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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第1章 「私はそれでもやっていくしかないんだよ」
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第十話 「氷嶺アイスルーンの猛攻」

 私たちは魔女セレシアのいるアーセント村を目指し、我が家を出てから3日が経過した。魔物との遭遇は何度かあったけど、全部カイルがやっつけてくれた。私にできることは野営時の火起こしと食事の準備。あと、魔法で少量の水も生み出せるようになっていた。


「見えてきたね。あれが氷嶺アイスルーン。これを超えれば目的地のアーセント村だよ。」


 目の前に聳え立つその山は、どこか禍々しいオーラを放っている。頂上付近には濃い雲がかかっており、全貌を確認することができない。


「今日は少し早いけど、ここで休息を取ろう。明朝から2日かけてアイスルーンを越える。」


 その言葉を聞いて、私はすぐに野営の準備を始めた。3日目ということもあり、その手際は確実に良くなっている。最初はカイルも手伝ってくれていたが、私の役割を尊重して、身の回りの世話は全て私に任してくれている。


 一通りの準備を終わらせ、私たちは食事に手をつけ始めるが、迫るアイスルーンへのアタックに私は不安を隠せずにいた。そんな私の表情を見て、カイルが不安を和らげる言葉を贈ってくれる。


「そんなに不安に思う必要はない。熱天狗草だって、あれば憂いなしと思っていた程度だからね。まさかエリスが1日で調薬を終わらせてしまうほどの凄腕だとも思っていなかった。」


 カイルは熱天狗草の価値を知った上で、私にあのメモを渡してきたんだ。結果的にエリスが私のために薬を作ってくれたけど…。まさか、カイルはそこまで見込んで…。私は余計なことを考えないためにアイスルーンの魔物について問いかけてみた。


「アイスルーンにはどんな魔物がいるの?」


「【ホワイトウルフ】という小型ながらとても凶暴な魔物が棲息している。群れで遭遇したら少し厄介かもしれない。」


 これまで顔色一つ変えずに魔物をやっつけていたカイルが、厄介と言うからには一筋縄ではいかないのであろう。もしかすると、エリスにもらった閃光弾の出番があるかもしれないと、よからぬ期待が私の胸を高鳴らせていた。


 熱々だったスープが少し冷めてきていた。私たちはそのスープを飲み干し、間も無くして眠りについた。



「クレアは下がっていて。僕が合図したらエリスにもらった閃光弾を投げて欲しい。」


 翌朝から、私たちはアイスルーンへと足を踏み入れていた。中腹あたりまでたどり着くと、早速ホワイトウルフの群れと遭遇することになってしまった。


 20匹はいるだろうか。今まで遭遇してきた魔物とは明らかに違う。殺気に満ち溢れており、縄張りに入ってきたものを、見境なしに排除しようという気迫が感じられる。


 先陣を切って飛びかかってくる1匹目を、カイルは難なく切り捨てる。立て続けに2匹目、3匹目が同時に襲いかかってきた。左右から攻め立てる攻撃。カイルは1匹を剣で刺し殺すと、もう1匹を蹴りで跳ね除けた。


 しかし、カイルはホワイトウルフの猛攻を、全て感知しきれていなかったのか、背後から迫る攻撃に反応できなかった。


「カイル!後ろ!」


 カイルの左肩に、ホワイトウルフがかぶりつく。幸いにもプレートが両肩を保護していたため、牙が届くことはなかった。肩から離れないそのホワイトウルフを、カイルは背負い投げの如く、固まった雪の上に叩きつける。そして、叩きつけられた衝撃で伸びているホワイトウルフを、すかさず刺し殺した。


 その後も、カイルは迫り来るホワイトウルフを次々と薙ぎ払っていく。カイルの強さを警戒し、周りをホワイトウルフが囲い始めた。互いに牽制しあっている一触即発の雰囲気で、カイルが遂に合図を出す。


「今だ!クレア!!」


 私は握りしめていた閃光弾に、魔力を注ぎ込む。すると、手の中から光が漏れ始めた。私はいけると確信し、その閃光弾をカイルのいる方へと投げ込んだ。


 その瞬間、私は血迷った。エリスが作ってくれた閃光弾の力に興味が湧き、誤ってその光を、この目に収めてしまう。


 目の前が真っ白になり、いつになっても視界が回復しない。見てしまったことに後悔はしたものの、エリスの技術力の高さに、感動している自分もいた。


「何をやっているんだ…」


 気づくと、全てを終わらせたカイルが呆れた口調で私に声をかけていた。



 日も暮れ始め、寒さがより一層厳しくなってくる。凍てつく吹雪が指先の感覚を奪い、息をする度に肺を痛めつけ、足取りを重くする。


 私はエリスにもらった体を温める薬に、早くも3つ目に手を出そうとしていた。しかし、そんな薬の乱用を、カイルが止めにくる。


「今日の就寝までは我慢してほしい。エリスも言っていただろう?使いすぎると恐ろしい副作用があるって。」


「はーい。」


 適当に空返事をする。だが、寒さに耐えきれない私は、カイルには見つからないように後でこっそりと薬を服用した。


 私たちは夜になっても、アイスルーンを登り続けていた。降り止む気配のない吹雪が、雲行きを怪しくさせる。


「小さな洞穴でもあればいいんだけど。これ以上歩き続けるのは…」


 カイルは私の体力を心配してか、寝床を見つけることに注力を割いているようだ。辛うじてこっそり服用していた薬の効果がまだ持続しているおかげで、歩く体力は残されていた。


「まだ大丈夫。カイルは魔物との戦闘でも疲れているだろうし、早く休めるところを見つけないとね。」


 しかし、私の素直なその言葉を、カイルは強がりと受け取ってしまったようだった。


「でも、このまま寝床が見つからないと、クレアの体力が持たない。やっぱりエリスにもらった薬を、今飲んでおこう。」


 私はギクっとした。実はこっそり薬を服用していたなんて、口が裂けても言えない。かといって、断るとカイルに心配をかけさせてしまう。大丈夫…。大丈夫…。私は自己暗示をかけて、仕方なくもう一つ薬を飲み込んだ。


 猛吹雪に見舞われた暗い雪山を歩き続けて、どれくらいの時間が経っただろうか。私たちは当初予定していた、初日の目標地点を大幅に通り過ぎて、折り返しに差し掛かろうとしていた。一寸先しか見えない猛吹雪の中で、休息できる場所を見つけるのは至難の業である。屈強なカイルの顔にも、やや不穏な表情が浮かび始めていた。


「エリスが作ってくれた薬、カイルも使う?」


 私の気遣いに、カイルは素直に応じてくれた。プライドが高い人には見えなかったから、受け入れてくれるとは思っていたけど、自分から強請(ねだ)ることはできなかったのかもしれない。


 しかし、無情にも自然の猛威は、徐々に私たちの体力を奪っていく。


 窮地に立たされた私は一つ閃いた。魔法で風を凌げる小さな結界を作ればいいんだと。小さすぎたら意味はないし、大きすぎるイメージを頭に浮かべれば発動はしない。自分の実力の低さを自覚しつつ、それでも小さな可能性を信じて、私は杖を構えた。


「カイル。私のそばに来て。」


 私が魔法で結界を張ろうとしているとも知らずに、カイルは私のそばでその姿を見守っている。大きすぎず、小さすぎず。頑丈である必要もない。ただ、少しの間だけ、吹雪から守ってくれれば良い。


(大丈夫。自分を信じて…。)


 私は決して驕らずに、詠唱を始めた。


「小さな力、今ここに、四方の守り、触れるものを優しく包み、ひとときの安らぎを我が身に与え給え。」


 その瞬間、私たちの周りに光が集まり始め、次第にその光は私たちを包みこむように小さなひとつの箱を作り上げていく。その光の箱に囲まれた瞬間、まるで時間が止まったかのように感じられた。


 奇跡のようなその空間に、私自信が驚いていた。


「嘘でしょ…?」


「クレア…。君には本当に才能があるかもしれない。……まあ、ただ少し狭過ぎるけどね。」


 気づくと、私とカイルは今にも唇が触れ合ってもおかしくないほどの距離で、顔を見合わせていた。


「し、し、仕方ないでしょ!!!!!!」


 私は顔を真っ赤にして、慌ててそっぽを向く。


(なんでカイルは平然としていられるのよ…!)


「この結界…。風を遮っているだけじゃなく、温もりが溢れている。結界魔法は術者の想像力に大きく左右されるから、きっとこの暖かさはクレアの願いなんだろうね。」


 止めどなく私の作り出した小さな結界を、カイルが誉めてくれる。しかし、この密着した状態に胸のドキドキが治らず、私は声を裏返して返事をした。自分でも正直、何を言っているか分からない。


「夜が明けるまで、ここで眠ろう。ありがとうクレア。」


 感謝の言葉で、さらに顔が火照っていく。私は何を意識しているんだろうか。初心(うぶ)な私を悟られないよう、その後もカイルとは目を合わせず、ゆっくりと心を落ち着かせていった。そして、目を閉じて眠りに就こうとしたその瞬間…。


「うひっ、うひゃひゃ…」


「は?」


 こっそり服用していた薬の副作用が今この瞬間、カイルが真横にいるこのタイミングで、どうやら発症したようだった。最悪のタイミングである。


「クレア…。まさか…」


 私はしばらくの間、無様この上ない笑い声を、小さな空間で響かせてしまったのである。


今更なのですが、「」()【】《》の使い分けは以下のとおりです。

()登場人物の心内。主にクレア以外。クレアで使うこともある。

「」セリフ

【】初出しの固有名詞

《》魔法名

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