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22.街での甘々。

◇エノテラ視点


 ラストウスの街。

 今日は私のアリナと一緒に買い物に訪れている。

 過去は彼女1人に任せていた。

 けれど、ここ最近は彼女の買い物に私も付き合うようになった。

 その理由は彼女が表明したあの言葉。

 他の誰にも私の愛玩奴隷(ペット)になりたいと言わせないようにする。

 と告げてから以降、彼女がますます魅力的になったから。

 これは比喩表現でもなんでもない。アリナは真に可愛く、綺麗になった。

 化粧等をしているわけじゃない。彼女が纏っていた雰囲気に仄かな色香が混ざるようになった。その結果によるもの。

 私を想う気持ちが表面化して、今の彼女になったのだと思うと心が"じんわり"と温もりを帯びる。

 ただ、それが私の前だけだと良いのだけれど、そうじゃない。

 屋内・屋外問わずに彼女の可愛さは発揮されている。

 何かしらの道具等に頼っているわけじゃなく、彼女自身……。

 色香の花の蕾が開花したのだから当然のこと。

 開花した初回。1人で街に買い物に出掛けた彼女。

 帰宅して即。「街の人達からアリナちゃん、最近可愛さに磨きが掛ってきたね。って言われちゃいました」と私に報告してきた時は肝が冷えた。

 彼女自身は単なる誉め言葉としか受け取っていないことは明白。

 事実、街の人々も世辞でもなんでもなく彼女をただ褒めただけかもしれない。


 かもしれないけれど、私は居ても立ってもいられなくなった。

 頭の中を駆け巡った最悪の事象。

 私のアリナに悪い虫が付くかもしれない。例えば野盗やらの野蛮な連中に誘拐をされてしまうかもしれない等々の想像。

 アリナは愛玩奴隷(ペット)。それに魔女。

 彼女の飼い主である私自身は何の制約もなく自在に動き回れる。

 それに対して彼女は隷属の首輪の呪力で私から半径2km以内からは離れることが出来ない。

 後、彼女は魔女の序列は[年功]でほぼ末端に位置しているけれど、[実力]で序列を変えると上位に位置する。

 過去は紫のオグルには苦戦を強いられていたアリナ。

 あれから私と共に研鑽を重ねて紫のオグル。いつかの新種のオグルも彼女は今や悠々と倒せる。

 私が討伐の仕事を誰かから頼まれた際には彼女を同行させている。

 阿吽の呼吸で背中を預けられる頼もしい存在。

 強き魔女。それ程の実力者である彼女を誘拐するなど不可能な事柄。

 やろうとすれば、野盗の側が返り討ちに遭うだけ。


 頭ではそのように処理されていても、感情が追い付かない。

 万が一、億が一のことが起こってしまったら?

 私は自身を抑える自信がない。[法]なんて知ったことじゃない。

 私のアリナに手を出した連中を出来るだけ惨く殺める。慈悲等無い。

 それと共に何の関係もない人や建物、地形にも危害をきっと加える。

 その時の私は私ではなくなっているだろうから。


 私は人嫌い。それでもそんなの望んではいない。

 ならば諸々の間違いが起こらないようにすればいい。

 そういうことで、私はアリナと一緒に出掛けることを選んだ。

 これを彼女に告げた時は彼女は大きく目を見開いていた。

 しかしそれはひと時。彼女の顔に眩い笑みが浮かび上がった。


「今のお話、本当ですか? エノテラ様」

「うん。本当だよ。これからは私もアリナに付いて行くからよろしくね」

「エノテラ様~」

「わっ!」


 話し終えると、彼女は文字通りに私に飛び付いてきた。

 咄嗟に受け止められはしたものの、日頃より強い威力で抱き着かれたが為に少しだけよろけてしまった。

 受け止めた彼女の頭に手を置いて優しく撫でる。


「そんなに嬉しかった?」

「はい! だって、これからはエノテラ様と一緒にいられる時間が増えるんですよ。嬉しいに決まってます」


 ……この()は。自然体で私が幸せになる言葉を口にする。行動を起こす。

 そこに計算なんて全く無い。今日も私の理性の糸がプツリと切れた。

 人が多い。私だけだったら、そそくさと退散していたと思う。

 でも私の隣には私の腕に自分の身体を絡み付かせて笑んでいるアリナがいる。

 楽しく2人で雑談。彼女といると不思議と周りのこと等気にならない。

 唯一、彼女は街の人々に人気で行く先々で声を掛けられているのが若干の不安を駆り立てた。

 それも近き過去のこと。彼女は人々から声を掛けられても私に甘えながら挨拶と受け答えをしていた。

 街の人々に対する彼女の対応を見ているうちに、彼女の[心]は[私]に向けられているということが分かって、いつしか私は彼女が人気者であるということを肯定的に捉えるようになっていた。


 この可愛い()が私の愛玩奴隷(ペット)。私のアリナだよ。


 私達の仲の良さを見せつけるように食材等を買い込みながら歩く道。

 道中、小腹が空いたので2人でカフェに寄ることにした。

 ラストウスの街で人気のカフェ。それだけにかなりの行列。

 入店迄1時間半くらい掛かった気がする。

 通常ならばそれは長い時間。けれども、私のアリナと他愛もない話をしているとあっという間だった。


 カフェに入店。店員からメニュー表を受け取って何を食べるか決める。

 アリナは生クリームがたっぷり乗せられたクレープ。私はふわふわパンケーキを注文することにした。

 お冷とおしぼりが届いて私達はおしぼりで手を拭く。

 注文した品が私達の元に届く迄は相も変わらず他愛のない会話をして過ごす。

 私の話を聞いて"くすくす"と笑うアリナが可愛い。

 私は彼女に触れたくて、真向かいに座っている彼女を自身の隣に呼んだ。


「で、その時に憤怒のピオニが……」

「魔王様の側近の方も結構ドジなところがあるんですね」

「それにね……」


 私の肩に頭を乗せつつ私の話を聞くアリナ。

 店の椅子・ソファに置かれた彼女の手に私の手を重ねると彼女がはにかむ。

 可愛いが余りにすぎる。ここが家であれば私は彼女を押し倒して抱いていた。

 理性を総動員して辛抱。欲望を抑えつける。暫くすると私達が注文した品が同時に私達の元に届けられた。


「わ~、美味しそうです。見てください。エノテラ様」

「ふふ、そうだね。私のも美味しそうだよ」

「本当ですね! 見ただけでふわふわしてるのが分かります」


 生クリームたっぷりのクレープとふわふわパンケーキ。

 2品を前に瞳を"きらきら"と輝かせる彼女が可愛い。

 今日、街に来ただけで何回彼女のことを[可愛い]と感じたかもう分からない。

 カトラリーを手に取って私は彼女に告げる。


「食べせてあげるね。アリナ、あーんして」

「はい」


 私の言ったことに素直に従って彼女が口を開ける。

 その姿は親鳥が口に餌を運んでくれるのを待つ雛鳥のよう。

 口から漏れる笑み。彼女の頼んだクレープを一口大に切って、クリームを乗せてから彼女の口に運ぶ。

 彼女の顔に溢れる喜びは見逃さない。


「ん~、生地はふんわりでクリームは甘すぎない。美味しいです」


 プロのパティシエが作った品。彼女を満たしたパティシエと品に嫉妬を抱く私は心が狭い。

 私もこれくらい作れたら良いのだけれど、私はダークマターしか作れない。

 アリナなら近からずも遠からずな品を作れるかもしれないけれど。


「エノテラ様?」

「あ! ごめんね。考え事してたよ。パンケーキも食べてみる?」

「いいんですか? 食べてみたいです」

「良いよ。はい、口を開けて」

「はーい」


 クレープに続いてパンケーキ。

 こちらも彼女のお気に召したらしい。

 先程と同じ顔をしているのがその証拠。


「こっちも美味しいです。エノテラ様」

「ふふっ、名店って言われるだけのことはあるね」

「はい!」


 アリナの顔一面。満面の微笑み。

 抱くのは無理でもキスくらいなら出来ないかな。

 如何にもではなく、なるべく自然に見えるように。

 

 ……………。

 アリナにどうしてもキスしたい。

 私はその一心で一計を案じることにした。



 クレープにクリームをわざと多めに乗せて彼女の口に運ぶ。

 と、彼女の唇と頬の間に僅かに残るクリーム。思惑通り。


「アリナ、クリームが顔に付いちゃってるから取るね」

「え!? ありがとうございます。エノテラ様」

「じっとしててね」

「はい」


 大人しくしているアリナ。

 私は彼女の顔に自分の顔を近付ける。

 この時点で彼女が私の思惑に気付いたようだけれど、もう遅い。

 彼女の顔に付着したクリームを舌で舐める。それからキス。

 長い時間は出来ない。一連の行動は手早く済ませた。

 彼女から離れて反応を見守っていると、余程恥ずかしかった?

 彼女は顔を深紅にさせて私の腕を掴み、その腕に自身の顔を張り付けた。


「こんな所で……。エノテラ様っ」


 彼女の声色は私を責める声色。

 但し、声色と表情が一致していない。

 彼女の顔は極めて愛らしい。


「ごめんね?」

「う~、反省してないですよね?」

「大好きだよ、アリナ」

「私も大好きです。エノテラ様」


 言って、私にしがみ付くアリナ。

 私は残った片手で彼女の頭や顎の下、背中等を撫でる。


「安らぎます……」


 顔を紅に染めたままで緩くなる彼女の顔。


「可愛い……」

「……恥ずかしかったですけど、キス嬉しかったです」

「……………っ」


 欲情を煽ってきた。この()性質(たち)が悪い。

 私は堪らず天井を仰いだ。


*****


◇アリナ視点


 ラストウスの街をエノテラ様と共に。

 こんな日が訪れるなんて思っていなかった。

 大好きな人と歩く来慣れた街の道。彼女自身は気が付いていないみたいだけど、街の人達の視線が彼女に多く注がれている。

 エノテラ様は外見が整いすぎていて目立つ。

 滅多なことでは街に出没することのないエノテラ様。

 出没しても、認識疎外(パーソナルハイド)の魔法を掛けて出没するのが彼女の常。

 その魔法が現状は使用されていない。

 それだけに聞こえてくるは人々からの黄色い歓声。

 エノテラ様の容姿を絶賛するモノ。

 この人が私のご主人様。羨ましいでしょ。なんて思う私は性悪だろうか。

 それと同時に私はこの人の隣に立つに相応しい存在なのかと考える。

 ここ最近は懸命に自分磨きに魔法の研鑽にと、一生懸命に頑張った自負がある。それでも……。

 とか思考していたら、エノテラ様がカフェに寄って行こうと言い出した。

 ラストウスの街の有名店。彼女と雑談している間に私のマイナス思考は何処かに飛んでいた。

 エノテラ様は私に沢山のモノをくれる。彼女といると本当に楽しい。

 雑談しながら人の流れを待って、いざ入店。

 メニューを見るとどれもこれも美味しそうで心が弾んでしまった。


 注文を終えて再び雑談。途中でエノテラ様に呼ばれて席を移動する私。

 と、彼女が私の手の上に自分の手を置いたことで私の心臓は高鳴った。

 好きで好きでどうしようもない。私はエノテラ様に心底惚れている。

 かと言って、恋人同士になりたいとは思わない。

 今のままがいい。私はエノテラ様に束縛されていたい。

 私は自分が想像している以上に承認欲求等、欲望の権化なのかもしれない。


 そうこうしているうちに私達が注文した品が私達の元に届いた。

 エノテラ様が家で食事をする時同様に私に料理を食べさせてくれる。

 美味しい。見た目だけじゃない。味もちゃんと美味しい。


「ん~、生地はふんわりでクリームは甘すぎない。美味しいです」


 口を衝いて出る感想。

 ここで味を覚えて、そのうちエノテラ様に私が作った物を食べて貰いたい。

 この店のままの物は無理だけど、[もどき]なら多分作れる。



 エノテラ様のパンケーキも一口食べさせて貰った。

 こっちも美味しい。今度来る時はこれを注文しようと心で決めた。

 それから再び私が注文したクレープがエノテラ様の手で私の口に運ばれる。

 乗せられたクリームが多い理由を知ったのは、このすぐ後のことだった。


「アリナ、クリームが顔に付いちゃってるから取るね」


 エノテラ様が紡いだ言葉。

 私は彼女にお礼を言って、大人しくクリームを取って貰うのを待つ。

 おしぼりか紙ナプキンを使うのかと思っていたけど、何故だか私の顔へと段々と近付いてくるエノテラ様の顔。

 私はここでエノテラ様の企みを悟った。でも手遅れ。

 店内でのキス。羞恥を感じる行為が行われる。

 熱くなる顔。周りには店員と大勢のカフェ利用者がいる。

 私達のことを見ていた人達は結構いた。恥ずかしい。


「こんな所で……。エノテラ様っ」


 彼女の腕を掴み、顔を張り付けて彼女を非難。

 しつつも実際のところ、大好きな人からのキスは嬉しい。

 そんな私の気持ちは彼女に透けて見えていたのだろう。

 一応は謝罪の言葉を口にしてくれたけど、反省の色はそこに無い。


「ごめんね?」

「う~、反省してないですよね?」


 私の心中に渦巻く複雑な気持ち。

 その中でもエノテラ様への想いを優先させて彼女の腕にしがみ付く。

 そうすると、私を撫でてくれるエノテラ様。


「安らぎます……」


 紛れもない本音。ついでにもう1つの本音も彼女に伝える。


「……恥ずかしかったですけど、キス嬉しかったです」


 伝えた私の目に映ったのは天井を仰ぐエノテラ様の姿。

 僅かな間を置いて、彼女が天井から私へと視線を移す。

 彼女の不気味かつ穏やか。矛盾している瞳を見て、私は自分がやらかしたことを把握した。

 明日は仕事がある。エノテラ様が手加減してくれますように……。


*****


◇ラストウスの街のとある女性の視点


 普段は花屋で仕事を営んでいる私。

 その日の私はシフトが休みになっていた。

 花屋の仕事は存外に忙しい。接客することだけが仕事じゃない。例えば冠婚葬祭に応じて相応しい花々について勉強をしなければならないし、店頭・店内の花々やその他の植物達の世話もあれば、店の周り・店の中の掃除等もあり、仕事の内容は多岐に渡る。

 体力勝負。正直、花屋の仕事は本気で植物を愛していなければ続けられない仕事だと思う。

 私は花が大好きだから、この道10年続けられている。

 この先も転職の予定は全くない。


 ところでこの日、私はたまの自分へのご褒美と称して私が働く街に在るカフェに訪れていた。

 魔王様や側近の皆様、この地方以外の所に住んでいる人達も遠路はるばる食事を摂りに来る程の有名店。

 開店前から行列が出来ている程の店。

 私は開店前からじゃないのだけど、行列を得て入店。

 運ばれてきた食事を頂いていた。

 そこに現れた2人の女性。1人はうちの店にそれなりの頻度で来てくれる女性で、もう1人はこの街の外れに居を構えて住んでいる魔女。

 店によく来てくれる女性・アリナちゃんのことはよく知っている。

 街の守護者と影で言われている魔女様。

 そんな魔女様の愛玩奴隷(ペット)でこの街の人気者。

 久々にその姿を見掛けた。ここ最近、彼女が店に来る時に限ってシフトの都合で残念ながら会えていなかったのだ。

 そんな2人が店員に案内をされて席に着く。偶然にも私の席の近く。

 "ちらちら"と彼女達を見る私。

 アリナちゃん、前に会った時よりもまた可愛さが増している。

 それに彼女のご主人様。魔女のエノテラ様。

 近くで見たのは初めて。こんなに綺麗な人は今迄見たことが無い。

 アリナちゃんが自慢するだけのことはある。


 可愛い子と綺麗な人。目の保養。絵になる。

 心の中で2人のことを拝んでいたら、アリナちゃんが立ち上がってエノテラ様の隣に移動した。

 そこからは甘い出来事が続く。エノテラ様に食事を与えられるアリナちゃん。

 食事を与えられることに一切の躊躇いが見られない。

 彼女達はいつもそうやって食事を摂っているのだろうか?

 甘い。私が食べているのはデミグラスソースのオムライスの筈。

 デミグラスソースはいつの間にチョコレートソースに変化した?


『これが、尊いという概念』


 私は唐突に魔王様がこの国に齎した概念を理解した。

 再びアリナちゃんの口にクレープが運ばれる。

 クリームを乗せすぎではないだろうか? あれでは絶対に唇の横付近にクリームが付着する。

 ……それはエノテラ様が狙ったことだった。

 

「アリナ、クリームが顔に付いちゃってるから取るね」


 聞こえてくるエノテラ様の声。

 彼女はアリナちゃんに顔を近付けて、キスをした。

 第三者の私が動揺。私の他に多くのお客様が彼女達の様子を見ていたよう。

 静まる店内。私達を無視して2人だけの世界が展開する。

 エノテラ様に甘えるアリナちゃん。

 アリナちゃんを可愛がるエノテラ様。

 甘い。ひたすらに甘い。折角の食事が別の意味で台無し。

 でも、でもでもありがとうございます。


 アリナちゃんとエノテラ様。

 この後も2人はカフェをお菓子の家に変える程に甘々だった。

 ……食事を終えて2人が会計を終えて出店。

 喧騒が戻った店内は私を含めてブラックコーヒーを注文する人達で溢れ返った。

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