05.チョロインな私。
モニカさんが庭で汗を流しているそんな頃。
私とエノテラ様は布団の中にいる。
モニカさんがいたので早起きせざるを得なかったエノテラ様。
「アリナ、睡眠が足りない……」
と言い出して私はエノテラ様に寝室に拉致された。
いつものように彼女に頭を両腕で抱かれて胸の中。
……エノテラ様は身体から睡眠誘導物質でも出しているのだろうか?
ばっちり覚醒していた筈の私を睡魔が夢の世界へと誘う。
抗えない。上と下の瞼が密着しようとする。
まだ行けない。私にはエノテラ様に聞きたいことがある。
夢の世界に行くのはそれから。
睡眠誘導物質を出しているエノテラ様から強引に離れる。
眠気が少しだけマシになった。
これでエノテラ様に質問をすることが出来る。
「エノテラ様」
「……アリナ。私に抱かれて寝るのは嫌?」
悲しげなエノテラ様の顔。誤解を与えてしまった。
私達は稀にこういうすれ違いが起きる。
私はそんなつもりなんて微塵もないのに。
「違います。違います。どうしてもエノテラ様に聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
良かった。弁明を受け入れてくれた。
"ほっ"とした私はエノテラ様に問い掛ける。
「私はエノテラ様に可愛がって貰ってますし、たまに街に買い物に行っても皆さんによくして貰えます。なのでモニカさんに聞く迄は知らなかったんです」
「うん? よくして貰ってるってどういうこと?」
「嫉妬しないでください。食材とか1つオマケして貰えたりするんです」
「ふ~ん、ラストウスの街の人は見る目があるね。私の愛玩奴隷は可愛いからね」
「エノテラ様に褒めて貰えるのが1番嬉しいです。……じゃなくてですね!」
「うん。何?」
「愛玩奴隷って[位]が低いんですか?」
まぁ奴隷って名称が付いているくらいだ。
下層の存在なのは分かってた。
私が知りたいのはどれくらい下層なのかということ。
私の故郷。この国に辿り着くには3つの国を跨ぐ必要がある所。
ロナン王国には愛玩奴隷なんていう存在はいなかった。
いるのは犯罪奴隷と借金奴隷と性奴隷。
奴隷達は一緒くたで人権等無い最下層の者だった。
この国でもそうなのか。私はそれが知りたい。
知ったところで私のご主人様はエノテラ様。
例え故郷と同じだったとしても、「そうなんですね」で終わりそうだけど。
「愛玩奴隷だからね。別に[位]は低くはないよ。……とは言えないかな」
「奴隷には違いないですし、それはそうですよね」
「そこは少し違うよ」
「どういう意味ですか?」
「奴隷は奴隷だけれど、他の奴隷と違って法で守られてるよ」
「そうなんですか?」
「うん」
詳しく聞いたところ、私達は奴隷であり、家族であるそう。
主人であっても、私達に危害を加えた場合、罪に問われるとのこと。
人以下、家畜以上。微妙な立ち位置にいるのが私達。愛玩奴隷。
念の為、彼女に今伝えられたことに間違いがないか問うてみる。
「家族……。私はエノテラ様の家族ということですか?」
「アリナを飼っているのは私だからね。今迄もこれからも家族だよ。私はアリナを手放すつもりはないから[普人]に戻るのは諦めてね」
寧ろ手放して欲しくない。エノテラ様の愛玩奴隷でい続けたい。
だって、エノテラ様の家族……。どうしよう。顔の蕩けを止められない。
絶望の先は恵まれすぎている環境が待っていた。多幸者だ、私。
「アリナ」
「はい。あ、私。変な顔してますよね? ごめんなさい」
「杖の時より可愛い顔してる。私の勝利」
「……根に持ってたんですね」
私が言うと、口角を上げるエノテラ様。
知らなかったことをまた1つ知った。
エノテラ様はそこそこ執念深い。
「もういいよね? おいで。アリナ」
「エノテラ様。はい!」
呼ばれてエノテラ様の胸に飛び込む私。
大切な人に頬擦りして匂い付け。
エノテラ様の温もり、柔らかさ、良い香り、生命の鼓動。
エノテラ様自身。全部全部、私が独り占め。
「大好きです。エノテラ様」
「私の愛玩奴隷が甘えてきて可愛い」
「エノテラ様、エノテラ様っ」
もっと甘えたい。甘えたいのに、眠気が増してきた。
恐るべし。睡眠誘導物質。
眠ってしまう前にエノテラ様の腰に手を回す。
私は大好きでかけがえのない大切な人と一緒に夢の世界に旅立った。
*****
目覚めたら寝室がオレンジに染まっていた。
寝すぎた! 大慌てで身体を起こそうと動く私の頭上から優しい声が掛けられる。
エノテラ様。私より先に起きていたらしい。
なんとなく失態をした気になるのは日頃の彼女が彼女なせいだ。
羞恥心を心に芽生えさせつつ見上げて挨拶をする。
「おはよう。アリナ」
「お、おはようございます。もう起きてらしたんですね、エノテラ様」
「うん。30分くらい前に起きてアリナの寝顔見てた。可愛かったよ」
面と向かって言われるのが異様に恥ずかしい。
私は上げた顔を下ろしてエノテラ様の胸の中に舞い戻った。
「アリナ、耳迄深紅だよ」
「~~~。エノテラ様よりも後に起きたことが恥ずかしいです」
「何それ! 私がアリナより先に起きたことがないみたいに聞こえるよ?」
「この1年間でエノテラ様が私より先に起きたのは今日が初めてのことですよ!」
「そんなこと……。そうかも?」
かもじゃない。毎度毎度私が苦労に苦労を重ねてエノテラ様を起こしてる。
彼女の罠に掛かって2度寝をしてしまった時も同じだ。
本気の本気で私より先にエノテラ様が先に起きたのは今日が初めて。
やらかした。こんなに長く寝てしまうとは計算外だった。
「はぁ……っ」
吐いてしまうため息。私の身体は空気を読まず私に恥の上塗りをさせてきた。
"ぐぅぅぅぅぅぅぅ"
「うっ……」
「可愛い。お腹空いちゃったんだね。今日は出前でも取る?」
出来ればそうしたい。したいけど、出来ない。
割と長い間、異空間に放置したままの食材がある。今日はそれを使いたい。
異空間内では時が止まる。ので、放置していても食材は新鮮なままなのだけど、長きに渡って[食材]や[料理]といった[食物]を放置するのは気に掛かる。
ちょっとばかり神経質なのだ、私は。
私はエノテラ様の提案をやんわりと断って夕ご飯は私が作ると告げた。
「お気遣いありがとうございます。でも今日も私が作ります」
「大丈夫? ぐっすり眠ってしまう程疲れてるなら無理しない方がいいよ?」
「あははっ。大丈夫です。ぐっすり寝たので逆に元気いっぱいです」
「本当に? 私は私の愛玩奴隷に無理させたくないよ」
心配性だ。私はお腹が鳴るくらいに元気なのに。
エノテラ様に分かって貰う為、私は彼女の腕とベッドから這い出て踊る。
元気な証を見せるのに選んだ方法が何故に踊りだったのか? 私が知りたい。
どういった踊りだったのか? それも私が知りたい。
彼女に披露したのは謎踊り。ワルツやらタンゴ等、名を知られたものではない。
手を胸の辺りに持っていって半分に折り畳み、掌は食材を切る時に言う猫の手。
鼻歌を歌いつつ、左右にその手と腰を振る。時折、軽く飛び跳ねる。踊り。
自分でやっておきながら、やり終えると死ぬ程恥ずかしい想いが去来して来た。
私は、バカを通り越した大バカなのかもしれない。
自分の所業がバカバカしすぎて顔が熱い。
けど、けどけどこれで私が元気であることは分かって貰えた筈だ。
その代わりに私は何か大事なモノを失くしてしまった気がするけど。
虚栄を張って私はエノテラ様を見る。
「ど、どうですか? 私はこんなにも元気ですよ」
「アリナ……」
どうしてかエノテラ様が朝によく見るだらしのない顔になっている。
「か」
「か? なんですか?」
「可愛すぎだよ。別の意味で頭がどうにかなりそうだった」
辛抱堪らん! エノテラ様が[色]を剝き出しにして、強い力で私の腕を掴んで私を自分の傍に寄せる。
彼女に抱き締められる私。いつにも増して力が強くて、だから苦しくて痛い。
「苦しいです。エノテラ様」
本音を言ってみる。彼女からの返事は私にとっては責任転嫁なモノだった。
「我慢して。アリナが、私の愛玩奴隷が可愛すぎるのが悪いんだよ」
「可愛かったですか? 私は自分で自分に呆れ返りましたけど」
「可愛かったよ。可愛すぎて悶えたよ。私の愛玩奴隷は最高に可愛いよ」
「私のご主人様も最高に素敵な方ですよ。エノテラ様」
「アリナはずるい!」
言った後、強引に私の唇を彼女が奪う。
何度も何度も啄ばむように奪われて私は軟体動物化してしまった。
「エノテラ様……。そろそろ夕ご飯の支度をしないとです」
「もう1回だけしたい」
「もう! そんな言い方されたら断れないじゃないですか」
「魔王様。……私の師匠様が言っていたよ。アリナみたいな娘のことをチョロインって言うんだよね?」
「……さっきのエノテラ様の頼み。やっぱり拒否してもいいですか?」
「ダメだよ!!」
重ねられる唇。エノテラ様からの夕食前の最後のキスは濃厚なモノだった。