08.彼女のお迎え。罪と罰。
「アリナ。お前、頭を地面にこれでもかってくらいに擦り付けて俺達に誠心誠意の詫びを見せろ。「[宴]に1度も参加をしない愚かなる者で申し訳ありませんでした」ってな。そしたら俺達の元に戻ってくることを許してやってもいい」
「は?」
私は耳がおかしくなってしまったのだろうか。
あり得ない言葉が私の耳の穴に飛び込んできたような気がした。
思わずゲマインの顔を2度見する。
1度目も2度目も所得顔。
頭を傾けて脳内の疑問符と彼の所得顔との整合性とを図ろうとする私。
ああしたり、こうしたり、どのように工夫を凝らそうとも私の疑問符と彼の顔は一切嚙み合わない。
知恵熱で頭痛がしてくる。頭を1度空っぽにした方が良さそうだ。
その上でゲマインに言葉を投げ掛ける。
「さっき、なんて言った? いや、何か聞いた気がしたのは幻聴だったのかな?」
「は? 聞いてなかったのかよ! お前がオグルに捧げられたのはお前のせいだ。お前が[宴]に参加をしなかったからああなったんだよ。だから頭を下げろ。魔族の間で最高峰の謝罪なんだろ。地面に頭を擦り付けて相手に謝罪するのはよ。お前にそれをやれって言ったんだよ。お前みたいな礼儀知らずに最適な謝罪方法じゃねぇか。なぁ、おい」
「……………意味が分からないんだけど?」
私が悪い? 私はあんな趣味の悪い[宴]に参加なんてしたくなかったから拒絶しただけのこと。
そのことで私が悪いと言われる謂れはない。
私が悪いところがあるとすれば、【レイヴンクロウ】を放ってはおけなくて長く在籍してしまったことだけだ。
私が抜けたら【レイヴンクロウ】は自然分解をして、最終的にオグルにより全滅させられてしまうという畏怖に私は囚われていた。
今思えば一種の強迫観念を勝手に感じていただけ。
ここは私には合わない。と思った最初の数日のうちに抜けておくべきだった。
「はぁ……っ。悪いけど。……悪くはないかな? 私は戻る気は更々ないよ。それに[宴]に参加しなかったことが悪いことだとも思えない。だから頭は下げない」
「んだと。こっちが下手に出てやってるんだぞ! お前は俺の言うことに従え」
「断る! 何を言われても戻らない。それに私には大好きな人がいるしね。その人の傍から離れるつもりはないよ」
「大好きな人だぁ? ってお前、奴隷に堕ちたのか。こいつは傑作だぜ! つまりお前は男に弄ばれているうちにそいつのことを好きになったってのか。堅物だとばかり思ってたが、実は売女だったんだな。お前」
男、ね。この男はエノテラ様のことを忘れているのだろうか。
オグルに捧げられた私を自己欲を満たす為とはいえ、助けてくれたエノテラ様。
一部始終を彼女に見られているのに、忘却。都合の良い頭をしている。
「だからか? 触ってくださいと言わんばかりに脚を露出させてるのはよ」
ゲマインの右手が私の脚に触れる。
撫でられ、スカートを捲られそうになって身体能力強化の魔法を私は瞬時に発動させる。
これ以上身体を汚される前にブーツの踵でゲマインの爪先を全力で踏み潰した。
「汚い手で私に触れるな!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁあ、痛てぇぇっ、痛てぇぇよ。何しやがんだ、てめぇ」
私に足の爪先を踏まれたことで骨折くらいはしたかもしれない。
痛みを与えられたゲマインが私の腕を離す。自由になった私。
「さっき触られたとこ。エノテラ様に処置して貰わなくっちゃ」
「何を呑気に言ってやがるんだ。てめぇはよぉぉぉぉっ」
ぶちギレたゲマインが私に殴りかかってくる。
私はそうはさせじと魔法を発動させようとして、途中で止めた。
……………。
私の身体の横を肉の塊が凄まじい速さで通り過ぎていく。
哀れ。肉の塊は路地裏の壁に衝突して圧壊。
とはならなかった。壁に衝突する1歩手前で肉の塊は魔法で創られた水の壁へと突っ込んだことで助けられた。
「アリナ、大丈夫だった? こっちにおいで」
「エノテラ様!」
路地裏の前。私が空を見上げていた所。
そこに現れたエノテラ様。彼女の横にはモニカさんもいる。
大好きな人の姿を見て、肉の塊・ゲマインのことなんて忘れ去る。
駆けて行ってエノテラ様の腕の中。
心も身体も温かい。ここが1番落ち着く。癒される。
「アリナ。身体が氷みたいに冷たいよ!!」
「ごめんなさい。エノテラ様迄冷えてしまいますね。すぐ離れます」
「ダメ! もっと私に密着して」
「いいんですか? ところで助けてくださったのはエノテラ様ですよね?」
「助ける必要は無かった気がするけれどね。……私のアリナを襲おうとしてる奴を見たらつい魔法を放ってた。余計なお世話だったかな?」
「いえ、ありがとうございます。でも意外です。エノテラ様が街へと出てくるとは思いませんでした」
「起きたらアリナがいなかったからね。宙に残留してる私のアリナの魔力を辿ってきたらここに着いたんだよ」
エノテラ様の両腕が私の身体を強く抱き締める。
彼女の想いを感じ取って、書き置きくらいは残してくるべきだったと反省。
ご主人様に心配を掛けたのは何度目だろう? ダメな愛玩奴隷だ。
「ごめんなさい。エノテラ様……。書き置きくらいしておくべきでした」
「うん。でも、アリナが何も残してなかったから早く会えたんだよ」
「……私、昨日ずるいって言われましたけど、エノテラ様もずるいと思います」
嬉しすぎる言葉。これをずるいと言わずになんというのか。
私達は人前であることなんて無視をしてお互いを抱き締めあう。
幸福な愛玩奴隷の横から聞こえてくるモニカさんの声。
「国への不法侵入と性犯罪未遂とは随分と良い度胸をしていらっしゃいますわね。不法侵入は禁錮300年。性犯罪未遂は麻酔無しの去勢の刑確定ですわ。……未遂で終わって良かったですわね。万が一そうでなかったなら死ぬよりも恐ろしい拷問が待っていましたわよ。この国で性犯罪は殺人の次に罪が重いんですの」
拷問。性犯罪に巻き込まれたのは私。
未遂で終わっていなかったらエノテラ様が法律を厳守するだろうか。
なんとなく気になって私は彼女の顔を覗き込む。
愛玩奴隷への愛情が沢山零れている笑顔。
私が顔の緩みを増加させると彼女が私の顔に自分の顔を近付けてくる。
「性犯罪未遂ってどういうこと? アリナ?」
「えっと、脚を触られたんです。それだけでもその罪になるんでしょうか?」
「触られたのは何処?」
エノテラ様の雰囲気がやや硬くなった。
早く教えて! という空気の圧力。私は無言で触られた箇所を指し示す。
そこに触れるエノテラ様の手。
「冷た! どうしてこんな日に素脚で出てきたの? アリナ」
「単純にタイツを穿き忘れてきただけです」
「全く。風邪引くよ? それはそうと、そっか。触られたんだね」
エノテラ様の手から放たれる淡く白い光。
処置・治癒の魔法の改良版。
傷付けられたりしたわけでもないので、見た目には何も変わらない。
変わらなくても私の脚の一部は浄化されて真っ新になった。
処置を終えるとモニカさんとゲマインのいる方向に彼女が顔を向ける。
「ねぇ、アリナ」
「エノテラ様。早く帰りたいです。家でエノテラ様と"ぬくぬく"したいです」
彼女の言いたいこと、やりたいことを封殺。
私はあんなのに構うよりエノテラ様と家で戯れたい。
その方が使う時間が有意義になる。
私に言われてモニカさんとゲマインの方から再び私に顔を移す彼女。
「そうだね。早く帰ろう。それで、帰ったらアリナはお風呂に入るようにね」
「エノテラ様も一緒に入ってくれますか?」
「甘えんぼだね。アリナは。分かったよ」
「寒いのはもう充分なので内風呂がいいです。いつも通り抱っこもお願いします」
「ふふっ、可愛い。良いよ。幾らでもしてあげる」
「そうだ! 私もエノテラ様を抱っこしましょうか? 昨日みたいに」
「……! 帰ろう、アリナ。離れ離れにならないように手を繋いで、ね」
「それもいいですけど、それより……」
意味深なことを言ってからエノテラ様の左腕に私の身体を絡ませる。
効果は覿面。ニヤける彼女。
「私のアリナが……。愛玩奴隷が尊い。理性が飛びそう」
「大好きです。エノテラ様。「愛してる」はそこで終わりな感じがしますけど、「大好きです」は終わりが見えない気がしませんか? 私はエノテラ様に対する好きが止まりません。だから、「愛してる」は言いません。大好きです。大好きです。エノテラ様」
「アリナ……。私の理性が何処迄もつか試してる?」
「大好きな人に大好きって伝えたいだけです」
「無邪気な顔して言わないで。耐えられない。……モニカ、後は任せるね」
私の言葉でエノテラ様は喜色満面。
モニカさんがエノテラ様のその顔を見て吐き出すため息。
彼女は妙に"すっきり"とした声でエノテラ様に返事をした。
「はぁ……っ。……私の完敗ですわね。ですが、悪い気分じゃないですわ。任せてください。お姉様」
残務処理はモニカさんに任せて私達は楽しく雑談しつつ帰路に就く。
帰宅後はお風呂に入り、交代で抱っこ。
私達はお風呂の最中もそれから後もお互いに甘えあって今日を過ごした。
*****
3日後。モニカさんの訪問で私達はゲマインのその後を知った。
あの男はこの国の法に乗っ取り、厳しい処罰を受けることが決まったらしい。
明日には刑の1つが実行される。
私はエノテラ様の太腿の上に身体を乗せられて、愛でられつつその話を聞いた。