第一話 「私の夢」
この世界に魔法は満ち溢れていない。
アークトリア帝国がこの世界を掌握してから、魔法の使用は厳しく制限されていた。
世界に蔓延る魔法使いは弾圧され、魔法に関する文献は一切の例外を認めず、アークトリアに押収される。
なぜ、そこまで強く魔法を取り締まるのか。
それはアークトリアがこの世界を手中に収め、反乱の芽を摘むことで圧政の限りを尽くそうとしているからである。
本来、魔法は自由であるべきだ!……と、私は思う。
私の夢は、魔女になること。魔法を使いこなし、自由を手に入れること。誰からも支配されない、自分だけの村を作り上げること。それが私の最大の願いだった。
私は小さな村の片隅で、手にした杖をじっと見つめていた。この杖が本物なのかは分からない。通りすがりの旅人から譲ってもらった、ひどく古い杖だ。
夕暮れ時のいつもの帰り道。私は心の中で、自分が偉大な魔女になっている姿を想像し、胸が高鳴ってしまった。
民家の陰に立ち寄り、ひっそりと杖を構える。
「風よ、蒼き大地を駆け抜け、我が身に宿れ…」
しかし、何も起きない。そう、私は未だ魔法の発現に成功したことがないのだ。
偶然近くを通りかかった親子が、私の盛大な空振りを見ていたようだった。
「ねぇねぇお母さん、あのお姉ちゃん大人なのに魔女ごっこやってるよ。」
「可笑しいわね〜。さあ早く帰って晩御飯にしましょう。」
最近の子どもたちには、魔法というものを御伽話に出てくるものだと教えるようになってきているらしい。
「うるさいうるさいうるさい…」
私は顔を真っ赤にして独り言を呟いている。恥ずかしさに堪えながら、私はその場を離れた。
家路を歩いていると、いつも私を揶揄ってくる同じ村に住む同年代の男の子三人組に遭遇してしまった。今日はついてない…。
「魔法も使えないくせに杖なんて持ち歩くなよ〜。」
「アークトリアがこれを見てうちの村に圧力をかけてきたら誰が責任取るのかな?」
「パパとママに責任取ってもらうしかないんじゃない。…あ!クレアにはパパとママはいなかったっけ!」
私は戦争孤児である。2歳の時にこの村にやってきたと聞かされているが、記憶が残っているのは精々4、5歳の時からだ。
相変わらずの調子に呆れて、返す言葉も考えられない。私は無視をして横を通り過ぎようとすると、あろうことか一人の男の子が私の杖を取り上げてきた。
「反乱分子は早いうちに取り締まっておかないとな!」
「返して!!!!」
私は形相を変えて、杖を取り返した。
強く引き抜いた勢いで私は素早く走り出す。家に着くまで走ることをやめなかった。なぜだか少しだけ、涙が流れていた。
家に着くと、晩御飯の美味しそうな香りが漂っていた。胸の奥で温かさを感じながら、食卓に向かう。そこで待っていたのは、私の育ての母、ミリーゼさんただひとりだった。
「ハンスさんとエリスは?」
「昨日言ったじゃない。二人とも薬草採取に行っているわ。【月光草】の採取だから、今日は泊まりがけになるって。」
「あれ?今日は満月だっけ。」
――月光草。その名前を聞いて、私の心に浮かんだのは、今もこの部屋を照らしている小さなランタンだった。月光草は、光を蓄えて発光する特別な植物だ。蓄光効果を利用することで、照明となる。そのため、夜の生活には欠かせない存在となっていた。しかし、月光草の採取は簡単ではなく、日中ではその姿を見分けるのは非常に困難で、採取のタイミングは月明かりが最も強い満月の夜が通例となっている。
「クレアも今度連れて行ってもらいなさい。きっと良い経験になるわよ。」
「はーい。」
私は空返事で答えた。
魔女になる私の夢を、家族だけは温かく見守ってくれている。私にとって、この家だけが心の拠り所であった。
翌朝、支度を整え、家を飛び出す。私は毎日、村の外れにある小さな森の中で魔法の練習をしている。森の静けさの中、木々の葉が風に揺れる音が心地よく響き、私の気持ちを落ち着かせてくれる場所だ。
今日もいつものとおり、練習を始めようとしていた。空を見上げ、深呼吸をひとつ。
「今日は少しでも…」
私は自分に言い聞かせるように呟きながら、杖を手に取る。振るたびに心の中で高まる期待。けれど、何も起こらない。魔法の発現は、今日もないまま。
「どうしてこんなにうまくいかないんだろう。」
心に湧き上がる、やり場のない悔しさ。その時、背後から声が響いた。
「調子はどう?」
振り返ると、そこにはエリスが立っていた。エリスは薬草屋の娘で、私と同じ年齢。2歳の時に私がエリス家に引き取られてから、この14年間、一緒に過ごしてきた。私にとっての家族であり、そして大切な友達でもあった。
「ダメみたい。全然魔法が使えない…。」
私は杖を地面に突き立て、肩を落として言った。
「クレアは魔女になるんでしょ?なに弱音吐いているのよ。」
エリスの言葉には、どこか大人びた響きがあった。エリスはいつも、私を信じてくれている。どんなに未熟でも、エリスの信頼があれば、私は諦めることなく前に進める気がした。
「ありがとう、エリス。」
エリスは照れくさそうに笑いながら答える。
「魔女になって村を作るんでしょ?最初の住人は私であることを楽しみにしているから。」
「うん、絶対に叶えてみせる。」
クレアは決意を込めて言ったが、心の中でふと疑問が湧く。
もし本当に魔女になれたら、その先にどんな未来が待っているのだろうか。自分が目指す村を作るためには、どんな力が必要になるのだろうか。クレアはしばらく黙って空を見上げていた。
きっとこの小さな村の向こうには、自分の夢を叶えるために戦わなければならない世界が広がっているのだろう。
「私は諦めない。魔女になるって決めたんだから。」
私はそう心に誓い、もう一度杖を握り直した。
第一話を読んでいただき、ありがとうございました!
しばらく毎日投稿を心がけていきます。
ちなみに、ソルシエールというのはフランス語で魔法使いや魔女といった意味になります。




