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09.彼女の想い、私の応え。

 1ヶ月後。

 ヒイラギの季節も本格化。

 豪雪地帯のこの地方はほぼ連日のように雪が降り、辺りは純白に染まっている。

 膝迄埋まる程の雪。外に出るのが億劫で堪らない。

 なので私とエノテラ様は家の中で怠け者な生活を送っている。

 この家はモニカさんが作った。一見、白金の額縁に魔王様の肖像画が填められたアート作品。

 しかしてその実態は家中の室温を自動調節してくれる魔道具。

 作品の上に手を置いて、温度を思うとその温度となる優れ物により暖かい。

 それに家の周りにはこれも魔道具。結界石が埋め込まれた杭が六芒星となるように打ち込まれているので雪に悩まされることはない。結界が雪を弾いてくれる為。それでいて、太陽からの光や必要な水分や諸々はきちんと量って取り入れてくれるのだから感嘆する。


 今日も家の中。私はエノテラ様が分厚い魔導書の解読をしているのを肩を寄せて眺めている。

 こういう魔導書の解読や翻訳、論文の執筆や、霊薬(ポーション)の作成、極々稀に人から依頼を受けてオグルの討伐をするのが彼女の収入源。彼女の補佐として私も時折仕事を手伝っている。彼女が猫の手も借りたい時。忙しい時だけ。

 それ以外の時は今のように彼女の横に佇んでいるのが私の仕事。

 却って邪魔なんじゃないだろうか? とこちらは気遅れしてしまうのだけど、彼女から言わせると私が横にいてくれる方が仕事が捗るらしい。

 いないと私のことが気になってしまって仕事どころではなくなるのだとか。

 とは言われても、言葉の通りに受け取れずに心配になってしまうのが私。

 何度も彼女に自分は邪魔ではないのかと尋ねた。その度に返ってくるのが彼女のお決まりのセリフ。


愛玩奴隷(ペット)が近くにいないと私が心配になるよ」


 近くならいいんだよねと思い、彼女から少しだけ離れた場所にいた時もあった。

 彼女の目が届く位置。自分的には彼女の邪魔にならずに最適だと思っていた所。

 そこで私は魔導書やら巷で有名な物語を読んでいたりしたのだけど、彼女に軽くお叱りを受けた。


「アリナ、もっと私の近くにいないとダメだよ!?」

「ここならエノテラ様の目が届きますし、不安になるようなことはないんじゃないですか?」

「くっ付いてないとダメだよ。ほら、おいで。アリナ」

「でも……」

「アリナはご主人様の言葉が聞けない悪い()なのかな?」


 エノテラ様の睨み。私は慌ただしく彼女の隣に移動して肩を寄せた。


「ふふっ、良い()。私の隣がアリナの定位置だからね」

「エノテラ様の負担になりませんか? これ」

「ならないよ。それにアリナがそこにいてくれると心が安定する」

「エノテラ様が望むならそうします」

「うん、望むよ。そうしてね」

「はい」


 このやり取りをしたのがメープルだった時期。

 エノテラ様と一線を越えた数日後のこと。

 そこからは邪魔ではないかと聞くのを止めた。

 邪魔になったらエノテラ様が何かしら言ってくれるだろうから。

 言われる迄は私は彼女にくっ付き続けることにした。


 羽ペンを持った彼女の手が淀みなく動く。

 魔導書というものはこの世界のあらゆる言語、または古代言語で書かれている物が多くある。

 私が分かるのはこの大陸・デルミーラの言葉だけ。

 同じ大陸でもこの国の言語は特殊。故郷とは違う言葉が使われていたりする。

 魔王様が言うにはデルミーラの言語には欠陥があるとのこと。

 その欠陥部を魔王様が作った? 言語で補われた言葉が一般に普及している。

 故郷の言葉と比べてみると、なるほど! 欠陥があることは明確。

 私はこの国の言葉に馴染んだので、他の国の人達・例えば観光等でこの国に訪問している人達の言葉を聞くと違和感に引っかかる。

 尚、他の大陸の言語に付いては私は"ちんぷんかんぷん"だ。

 デミルーラ大陸を除いた他の大陸・9つの大陸。島を入れるとその数は無数。

 この世界の言語は数知れない。古代言語も入れると血管が切れそうになる。


 エノテラ様は世界全部の言語ではないようだけど、多くの言語が頭の中に入っているよう。

 私のご主人様は偉大な方だ。幾度となく惚れ直す。


 ……彼女が翻訳を終えた物をこっそり盗み見る私。

 知識として吸収。使える魔法の幅がまた広がった。

 彼女は私がしていることを知覚していると思われる。

 知っていて、故意に放置されている。


「アリナ」

「はい」


 エノテラ様が仕事を始めてから数時間。

 今迄は好調に動いていた彼女の手が止まる。

 私の名前を呼び、返事をした私の顔を彼女が見る。

 破壊力抜群な笑顔。魅せられる・見せられる。

 言葉を喪失。人形になった私を彼女が"ふわり"と自身の腕の中に抱く。


「急ぎじゃないし、今日の仕事は終わりにする。今からは私のアリナの成分補給の時間」


 耳元で囁かれて私を取り戻す私。

 彼女を抱き締め返して、身内ならではの皮肉めいたことを口にする。


「エノテラ様にくっ付いていても減るんですね。私の成分」

「ふふっ」


 彼女が笑う。これは別段特異なことじゃない。

 彼女は仕事終わりや休憩時間に私を抱き締めたり、頭を撫でたりするのが常。

 皮肉を言ったからなのだろうか? 微妙に調子に乗る彼女。

 右の手が私の私服。上半身。本日は白のオフショルダーの裾から服の中へと侵入してくる。

 肩紐が細いリボンで結ばれる形式になっていて、フリル付きの服。

 下半身はこちらもリボンがポイントの白のフリルスカート。

 私は愛玩奴隷(ペット)になってから過去と変わって可愛い服を着るようになった。

 過去・冒険者時代は機能性重視で[可愛い]は二の次だった。

 ……外される下着のホック。


「エノテラ様!?」

「こうすれば、アリナをもっと感じられるからね。仕事をしているとね、疲れる。疲れは私からアリナ成分を略奪していくんだよ。野盗も真っ青になる勢いでね」

「お疲れ様です」

「うん。疲れた主人を愛玩奴隷(ペット)のアリナは労ってくれるよね?」

「藪蛇になってしまいました」

「その割には満更じゃない顔に見えるよ?」

「エノテラ様がくださる寵愛ですから。嬉しいです」


 大好きな人。身体を彼女に押し付けるように密着させる。

 彼女はそれでも足りないらしい。私の腰に回した腕の力を強め、肌が剝き出しになっている私の首を甘噛み。

 隷属の首輪は首全体を覆うような太さの物じゃない。細めの物。

 主人が愛玩奴隷(ペット)を愛でることを考慮しているからだろう。


 ……………。

 時が数分進み、甘噛みが吸い付きに変わる。

 感情が高ぶる。彼女の行為にも、私への想いにも。


「ん! 上手く付けられた」


 興奮した声と共に私の首から離れる彼女。

 私からは見えないけど、痕を濃く残せたよう。

 後で鏡で見てみないと。彼女に残された痕で幸福の沼に浸りたい。


「ねぇ、アリナ」

「はい」

「人って欲張りだよね」

「……? なんですか? 急に。否定しませんけど」

「んっ」


 彼女が腕の力を弱め、私の顔が見えるくらいに身体の隙間を空ける。

 私の目を"じっ"と見ながら喋る彼女。


「埋められないんだよ。アリナをどれだけ愛でても、お互いにじゃれ合っても。ん! ……上手く言えない。そうすればそこに存在した空間が埋まって、また新しい空間が出来る。もっと、もっとってなる。愛玩奴隷(ペット)にこうも心が埋没するだなんて思わなかったよ。どうしたらいい? アリナ」


 心の底から切ない想いが伝わってくる彼女の瞳。

 私以外の愛玩奴隷(ペット)も私と同じくらいご主人様に好かれているんだろうか?

 愛玩奴隷(ペット)の集会があるなら行ってみたい。

 行って、今の[事]を尋ねてみたい。

 

「勿論」って言う愛玩奴隷(ペット)は何人いるんだろう?

 ……エノテラ様から集会に行く許可を貰うのが大変そうだ。

 主人の動向は好ましくないこととされていても付いてきそうな気がする。

 かく言う私も逆のことがあれば、エノテラ様を説き伏せて動向するけど。


「どうしたらいいかは分かりません。溝と対話をして交流を深めていくのが最適解だと思います。……エノテラ様。1つ聞いてもいいですか?」

「うん? 何?」

「私を飼うことを決めたこと、後悔していますか?」

「してないよ。寧ろあの時に決断をした自分を褒めたいくらいだよ。私のアリナを飼うことを決めたの偉いねって、ね」

「そうですか。後悔してるって言われていたら立ち直れないところでした。反対で安堵しました」

「アリナは? 私が主人で良かったって思う?」

「私のご主人様はエノテラ様しか考えられないですよ」


 屈託のない彼女の笑顔。それから私とキス。

 離れた彼女は私に問うてくる。


「アリナ、ここ(リビング)で戯れるのと寝室で戯れるのどっちがいい?」

「ソファでっていうのはどうですか? 近くにありますし」

「いいね。そうしようか」


 目と鼻の先。エノテラ様と一緒に移動。

 本格的な[事]はしない。飽くまで戯れ。じゃれ合い。遊び合い。

 私達は室内が白の満ちからオレンジの満ちとなる迄、ソファに転がり楽しく遊び惚けた。

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