースさんは最強だ。」
カイルはいつも肝心なところでつまらなくなる。その答えは副団長のほうが強いと受け取って良いのだろうか。カイルの盲信のせいで、両者の優劣がわからなくなってしまった。
アイスルーンも日が出ていれば、それほど過酷ではなかった。地面の雪が日を反射し、心すら晴れやかにしてくれているからだろうか。
しかし、山の天気の移り変わりは一瞬だ。昨日も気づいた時には猛吹雪に見舞われていた。私たちは急斜面を慎重に、かつ迅速に下っていた。
「しっ…!ホワイトウルフだ。」
またしても遭遇してしまった。群れの数は昨日よりは少なく7〜8匹だろうか。カイルは急斜面での戦闘を避けたいのか、その場で立ち止まり、やり過ごそうとしている。
「今回は、閃光弾だけでやり過ごそう。思っていたより強力だったから、この場を離れるくらいまでは怯んでくれるだろう。」
私は2つ目の閃光弾を取り出して握り締める。
「今度は目を瞑ってくれよ。」
「分かってるわよ…!」
私はカイルの合図に合わせて、指定された位置に閃光弾を投げ込んだ。強烈な光を瞼の裏で感じ終えてから目を開くと、ホワイトウルフはその凶暴さとは裏腹に、可愛い鳴き声を上げてフラフラしていた。
私たちはその隙に、急いで下り始めた。
「その閃光弾は兵器だね。僕にも今度いくつか作ってもらいたい。」
「広まったらエリスが捕まっちゃうからだめよ。」
こうして、私たちは難なくホワイトウルフの群れを回避した。山の麓に到着すると、雪はかなり薄くなっていて、所々で土を確認できる。
「さあ、ここまでくればもう一踏ん張りだよ。…と言いたいところだけど」
「お腹すいた…」
「昨日から何も食べていなかったね。ここで一回休憩しよう。」
私はその言葉に意気揚々とした。急いで食事の準備に取りかかる。行きの旅最後となる食事に心を躍らせ、私は鼻歌混じりに料理を楽しんだ。
その頃、エリスは月光草を使った新薬の研究に明け暮れていた。完成まであと一歩というところから、長い間進展が見えずにいた。
「うーん。月光草に熱を蓄積させることはできた。やっぱり私の仮説は間違っていなかったんだけど…」
「あまり無駄遣いするなよ。うちは薬草屋とは名ばかりに売上の殆どが、今や月光草だ。いっそのこと照明屋さんに看板を変えてもいいかもしれない…」
ハンスから悲しい皮肉が漏れる。月光草が広く使われるようになってからまだ数年しか経っていない。20年前にとある研究者が月光草の発光に着眼し、そこから研究を重ねて世に広まったとされている。植物であるということから『照明といえば薬草屋』が、この世界では浸透している。
辛気臭い空気になったと感じたエリスは、気晴らしに村を散歩し始めた。
「村にある文献をいくら漁っても、それに関する薬草が見つからない…。私もクレアたちについていけばよかったかなあ。」
クレアとカイルは食事を済ませ、アーセント村へと続く街道に乗っていた。
長かった道のりも最後を迎え、遂にアーセント村が見えてきた。建物が密集し、村の入り口付近には大きな旗が掲げてある。私たちの村の三倍…、いや五倍はあるだろうか。
「アーセント村に入る前に、クレアにはこれから言うことを絶対に守ってほしい。」
私は目的地を目の前にして、ゴクリと唾を呑む。
「僕がアークトリア騎士団であることは伏せていてほしい。これがバレると僕らは即追放されて、同行しているクレアも二度と立ち入ることができなくなる。これから僕はポコポコ村の護衛団を装うから、何かあったら口裏を合わせてくれ。」
「分かったわ。」
期待の中に、少しの不安が混ざり込む。そして私たちは目的地のアーセント村に到着した。
アーセント村の入り口に関所のようなものはなく、特に検問などもされずに村に立ち入ることができた。
村に入ると数多くの民家があり、その至る所に店を営んでいるであろう看板が並んでいた。私は初めて見る大きな村の景観に圧倒されつつも、目を輝かせて辺りをキョロキョロしていた。
「見ない顔だね。旅の者かい?」
すれ違った男性が、唐突に話しかけてきた。私は立ち振る舞いを間違えないよう、丁寧に言葉を返す。
「はい。私たちはポコポコ村から来ました。」
「ポコポコ村?…ということはアイスルーンを越えてきたのか。大変であっただろう。お疲れさん。」
早々に村人の温かさを感じて、私は安心した。立ち去ろうとするその男性をカイルが呼び止めて、この旅の最大の目的である、魔女セレシアについて尋ねてくれた。
「セレシアさんなら、この道を真っ直ぐ行った先にある古い民家にいるよ。」
「ありがとう。助かるよ。」
思いの外、すぐに会うことができそうな展開に、私の中で少しだけ緊張が走った。人相も人柄も知らない魔女に、《吸収魔法》について私はどう切り出そうか考えていた。
そしてすぐ、男性が言っていた古い民家に到着した。おそらくここで間違いないだろう。一際目立つ古さであったため、間違いようがなかった。
私は扉をコンコンと2回叩き、所在を確認した。
「セレシアさんはいらっしゃいますか…?」
すると、扉の向こうから気だるそうな声が聞こえてきた。
「入っていいわよ…」
私はその言葉を素直に受け入れた。初めて対面する魔女に不安を抱きながら、夢へと近づく希望の扉を、私はゆっくりと開いた。




