20.ありったけの想いを乗せて。
◇エノテラ視点
夜。
私は、これもシズク師匠から教わった[事]。
愛玩奴隷と一緒にベッドに入ることにした。
自由を愛し、気ままな娘は飼い主と一緒に眠るのは自分の気が向いた時だけ。
シズク師匠はそう言っていた。けれど、アリナはそうではない気がする。
呼べば多分、一緒に布団に入ってくれる。
私は何やら"そわそわ"しているアリナに呼び掛けた。
「アリナ」
「あ! あの、エノテラ様……。私は何処で寝ればいいでしょうか?」
"そわそわ"していた原因はそれか!
うん、丁度良い。布団を捲って私はアリナに手招きをする。
「隣においで」の合図。彼女は刹那、目を彷徨わせて戸惑いを見せていたものの、最終的には私の読み通りに"おどおど"としつつも私の隣にやって来た。
「愛玩奴隷の私がエノテラ様と一緒の布団を使っていいんでしょうか?」
「私がそうしたいのだから問題ないよ」
「エノテラ様がそうおっしゃるなら……」
……可愛い。彼女の態度を見聞きしているうちに私の心に生まれた感情。
私は意図して彼女の頭に腕を回して彼女を自分の胸の中に抱いた。
「エ、エノテラ様!?」
「ん! どうしたの?」
「その、これはちょっとどうなのかなと思います」
「私は愛玩奴隷を胸の中に抱いてるだけだよ」
種族特有の長く尖った耳。彼女はその耳の先迄深紅になって、全身に熱を帯びている。
これは大丈夫なのだろうか? 身体が熱いとか心配になる。慣れない環境のせい? それとも他の何かのせい? もしも病気だったらどうしたらいい?
シズク師匠が近くにいてくれたら心強かった。でもいない。いるのは私だけ。
アリナが、愛玩奴隷が頼れるのは主人である私だけ。
私はありきたりだけれど、愛玩奴隷の頭を撫でつつ、気持ちを安らがせる言葉を掛ける。
「大丈夫、大丈夫だよ。アリナ。治癒魔法」
一応行使しておく治癒魔法。こんなので愛玩奴隷の熱は下がるだろうか? 扱いは間違っていないだろうか? 何もかもが手探りで、思えば思う程に深みに嵌まる。
「迷路だよ」
ついつい弱音を吐く私。と同時に耳に聴こえてくる吐息。
ふと視線を下げて見ると、ぐっすりと眠りに就いている愛玩奴隷。
熱も下がっている。良かったと安堵したら私も急激に眠くなってきた。
私はこの日、普段よりもより一層心地の良い眠りに就くことが出来、私は今後、眠る時は愛玩奴隷と一緒に寝ようとそう決めた。
翌日からアリナは暇な時間は家事をするようになった。
私の家事能力が皆無であることを愛玩奴隷になって2日目にして悟ったよう。
料理に洗濯に掃除。なんでも器用にこなす。本当に元冒険者だったんだろうか?
実は家政婦でしたと言われても驚かない。
かと言って、彼女は元冒険者らしくないのかというとそんなことはない。
魔導士なだけあって、魔法の行使に長けている。
攻撃魔法、生活魔法、補助魔法、付与魔法、結界魔法等々。
卒なく使いこなすバランス型。攻撃魔法の威力をもう少し上げれれば、魔法使いの最高峰たる魔女になれる者。
私の愛玩奴隷は優秀。主人の私よりもしっかり者。
これでは私の立つ瀬がない。ダラけた生活習慣を直さないといけない。
いつも[今日こそは!]と誓いを立てるのに、誓いだけで毎日が過ぎていく。
1,000年以上の[刻]を得て身に染み付いてしまったダラけ癖は一朝一夕では修正出来ない。
私がダラけていても愛玩奴隷がいるから大丈夫。
という矛盾な気持ちが表沙汰になっているのも生活習慣を直せない要因の1つ。
何かしらの決定的なキッカケが欲しい。
それがあれば私もきっと……。
ところでここ数日の間に私と愛玩奴隷のアリナはかなり仲良くなった。
毎日、家事をしてくれたお礼を伝えて、頭を撫でたり、抱き締めたりする。
一緒にお風呂に入って、一緒に布団に入って眠る。
魔法を教え、鍛錬・研鑽を共にする。
これらの[事]を繰り返しているうちにアリナが私に絆されて私に懐いた。
そう言う私も似たようなもの。アリナを解放してはあげられない。
この娘は一生、私の愛玩奴隷。私無しでは生きられないようにするつもり。
「エノテラ様。今ってお時間大丈夫ですか?」
「ん! 丁度仕事の目途が付いたところだよ。何かあった?」
「えっと、今日の夕ご飯って何が食べたいですか?」
「アリナはカレーを食べたそうな顔をしてるね」
「うっ……」
「チキンカツカレーが良いな。ねぇ、アリナ」
「はい」
「おいで」
両手を広げて私の愛玩奴隷が私に飛び付いてくるのを待つ。
彼女は満面の笑顔で私の胸の中に埋まりに来た。
・
・
・
私のアリナが私の家に来て数年の月日が流れた。
ヒイラギの時期が終わる頃。あれは何年目の[事]だっただろう。
それ迄は私が作っていた霊薬を彼女が代わりに作るようになった。
愛玩奴隷に芽生えた自立心。正直言うと複雑な心境だった。
けれど、私は条件を付けて力業で自身の心を抑え、ねじ伏せた。
始めて1年目は私と同程度の代物だったのに、今は彼女の作る霊薬は私の作った霊薬の効能を超えて高霊薬と名が変わる程の物となった。
名が変わるだけあって、私作成の物、他の人が作成した物。
従来の霊薬の2倍の効果がある。
加えて体力回復・魔力回復霊薬の筈なのに、使用すると軽傷程度ならば治癒する能力がある。
彼女の霊薬作成の腕は巨匠の域。別の意味で恐ろしい。
その分だけ価格も高くなったけれど、高霊薬は飛ぶように売れていく。
冒険者には必須の道具。が、彼女は高霊薬にわざと制約を設けた。
飲用可能なのは1日につき3回迄。それ以上飲用すると副作用で全身に激痛が走るという制約。
霊薬中毒になるのを防ぐ為の措置。
制約があっても高霊薬の需要は高い。
お陰で彼女は連日仕事に追われている。
昨日も彼女は5時から20時迄仕事に奔走していた。
今日は休み。それを見越して先日の仕事明けに私に甘えてきた彼女。
煽られたので明け方近く迄抱いて潰してしまった。
可愛くて、可愛くて、可愛かった。
間もなく昼時。彼女が目を覚まして私に挨拶をする。
「……ふぁっ。おはようございます。エノテラ様」
まだ半分寝ている。眠気眼が愛らしい。
彼女からの誘惑に見えなくもない。
彼女を強く抱き締めてキス。ついでにそれとなく彼女の身体に触れる。
私からのキスで完全に覚醒した彼女は微笑みつつ私の手の甲を抓ってきた。
「何処触ってるんですか」
「ダメ?」
「起きたばかりですよ、私。外が暗くなる迄はお預けです」
暗くなってからならいいんだね。我慢するのは辛いけれど、仕方がない。
無理を通して彼女に口を聞いて貰えなくなったりしたら私は死ぬ。
「エノテラ様」
「ん?」
「そんなこと、私はしませんよ」
心を読まれた! ……そんなのは些細なことだ。今はそれよりも。
アリナからキスのお返しを貰った。身悶える程の可愛さの微笑みと一緒に。
「アリナ。暗くなる迄待つのが過剰に辛くなったよ!」
「すぐに暗くなりますよ」
「う~~~」
「呻ってもダメですよ」
笑いながら言うアリナ。
次の瞬間に彼女のお腹が鳴って、彼女は両の掌で夕刻の空の色に染まった自分の顔を覆い隠した。
「あぁ……、恥ずかしいです」
「アリナ。顔、見せて欲しいな」
「……………笑いませんか?」
「うん! 絶対笑わない。でも、多分キスする」
本当は多分じゃない。キスは確定事項。
私がアリナの、私にしか見せない顔に耐えられる筈がない。
"そ~っ"とアリナが自身の顔を覆った掌を外す。
露になる彼女のバツの悪そうな顔。恥辱が彼女の顔を幼子のようにさせている。
少女が幼子に退化。狂おしく好きと騒めく私の心。耐えられないよ。
私は私のアリナの唇に熱とありったけの想いの丈を乗せて、私の唇を重ねる。
私はひとしきり彼女の唇を貪った。
*****
夜。
待ち侘びていた時間だったけれど、それどころではなくなった。
夕ご飯の後でデザート代わりに食べたお酒入りのチョコレート。
モニカからの差し入れの品。
それによって、彼女は見事に酔っぱらった。
一口大のチョコレート。お酒の量は極めて少量。
その程度で酔うなんて思ってもいなかった。
「あはははっ。エノテラ様が2人います」
「アリナ。今迄の人生でお酒を吞んだ回数を教えてくれる?」
「お酒ですかぁ。お酒、お酒。お酒ってなんですっけ?」
「さっきアリナが口にしたチョコレートの中に入ってた液体のことだよ」
「ん~、エノテラ様が2人。左右の頬にキスして欲しいです」
「アリナ、聞いてる?」
「はい! 監禁してくれても良いですよ。エノテラ様」
話が全く嚙み合わない。通じない。
監禁しても良いって本気で言ってるの? 部屋を一室、専用部屋に作り替えるよ。
「エノテラ様。大好きです。私のご主人様」
「ふふっ。私も大好きだよ。私のアリナ」
「わーい。もう1回言ってください」
「あ! 通じた。アリナ、お酒を……」
「言ってたことと違います。私のこと嫌いですか? エノテラ様」
そんなわけないよ! だから"うるうる"した目で見ないで欲しいな。
抱き着いてくるアリナ。可愛いがすぎる……。
「エノテラ様……」
「私も大好きだよ。私のアリナ」
「てへへ。私、エノテラ様に私のアリナって言って貰えるの好きなんです」
「割とよく言ってると思うけれどなぁ」
「はい! なので大好きがもっともっと大好きになってます」
卑怯だよ! 可愛いがすぎる。抱き着いてきたアリナの言葉に魅了されて、彼女の頭を撫でようと手を差し出すと、その手に気付いた彼女が私が頭を撫でるより先に私の手に頬擦りをしてきた。
「うっ……」
「エノテラ様の手です。すべすべしてて、指が長くて綺麗で。この手が私をいつも可愛がってくれるんですよね。ありがとうございます。エノテラ様の手」
頬擦りを止めて私の手を掴み、お礼を言う彼女。
私の手が羨ましい。私の手は私なんだけれど。
「アリナ」
理性が限界。彼女に触れようと、もう片方の手を彼女の身体に伸ばそうとする。
と、私に凭れて眠っている彼女の姿がそこにあった。
「……ふふっ、物凄く可愛かったから良いよ」
約束は果たされなくなったけれど、良いモノが見えたから良いかな。
彼女をお姫様抱っこして寝室に移送。
私はいつものように彼女を自身の胸に抱いて、質の良い眠りに就いた。
*****
◇魔王シズク視点
今からは50数年前のワルプルギスの夜。
久しぶりに再会した私のバカ嬢子。
私の嬢子となった頃から何処となく危なげな性格の持ち主であったが、この時のバカ嬢子はそれに輪を掛けて儚げに見えた。
何かを、決して良いこととは言えない何かを決行しようとしている様子。
私はバカ嬢子の企みを阻止する為に話を持ち掛けた。
ペットを飼ってみたらどうかという話。
それからは音沙汰なし。私はバカ嬢子のことが気にはなっていたが、日々の執務に追われ、ご機嫌伺いなどに行くのは不可能だった。
そんな時だ。バカ嬢子から1通の手紙が届いたのは。
手紙の内容はペットを飼い始めたという話のもの。
始めの数行は微笑ましく見ていたが、後半になると私は頭痛に苛まれた。
バカ嬢子が飼い始めたのはペットはペットでも愛玩奴隷。
私が話したのは使い魔や犬や猫のことだ。愛玩奴隷のことではない。
愛玩奴隷は先代の魔王の負の遺産。
自分が気に入った者を無理矢理城に連行してきて……。というもの。
私が魔王の座に就いた際に真っ先に廃止させるつもりであったが、何がどうしてそうなったのか? 法の改正から当の事柄が漏れてしまっていた。
気付いてももう遅い。愛玩奴隷制度は長い[刻]を得るうちに魔族間での寵愛制度になっていた。
だがしかし、先代の魔王のように無理矢理にそうさせるのは禁戒行為。
暗黙だった規則を私は正式なモノにする為に[法]とした。
相手の合意が必要不可欠。だが、バカ嬢子はやはりバカだった。
禁戒行為をやっていた。如何に嬢子とて愚の骨頂な行為は見過ごせない。
私は情を捨てて、バカ嬢子の元に間諜を送り込んだ。
バカ嬢子は法に基づき悲惨な刑に処されることになるだろう。
自業自得だ。バカ者が。服役して己が犯した罪と向き合い反省しろ。
私はバカ嬢子に憤っていた。
ところが、だ。私の元に戻ってきた間諜達からの報告はバカ嬢子が私に寄越した手紙の内容のような行為は見受けられなかったというものだった。
バカ嬢子と愛玩奴隷とは主従関係でありながらにして、恋人同士でもあるような感じで仲睦まじく暮らしていて、街の人々にバカ嬢子と愛玩奴隷の間で禁戒行為があったのではないか? と聞いても誰もがそれは無いと口を揃えて言う始末。
オマケにバカ嬢子が1人の女性を無理矢理に愛玩奴隷にした場面を目撃した者を見つけることは出来なかった。
証拠が掴めない。それすなわち、バカ嬢子が手紙にしたためたことは戯言であるということになる。
私は小さく笑み、手紙を暖炉にくべた。
「精々幸せになれ。バカ嬢子」
呟き、それから報告に訪れた間諜達を労って解散の[命]を出す。
バカ嬢子に勘違いを教えてやること、バカ嬢子の愛玩奴隷を拝むこと。
次のワルプルギスの夜が楽しみだ。
私は遠くはない将来に思いを馳せつつ、魔族の国の指揮を今日も執る。