25.何気のない日常。
新居に移り住んでから早くも3つの季節が移ろいだ。
その期間、私達の間で平常ではいられない、騒ぎとなった事柄が幾つかあった。
1つはモニカさんの電撃結婚。お相手は新居を建てる際に私達がお世話になった工務店の店員・私達を担当してくれた女性。
モニカさんが新居に訪問してきて、結婚式を挙げることになったと聞かされた時はエノテラ様も私も顎が地面に落ちる勢いで驚愕してしまった。
その後、送られてきた招待状。招待客を喜ばせようとおもてなしの心がたっぷりと溢れた式。出席した私達は感動した。
モニカさんもお相手もウエディングドレス姿。綺麗だった。
私は結婚に興味が無い。でも、エノテラ様がウェディングドレスを着たら世界一美麗な花嫁になるんだろうなぁ。なんて式の最中に想像して見悶えて、周りの人々から珍妙な人を見る目を貰ってしまったことは頭の中から忘却させたい。幸いにもエノテラ様は周りの人々と違って、微笑ましい愛玩奴隷を見る目で私のことを見てくれていたから致命傷には至らずに済んだけど。
エノテラ様は私に甘い。大抵のことは寛大な心で受け入れてくれる。
叱る時は私が私に危害を及ぼす行為をした時と、同じく私が私を傷付ける言葉を口にした時。
それと目に余るマナー違反をした時。それ以外は「可愛い」が私に渡来する。
私が生きて動いているだけで可愛いと言われたことが確か過去にあった。
実感している。今の動作の何処に可愛い要素があったんだろう? って思うことがあるから。
そう言えば、この式でもう1つ良いことがあった。
生業の選択の際に仲違いしたモニカさんと彼女の親であり、魔王様の八の側近のうちの1人。色欲を司るキシニア様が仲を戻したこと。
成長した娘の姿に思うことがあったのだろう。
キシニア様の側からモニカさんに歩み寄って、娘に謝罪。
モニカさんも今迄、頑なに親を拒んでいたことをキシニア様に謝罪して2人は親娘の関係を修復させた。
とは言え、モニカさんはキシニア様の跡を継ぐつもりはやはり無いよう。
キシニア様もそれを了承していて、もしもキシニア様に何かが起きて領主の任を続けることが難しくなった場合はキシニア様の側近のうちの誰かから選ばれることになるとのこと。
最有力候補はベローズ様。ラストウスの街を統括している方。
露出度の高い服を好むことが玉に瑕だけど、人柄は良いのでキシニア様にもしもの時が起きても、この地方に住む人々は領主交代をきっとすんなりと受け入れる。
モニカさんとお相手の方は変わらず魔道具士と工務店店員を続けるらしい。
親娘の関係が戻ったならば、貴族として生きていくことも出来るのにそれを良しとしない。
モニカさんらしい選択。私達は彼女達自身の口から心意気を伝えられて熱い想いに拍手。
彼女達の結婚式は式に招待された人々からの大喝采、祝福を浴びて大団円で幕を閉じた。
モニカさんの結婚式が終わって2ヶ月後。
2つ目の事柄。ラストウスの街にて愛玩奴隷達の集いが開催されることを知った私は諸手を挙げて集会に参加した。
愛玩奴隷達の集いという名称ではあっても、実情は私達愛玩奴隷のご主人様達も参加をする愛玩奴隷とご主人様の集い。エノテラ様も勿論、私と一緒に集会に参加してくれた。
参加して良かった。楽しい時間を過ごさせて貰った。
タメになる話も多く聞けたし、この街では私が一番幸福な愛玩奴隷であることが分かった。
私以外の愛玩奴隷は愛玩奴隷らしくご主人様達に飼われている。
愛玩奴隷は室内で飼うのが鉄則。それらはキッチリと守られている。
しかし、ご主人様と同じご飯を食べること、抱かれて入浴すること、一緒に布団に入って眠ること、戯れること、寵愛を一身に受けて抱かれること。これら全てを網羅、享受している愛玩奴隷は私だけ。
他の愛玩奴隷はいずれかが欠けている。
本来はそれが当たり前と言えば当たり前。
集会終了後の帰り道。私はエノテラ様にこれからのことを聞いてみた。
今回の集会での話を聞いて、今迄の私への対応を変ようと考えているのか否かが気になったから。
エノテラ様の解答は私が予め予測していたこと。まんまだった。
「他所は他所、うちはうちだよ。私はアリナの対応を変えるつもりは全くないよ。逆にもっと幸せな愛玩奴隷にすることを考えてるよ」
訂正。まんまではなかった。私の幸福度を上げることを考えていた。
今でも存分に満たされている。それなのに今より幸せ者にされると、いつか反動が押し寄せて来そうで怖い。その反動はこの国を壊滅させる力を持った地震か津波と同じかそれ以上のものになりそう。
エノテラ様を失う……とか? 血の気が引いて、寒気で身震いがする。
3つの目の事柄の始まり。
「あれ……」
世界が"ぐにゃぐにゃ"に回って見える。
次第に視界がボヤけてくる。
『これ、拙いかも』
ぐらつく身体。地面と仲良しになる前にエノテラ様が私を支えてくれた。
お礼を言いたいのに言葉が出ない。
私は泣きそうなエノテラ様の顔を捉えたのを最後に道端で意識を失った。
*****
目覚めると見知った天井が目に映った。
身体が重い。頭痛がする。喉が痛い。寒い。
風邪の症状であることは明白。魔力風邪。
この病を患うと体内の魔力の一部が魔力から瘴気に変わる。
魔力は魔法という力の源。瘴気は魔力の穢れ。
異常な迄のストレス疲労か一般的な疲労が蓄積していると瘴気になる。
瘴気は人体に毒を付与する。身体を蝕んで今の私のようになる。
身体が弱って、免疫力が低下する病。万病の元。
状態異常解除等の魔法は効果が無い。
治す手段は身体を休めて通常の状態に戻すこと。
それ以外の手段は現在ではまだ見つかっていない。
数多の研究者達が魔力風邪を治す手段を模索しているにも拘らずに治す為の手段を見つけられない厄介な病。手段を見つけられた者は世界中から称えられて、英雄になれると言わしめている程のモノ。
病を患うのは実に数年ぶり。病ってこんなにしんどかったっけ? と自嘲する。
「こほっ、こほっ、げほっっ」
咳が辛い。口から発する度に喉の痛みが増加するのと、身体に痺れが走るの本当に止めて欲しい。
「げほっ、げほっ」
痛い。苦しい。オグルに怪我を負わされた時よりも身体が痛む気がする。
痛みが走るのが身体の内側か外側かとで違うのかもしれない。
苦しみに唸っていると寝室のドアが開く。
目線をそちらに向けると、私が今、1番会いたかった人の姿。
「エノテラ様」
「アリナ! 気が付いて良かった。もうダメかと思ったよ」
「大袈裟ですよ。魔力風邪を引いただけです」
「魔力風邪。初めて見た。そういう感じになるんだね」
初めて見た? エノテラ様は魔力風邪を患ったことが無いということ?
エノテラ様の規格外なところをまた1つ発見。
愕然としている私に彼女が近寄って来て、コップに入った水を手渡してくれる。
喉が渇いていたから嬉しい。ゆっくりと飲むと、生き返った気分になる。
水が美味しい。味わっていると、彼女がとんでもないことを言い出して違う器官に水を詰まらせてしまった。
「アリナ。それ飲んだら服脱いでね」
「ごほっ。な、なんでですか?」
「魔力風邪の緩和の為だよ」
言われて思い出す。研究者達が見つけた魔力風邪を[緩和]させる手段。
人肌が効果的。特に魔力が高い人と同衾することで完治が早まると緩和の手段が世界に向けて発表されている。
魔力風邪は一般的な風邪と違って、密着しても相手には感染しない。
そう考えると、確かにエノテラ様と触れ合うのは完治への近道と言える。
「私が脱がす? 自分で脱ぐ?」
触れ合いはすでに決定事項らしい。
戸惑う私の横でエノテラ様はそそくさと服を脱ぎ始める。
彼女との戯れ・寵愛を受ける回数は多い。故に裸になることも多い。
多いけど、率直にその姿になるように言われた回数は多くない。
熱が上がる。恥ずかしい……。
……………。
羞恥心を捨てて、病を治すことを優先させることにする。
布団の中、上半身だけを起こして"のろのろ"と自分の服を脱ぐ。
全部を脱ぎ終わる前に一足先に裸になったエノテラ様が布団を捲って私の隣へと入って来た。
「熱っ! これって大丈夫なの? アリナ、死なないよね?」
「泣きそうな顔をしないでください。大丈夫です。私は死にませんよ。2~3日静養していれば良くなります」
「その間、絶対安静すること! 約束出来る?」
「はい」
心配性だ。私を大切にしてくれる彼女を"ちらっ"と見る。
きめの細かい白い肌。ほっそりとしながらも柔らかな曲線を描く完璧な肢体。
何処もかしこも綺麗で、いつもながら惚れ惚れする。
服を脱ぎ終わった。布団の中に潜り込むと彼女が私を抱き締めてくれる。
胸の中。直で感じる膨らみが心地いい。
「ふわぁ……」
もう少し彼女を感じていたいのに、彼女の睡眠誘導物質に襲われる。
眠りに落ちる迄、後僅か。眠る為に触れ合っているのだから、眠るべき。
なんだけど、大好きな人と触れ合っているのに、何もしないまま寝てしまうのは切ない。
彼女の胸の中から顔を上げて、彼女の顔を捉える。
身体を伸ばしてキス。やり切ったら、私は睡魔に負けて眠りに落ちた。
・
・
・
どれくらい寝ていたのだろう?
寝る前と比べると随分と身体が軽い。痛み等も著しく低下している。
エノテラ様の人肌効果素晴らしい。
この分だと魔力風邪の完治迄にそこ迄時間は掛からないかもしれない。
思考を脳内で巡らせていると、頭上から大好きな人の声が降ってきた。
「アリナ、起きた?」
「起きました。おはようございます。エノテラ様」
「うん、おはよう。よく寝てたね」
「私、どれくらい寝てましたか?」
「8時間かな。いつもなら今から寝る時間」
私、寝すぎ。しかも普段ならばこれから寝る時間。
流石に目が冴えてしまって起きてすぐの2度寝は無理。
どうしたものか。ため息を吐くと彼女が問い掛けをしてくる。
「お腹空いてない?」
「少しだけ空いてます。ですけど、時間が時間ですし、朝になったら食べます」
「身体の方はどう?」
「大分良くなりました。この分だと完治に時間は掛からないと思います」
「良かった。じゃあちょっとくらいはアリナに触れても大丈夫?」
「はい」
眠れなかったから、丁度良い申し出だった。
私もエノテラ様に触れたかったし。
2人揃ってお互いの身体に手を伸ばす。
始まるじゃれ合い。スキンシップ。だったのに、いつしかじゃれ合いは行為へと変貌した。
翌日。
意識を刈り取られて、[眠り]に就いたからかあっさり魔力風邪は完治した。
その代わり腰が痛いし、筋肉痛になっているし、喉の痛みは消えても声が掠れてしまっている。
絶対安静って言っていたのは誰だっけ? 意味を辞書で調べて欲しい。
「アリナ、魔力風邪はどう? 少しは良くなった?」
とか恨み節を心中で呟いていたら、私の腰を砕いた本人からの声掛け。
彼女の声を聞いて、頬が緩んでしまう私は過去も現在もチョロい。
「完治したみたいです。その代わり腰が痛くて筋肉痛になってます」
「大丈夫? 私がアリナを抱き潰しちゃったからだよね?」
その通り。これは自然現象ではない。
私の腰の痛み等はエノテラ様によるもの。
なのだけど……。
「ごめんね。でも弱っているのに顔を深紅にして、上目遣いな涙目でアリナが私に可愛くおねだりをしてきたから我慢出来なくて」
彼女だけのせいではない。私にも責任がある。
じゃれ合っているうちに彼女に抱かれたくなった。
彼女は私は病人だからと止めてくれてたのに。
「その、エノテラ様にもっと触れて欲しくなってしまって……」
「私の腕を掴んで訴えてきたよね」
昨夜の[事]を思い出しているのだろうか?
ニヤけ顔の彼女。こちらは穴があったら入りたい気持ちになる。
「あぁぁぁ! ごめんなさい。辱めはもう許してください」
「ふふっ、行動も鳴き声も可愛かったよ」
うぐっ……。トドメを刺された。
顔から火が出そう。
「ところでお腹、空いてるよね? お粥を作ってみたのだけれど、どうかな?」
「エノテラ様が作ってくださったんですか!!」
「うん。ダークマターじゃないから安心して。今回は上手く出来たよ」
"あははっ"と苦笑い。
エノテラ様が異空間から自身が作ったお粥を取り出して私に見せてくれる。
卵粥。食欲が掻き立てられる。"ぐぅぅぅ"とお腹が鳴った。
「可愛い。こっちにおいで」
「服を着てもいいですか?」
「ダメに決まってるよ」
彼女はちゃっかり服を着用してるのに私は服の着用が許されない。
毎度のこと。エノテラ様の視線で身体に穴が開きそう。恥ずかしい。
……彼女の元。太腿の上。卵粥を食べてさせて貰う。
この日食べた卵粥は私が知っている物よりも塩気が多めだったけど、今迄の人生の中で食べてきたどの料理よりも美味しかった。
*****
朝。
ここのところは特段変わったこともなく穏やかな日常を過ごしている。
騒ぎのない日常が愛おしいことを私達は3つの季節の移ろいの中で思い知った。
大好きなエノテラ様。ご主人様の胸の中で愛玩奴隷は目を覚ます。
「おはよう。私のアリナ」
「おはようございます。エノテラ様。今日も朝から大好きです」
布団の中、私達はお互いを抱き締めあって見つめあう。
お互いにお互いを独り占め。彼女の朗らかな笑み。彼女からの合図。
目を瞑る私。少しして彼女からの溢れんばかりの愛情が私に届く。
胸が高鳴り、心が他に類の無い甘い蜜で満たされる。
私に自分を捧げてくれる彼女。私も彼女に私を捧げてる。
「いつか……」
「ん?」
「いつか幸せの反動が来て、深淵に落とされたりしないでしょうか。エノテラ様と一緒にいると自分の中に喜びしかなくなって怖いんです」
「アリナはさ」
「はい」
「庇護欲を掻き立てられるよ。可愛い」
彼女からの2度目の愛情の贈り物。
離れると、彼女は私の頭を"ゆるゆる"と安らかに撫でてくれる。
「その時は私が深淵を弾き返すから大丈夫だよ」
「エノテラ様なら本当にやれそうですね」
「うん。だから安心してアリナは私に甘えていればいいよ」
「はい! お言葉に甘えてそうさせて貰います」
不安感は遠い遠い宙の彼方へと飛んで行った。
大好きなエノテラ様に無邪気に甘える。
私の甘えに積極的に付き合ってくれる彼女。
今日は仕事がある。
もう少しだけ彼女に甘えたら取り掛かろう。
今日もエノテラ様と私の何気のない日常。1日が始まる。
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魔女に拾われ奴隷にされた私。待っていたのは、幸福でした。
番外編 Fin.
ご拝読ありがとうございました。