06.偉大なる発明品。
今日の夕ご飯はカレー。
病みつきになる美味しさであることは然ることながら、1度作ると2~3日は形態を変えたり等して食べれる魅力的な料理。
初めてカレーを食べた日は余りの美味しさに目を見開いてしまった。
この国に元々は存在しなかった伝統と文化。
魔王様が代替わりしてから新しく取り入れられた様々なモノ。
食文化。カレーもそのうちの1つ。個人的に最高傑作だと思ってる。
世界がひっくり返る程に美味しい料理を広めてくれた魔王様には感謝しかない。
しかし、食文化以外。1年の間に感覚が麻痺してしまった。
初めの2~3ヶ月の間は見るもの、聞くもの全てが珍しかった。
今は馴染みすぎてそれ程でもなくなった。
こんな私が故郷に帰れば逆文化的衝撃に襲われることだろう。
例えば家。この国では庶民でもアイアンボーンと木と何らかの鉱石が材質として使われて、建築された家で人々は暮らしている。それなりの高さと広さがある家。
故郷だとそのような家に住めるのは[位]の高い、王族や貴族様。
他に王族に仕える人々や裕福な商人くらい。
庶民は木と藁で建築された家で暮らしている。
例えば乗り物。この国では馬車の客車が改造された魔道車が一般的な乗り物。
魔道車。その名の通りに魔力を動力源にして動く乗り物。
私には理解が及ばない技術を用いて作られた特別な車輪等によって長時間の乗車でもお尻や腰があんまり痛くならない優れ物。
丸い持ち手で操作をして、足元に在る加速器・制動器を踏むことで速度の調節・停止が出来る。
故郷は馬車が一般的な乗り物。速度と停止は馭者と馬任せ。魔道車より圧倒的に遅い。車輪は木。短時間でお尻と腰が鈍痛を覚える劣等物。
たかだか1年程度の月日が経過しても大きな変わりはないだろう。
魔法だってこの国と故郷とでは威力も出来ることも大きな差がある。
知識を有していることと有していないこととの差。
家や建物や食材等が量産出来るのは知識による恩恵だ。
魔王様は学園なる建物を地方に幾つか造り、そこに魔王様の文官さん達が派遣をされて人々に魔王様の持つ知識が惜しみなく与えられている。
私の場合は知識を与えてくれたのはエノテラ様だったけど。
「そう言えば魔王様は異界から来られた方だっていう噂が有るとか無いとか言ってらっしゃいましたよね?」
「急にどうしたの? そういう話は確かにあるね。私はどっちでもいいけど」
「私もです。ただ、カレーが美味しすぎるので気になりまして。……カレーが嫌いって言う人って稀有ですよね?」
「多分そうだね。ところで私はアリナが作ったカレーが1番好きだよ」
「社交辞令でも嬉しいです」
「そんなんじゃないよ。私は本気で言ってるよ」
「ありがとうございます、エノテラ様。……………あ!」
「ん?」
「モニカさんのこと忘れてました。夕ご飯の差し入れしてきます」
「気にしなくていいのに」
「そんな訳にはいかないですよ」
思いたったが吉日。言葉の使い方は少し違うかもしれない。気にしない。
何はともあれ席を立ち、カレーを専用の器に盛る私。
エノテラ様が見守る中で私はカレーを持って外に出ていく。
庭にて速攻で見つけるモニカさんの姿。背中が小さくて寂しそうに見える。
「はぁ……っ。良い匂いがしますわ。お姉様……は料理がお下手ですし、お姉様の愛玩奴隷が作った料理の香りなのかしら。どっちみち私は食べさせては貰えませんわよね」
"ぶちぶちぶちぶちっ"モニカさんが抜いた草が彼女の真横に積み上がっていく。
手際が良い。しかしこれでも庭全体の草を抜き終える迄には最低7~8日は掛かるだろう。
この世界の1週間は8日で1日は24時間。1ヶ月は32日で1年は384日。
モニカさんが草毟りに要する時間は今のままの速度だと1週間。
間違いなく無理。絶対に何処かで疲れがくる。そうなると失速して必要な時間数は伸びる。
「モニカさん」
「わっ! びっくりしましたわ。どうしましたの?」
「カレー、持ってきました。食べますよね?」
「え!? ですけど私は……」
「ご飯、食べないと力が出ませんよ? それに、使った食材を無駄にしたくないので食べてください」
罰を与えられている最中の自分が食べても良いものなのかどうなのか。
迷っているモニカさんに私は無理矢理カレーを押し付ける。
押し付けに成功したら、見回す私達の家の庭。広大だ。ここをモニカさん1人で整えろというのは可哀想すぎる。
何もしないというのは撤回。私はモニカさんを手伝うことに決めた。
「草毟り、手伝いますね」
「え? そのようなことをしたら貴女がお姉様から大目玉を食らいますわよ?」
「その時はその時です。エノテラ様を怒らせた私が悪いんです。仕方ありません」
「お人好しなんですのね。……人嫌いのお姉様が気にいる理由が分かりますわ」
「何か言いました?」
「いいえ、何でもありませんわ。カレー、頂きますわね」
「はい! 味の感想を教えてくださいね」
異空間魔法の発動。
異空の穴から取り出す私の杖。
右の掌で杖の柄部を握り占めて魔力を杖に集めるように操作する。
次に使用する魔法をイメージ。……している私の隣で飢えた獣だろうか? と思う勢いでカレーを食べているモニカさんの姿が目に映る。
味の感想を聞く必要はなさそうだ。
私の手料理を美味しく食べてくれている人がいることに口元が緩む私。
「カレー、お気に召して貰えたみたいですね」
「ええ」"もぐもぐ"「とっても」"もぐもぐもぐ"「美味しいですわ」"もぐもぐ"。
喋るか、食べるか、どちらかにして欲しい。
……行儀に関しては言うのが面倒なので見聞きしなかったことにする。
目を瞑って今度こそ魔法をイメージ。
脳に描くは私達の家の広大な庭。
花々と薬草と雑草の異なりはエノテラ様の講義で知識を得ている。
庭に生えている、植えている花や薬草の種類を私は覚えている。
ではそれ以外は雑草。杖の石突を地面に突いて私の魔法を庭に行き渡らせる。
魔法発動。
「植物達の行進曲」
私の魔法で根諸共、宙に浮かぶ雑草。
杖をモニカさんが積みあげていた雑草群に向けて振ると、空を飛んでそこに集う雑草。
草毟り終了。モニカさんから声が掛けられる。
「すっかり使いこなしてますわね。その杖はじゃじゃ馬の筈ですのに」
「そうですか? 懐っこい杖ですよ? ……私、お礼を言い忘れてしまっていました。ごめんなさい。それから、杖の作成。ありがとうございます。モニカさん」
「どう致しましてですわ。懐っこい? 本当ですの? ヒヒイロカネ部にお姉様の血が混ぜられていますのに」
「エノテラ様の血? それって本当ですか!?」
「え、ええ。なんですの? 怖いですわ」
食い気味に聞いてしまった。仕方ないと思う。杖にエノテラ様の血が混じってるなんて聞いたんだから。
「エノテラ様」
杖に頬擦り。モニカさんがドン引きしているけど私の知ったことではない。
だけど、次の瞬間に全身の肌が総毛立った。
「何してるの? アリナ」
「ひぅっ!!」
本物のエノテラ様。背後にいる人を怖ず怖ずと振り返ると顔には微笑み。
但し、目の奥が少しも笑っていない。
怒っている。ジャンピング土下座をしないとダメだろうか。
「あ、あの……。えっと……」
杖を異空間に収めて土下座の準備。
跳ぶ前にエノテラ様に捕獲された。
「お仕置き、だね。それとモニカ、私の愛玩奴隷が邪魔したみたいだね」
「ごめんなさい!」
米俵が何かみたいにエノテラ様の肩に担がれている私。
何はともあれ謝罪。お仕置き。……何をされるのか怖い。
モニカさんに啖呵を切ったけど、怖いものは怖い。
「お姉様、出来るだけ優しくしてあげてくださいまし」
「ん! モニカはもう帰っていいよ」
「分かりましたわ。……と、お姉様からの依頼の件を話しますわね」
「ん、お願い」
「【レイヴンクロウ】ですが、1人の女性が行方不明になった事件。彼らの関与が疑われているようですわ。後、その行方不明になった女性が抜けたことで徒党の[質]の低下が激しいらしく、ここのところは、冒険者ギルドから彼らに与えられる仕事は雑用ばかりのようですわ」
【レイヴンクロウ】。その名称をこんな所で聞くとは思わなかった。
そっか。あいつ等は雑用ばかりとは言え、まだ冒険者をやっていたんだ。
面の皮が厚いなぁ。……知ってたけど。
「お姉様、どうして私に【レイヴンクロウ】とやらの調査を依頼したのかお聞きをしても? それからそこの愛玩奴隷ですが、行方不明になった女性の名前と……」
「モニカ! 長生きしたければ余計な詮索はしない方がいいよ。例え貴女が魔王様が八の側近・色欲のキシニア様の1人娘でも私は容赦しないよ?」
「わ、分かりましたわ。今の質問はどうか忘れてくださいまし」
「それでいいよ。じゃあ、もう行って」
「はいですわ」
エノテラ様に威圧されて逃亡するモニカさん。モニカ様。
エノテラ様は大事なことを話さなすぎだと思う。
モニカ様は魔道具士。庶民だと思ってた。言葉使いが丁寧だなぁと少々訝しんではいたけど。
まさかのこの地方の領主様の娘。ご令嬢。
言っておいて欲しかった。愛玩奴隷の分際で生意気な態度を取ってしまった。
あははっ。笑うしかない。私、明日からも今迄と同じように過ごせるかな。
「エノテラ様……。モニカ様ってご令嬢なんじゃないですか。大切なことですよ。教えておいて欲しかったです」
「モニカはキシニア様に勘当されているから娘であって娘じゃないよ。だから別に言う必要はないと思って言わなかったんだよ」
「へ? 勘当ですか?」
「うん。跡を継ぐ気はないって家を飛び出して、絶縁されてる」
「じゃあモニカさんでいいですね。モニカさんって破天荒な性格なんですね」
「そうだね。さてと、アリナは私にお仕置きされようね」
「うっ……。はい……」
私はエノテラ様に担がれたまま家の中へ。
彼女に連行された場所は寝室だった。