21.魔女の夜
ワルプルギスの夜。
それは魔女達の集会、世界各地の魔女達と交流して見聞を広める場。
ここに魔公はいない。彼らは彼らで別の日、別の場所で別の集いを行っている。
新米魔女である私は初めての会合。なので今回のワルプルギスの夜は先輩魔女達に私の顔を見せる機会も兼ねられていると、出発前にエノテラ様から聞いた。
現状、私が魔女の末端らしい。緊張する。まだ見ぬ先輩魔女達。どのような人々なのだろう?
気難しい、怖い人達ではなければ良いなと思う。
横柄な態度を取ってくる人には近付きたくない。
エノテラ様に腰を抱かれて、彼女の温もりに包まれながら思いを馳せる。
それはそれとして、エノテラ様の魔女服姿が麗しくて恰好良い。
ただでさえ魅力的な彼女の容姿を引き立てている。
普段着も良いけど、魔女服姿は一段と良い。
着用している服は白のワンピース。スカート部は膝より下で脛の丁度中央部付近の長さ。腰を金の帯で締めている。
その上に羽織っているローブは表面は黒で袖部等に金の美麗なる刺繍が施されている。ローブの裏面は薄い灰色。
靴は黒のミドルブーツ。そして魔女と言えば三角帽子。エノテラ様が被っている三角帽子はつばの一部が斜めに二等辺三角形の状態で少々欠けていて、台部は金。その台部にはやや濃い金の刺繍が成されている。帽子の先端にオリハルコン製の鎖がぶら下がっていて、その先にこれも鎖と同じなオリハルコン製の円形の物体から刺が幾らか突出している光を模した飾りが在る。
ところで私もエノテラ様とお揃いの魔女服姿。彼女が予備として持っていた服を私にくれたから。
ただ、彼女と違って私は帽子を被っていない。その理由は彼女が私を自身の傍に寄せる折に帽子を被っていると邪魔になる為。
魔女達の集会所。先輩魔女達はまだこの場には到着していない。
エノテラ様と私の2人きり。彼女を"じっ"と見つめて呆ける私。
私の視線に気が付き、彼女が私に微笑んでくれる。
「どうしたの? アリナ」
「……エノテラ様、魔女服姿が似合いすぎてて言葉が出ません」
「ふふ、ありがとう」
エノテラ様から貰う私の頬へのお礼のキス。
堪らず彼女の身体に横から抱き着くと、私達からは1m程離れた場所から強大で暴虐、冷たい魔力を感じる。
暴走時のエノテラ様を圧倒する魔力。
彼女に抱き着いたままそちらに目を見やると、私達の家に飾られている肖像画・魔道具で見たことのあるその人がそこにいる。
平顔。左右水平な紅の双眸、小鼻で薄い唇。エノテラ様と同じ長さの耳。
頭に生えているはこの国の一部地域に生息している動物・アダックスの如き角。
胸の下迄伸びた黒のロング。結構大きな胸。程好い肉付きの身体。
魔王様。噂に高和ぬ圧倒的な魔力と雰囲気の持ち主。
恐れ慄いて平伏しようとする私をエノテラ様が止める。
「大丈夫だよ、アリナ」
「ですけど……」
「ここは公の場じゃないから礼節は必要がないし、シズク師匠は味方には優しくて希望を与えてくれる人だからね。敵に回すと死を送られることになるけれど」
戸惑う私といつもと変わりのないエノテラ様。
空気の温度差のある私達の元に魔王様が近付いてくる。
「久しぶりだな。バカ嬢子」
「うん、久しぶり。シズク師匠」
「以前のワルプルギスの夜の時はお前は虚ろであったが、今は違うな。そこの娘のお陰か?」
「ふふっ」
魔王様に問われてエノテラ様が私を強く抱き締める。
魔王様から彼女に視線を移すと、私への慈愛が溢れた瞳と出会う。
心臓が高鳴り、血流が良くなって身体に熱が溜まる。
私の大好きなご主人様。自分で自分の顔が"ふにゃっ"としたのが分かる。
怯えが止まる。この人はいつでも、何処でも私のことを夢中にさせる。
その上、私のご主人様は左手で私の顎を撫で始めた。
「エノテラ様……」
「可愛い顔してる。私に撫でられるの好きだよね、アリナ」
「はい!」
エノテラ様の左手が顎から背中に移動。
擦りながら彼女が言葉を紡ぐ。
「あの頃の私は乾いてた。もう少ししたら人生を終わらせようと思ってた。でも、アリナが来てくれた。来てくれて、私に潤いを与えてくれた。シズク師匠の助言に従って良かったよ」
「私は愛玩奴隷ではなく、使い魔、または犬や猫のことを言ったんだがな」
聞こえてくる魔王様の苦い声。
何のことかは分からないけど、魔王様はエノテラ様に何かを助言したみたい?
魔王様の言葉から推理するとペットを飼うことをエノテラ様に薦めた?
犬や猫、使い魔のつもりで言ったつもりがエノテラ様がペットに選んだのは私。
師匠と嬢子の間で起きたズレ。
エノテラ様の勘違いで私は彼女に幸せにして貰えてる。
エノテラ様が勘違いをしてくれて良かった。
「……シズク師匠は使い魔、犬や猫のことを言ってたんだね」
「ああ、お前が愛玩奴隷を選ぶのは想定外だった」
「そう。でも私は愛玩奴隷を選んで正解だったと思ってるよ。使い魔、犬や猫だと私の乾きは潤されることはなかったと思う」
「そうか。私は愛玩奴隷制度など先代の魔王が残した負の遺産だと思っていたが、時代が移り行くと変わるものなのだな。……バカ嬢子、これからも愛玩奴隷を大切にしてやれ。くれぐれも虐待なんかするなよ?」
「言われる迄もないよ」
「なら良い。さて、皆が集まって来たな。そろそろ始めるか」
魔王様がエノテラ様に笑ってから私達に背を向ける。
その間に続々と集まってくる先輩魔女達。
5分後には全員が集い、ワルプルギスの夜が始まった。
……思っていたのと違う。
魔女の集会というイメージから私はもっと仰々しいものか、或いはおどろおどろしいものだと勝手に想像していた。
全くもってそんなことはない。
私の目に映っているのはBBQの専用コンロ。
そのコンロを囲んで騒いでいる魔王様と先輩魔女達。
これは所謂アウトドアな女子会。
想像との剥離が過ぎて、呆然としている私を余所に焼けたお肉を私に差し出してくれるエノテラ様。
「アリナ、あーんして」
炭火で焼かれただけあって香ばしい香りがする。
食欲をそそられて、エノテラ様が差し出してくれたお肉を口にする。
美味しい。お肉の旨味が強く圧縮されている。
何度か咀嚼して喉に通すと、エノテラ様が新しいお肉を差し出してくれる。
先程とは違う部位。口にして味わっている時に先輩魔女達の視線にふと気付く。
彼女達が見ているのはエノテラ様。彼女を見つつ"ひそひそ"と何か話している。
先輩魔女達にバレないように密かに魔法を使って話の内容を聞いてみると、私に代わってエノテラ様の愛玩奴隷になりたいだとか、いつ見ても美人だとか、自分が知っているエノテラ様と今のエノテラ様は全然違って、別人のようだとかいう話。
エノテラ様が美人だということと、彼女がまるで別人のようだという内容の話は別に良い。
美人な人が私のご主人様で、彼女を変えたのは私。誇りに思う。
けど、私に代わってエノテラ様の愛玩奴隷になりたいという話は引っ掛かる。
単なる願望だと分かってはいても、なんだか嫌だ。
「アリナ、次は何が食べたい?」
聞いてくるエノテラ様のローブの腕部を掴む。
食べたい物のことには応えず、彼女の名前を呼ぶと顔を綻ばせて私の頭を撫でてくれることが彼女の愛玩奴隷としては最高に喜ばしい。
「エノテラ様、エノテラ様」
「ふふっ、可愛い。でもご飯食べないとダメだよ。身体が資本だからね」
軽く叱られた。これ以上は叱られたくないのでエノテラ様の言うことをちゃんと聞くことにする。
お肉と野菜と魚介類等。お腹がいっぱいになる迄、彼女が私にご飯を食べさせてくれた。
BBQの後は交流会。
私にご飯を食べさせてくれていた時と違って面倒臭そうな顔のエノテラ様。
魔女達の質問に必要最低限の言葉で返している姿に魔王様が苦笑する。
ところが愛玩奴隷の話になると、エノテラ様は人が変わったように私を見ながら口を滑らかに滑らせ始めた。
愛玩奴隷。私の自慢・惚気。
聞いていて、こちらが恥ずかしくなる。
仕舞いには猥談迄語り始めた。
「この娘は私の愛玩奴隷のアリナ。見ての通りエルフ。特技は家事。魔法の行使も上手い。可愛い。私に懐いてる。可愛い。私の胸が好き。可愛い。好物はカレー。嫌悪物は納豆、なめこ、オクラ。食感にぬめりがあるもの。私も大嫌い。世界から消えて欲しい。虫が苦手。可愛い。夜は抱かれる側。可愛い。いつか逆転するって息巻いているけれど、そんな日は来ないと思う。可愛い、可愛い。それと……」
いっそ殺して欲しい。身体が40度以上の高熱で浮かされている感じがする。
私は交流会が行われている間、エノテラ様の隣で羞恥に俯いて過ごした。
宴もたけなわ。解散。
この数日後、先輩魔女達の幾人かは愛玩奴隷の主人となったり、逆に愛玩奴隷になったりした。
魔王様も愛玩奴隷を飼い始めた。
こんなことになるなんて、この時の私達は予想だにしていなかった。
*****
帰宅後。
寝室にてエノテラ様の胸の中。今日のことについて話す私。
私に代わってエノテラ様の愛玩奴隷になりたいと言っていた先輩魔女がいたことを打ち明け、不安になったと伝えると彼女は私の頬を優しく撫でてくれて、その後に唇が重ねられた。
「私はアリナ以外を愛玩奴隷にするつもりはないよ」
穏やかなエノテラ様の声。
普段なら彼女が私にしてくれる行動、声で安心して眠りに就けるのに今日は何故か心が"ざわざわ"として一向に眠気が訪れない。彼女の睡眠誘導物質さえも今日は利かない。
対するエノテラ様は私の頭を胸の中に抱いて眠る体勢。
彼女の眠りを邪魔してはいけない。目を閉じていればいつかは夢の世界に旅立つことが出来る筈だ。
そう思い目を閉じる。
・
・
・
どれくらいの時が経っただろう? 眠れない。思考を巡らせて睡眠の魔法を自分に行使しようかと本気で悩んでいたところで聞こえてくる彼女の声。
「アリナ、まだ起きてる?」
「えっ! はい、まだ起きてます」
珍しい。寝つきが良いエノテラ様がまだ起きてるなんて思わなかった。
びっくりして少々上ずった声で返事をしてしまった。
「起きてるなら、してもいい?」
何を? なんて聞かなくても分かる。
私は彼女からの誘いに安易に乗った。
……………。
魔女服の帯で手首を縛られるなんて聞いてない。
身動きが取れなくなった私はエノテラ様に笑顔で攻められた。
一応の目途がついても私はまだ縛られたまま。
彼女に解いて欲しいと頼んでも解いてくれない。
彼女のことだ。明日起きる迄はこのままにするつもりだろう。
素直に諦めて彼女に別のお願いをする。
「エノテラ様、私を強く抱き締めてください」
「私のアリナは可愛いね。良いよ。幾らでも抱き締めてあげる」
私の望み通りに私を抱き締めてくれるエノテラ様。
彼女に凭れつつ、何気なく言葉を漏らす。
「私、他の誰にもエノテラ様の愛玩奴隷になりたいだなんて言い出せないくらいにエノテラ様と親密な愛玩奴隷になってみせます」
独り言な決意表明。言い終えるとエノテラ様が私を布団に組み敷く。
私を鋭く射貫く彼女の瞳。瞬刻、首筋に噛み付かれた。
「エノテラ様?」
「アリナがそんなこと言うからだよ……」
切なげで、かつ嬉しそうな彼女の声。
私の他愛無い言葉で1度は鎮まった彼女の気持ちに私は再び炎を灯してしまったらしい。
激しい! 彼女の手が私の意識を少しずつ、でも確実に刈り取っていく。
思っていた以上に彼女の理性を吹き飛ばしてしまったみたい。
私はその後、別の形で眠りに就くことになった。