02.ファーストキス。
夜。
オムライスにミニハンバーグ、海老フライ、温野菜のサラダとコンソメスープ。
少しだけ豪華な夜ご飯をエノテラ様と共に食べ終えた私は2時間程度の自由時間を得て、お風呂の時間。
脱衣場でエノテラ様と共に服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になる。
冒険者をしていた割には貧相な身体。胸は小ぶりで肉付きはエルフ族の一般的な成人女性の平均と比べるとやや痩せている。筋肉もそんなに多くない。食事は毎日きちんと摂っているのに肉が付かないのはどうしてなんだろうか? エノテラ様から遺伝子というモノのことを以前習った。でも私は両親がどんな人なのか知らない。私は孤児院の出だから。両親に捨てられたのか、それとも他の事情なのか、なんで私は孤児院で育つことになったのか、それも知らない。
何にしても18年の間、私の面倒を見てくれた院長先生と職員の人達には凄く感謝をしてる。
エルフ族は魔族と同じで何事もなければ1,000年は生きる。0歳~14歳。或いは16歳、17歳、18歳、19歳、20歳迄は短命な種族・人間と同じ速度で成長をして、そこから先は心身共に老化が尋常でない程に著しく遅延を始める。次に老化が元の速度へと戻るのは950歳を迎えた時。それ迄は事実上若さが保たれる。
14~20歳迄と年齢に幅があるのは人によって老化の遅延が始まる年齢が違う為。
遅延の始まりは誕生日を迎えた日の午後12時に足元に1分間だけ青白い魔法陣が現れることで分かる。私の場合は14歳の時にそれが現れた。
それから4年後、孤児院は18歳を迎えたら退院という規律があるので私は規律に従って退院。
特にやりたいこともなかった私は10歳以上なら誰でもなれる冒険者になった。
1人の時もあったし、徒党を組んだ時もあった。
以後、本業は冒険者でエルフ族が成人となる100歳迄は副業としてあらゆる仕事に手を出した。
私の天職が見つかるかもしれないと思ったから。
ダメだった。天職を見つけることを止めて私は冒険者として生きることを決意。
エノテラ様の愛玩奴隷となるよりも前、118歳の前半迄、オグルと戦ってきた。
最後の8年間は苦い思い出。私をオグルの慰み者にした者達と共にいたから。
【レイヴンクロウ】あの者達の徒党名。
黒歴史だ。一刻も早く忘れたい。
視線を感じてそちらを見ると私の身体を凝視しているエノテラ様。
恥ずかしい。まだ湯を浴びてもいないのに身体が火照る。
視線を背けるとエノテラ様が私の腕を掴む感触が私に伝わってくる。
と、直後に覚える引力。収まると人肌の温もりと女性特有の柔らかさと香りとが私を包む。
エルテラ様に抱き締められていると理解する迄数十秒。
脳内大慌てになった私は私の大切なご主人様の名前を呼ぶ。
「エ、エノテラ様?」
「何? アリナ」
「えっ、えっと……。エノテラ様の、あの……、その……」
「いつも湯舟と布団の中でしてることだよ」
「ここで直に抱き締められたことってないですよね。なので、恥ずかしいです」
「愛玩奴隷を抱き締めてると落ち着く」
「エ、エノテラ様!? 匂いを嗅ぐの止めてください」
「すーっ、すーっ。アリナ吸い。日課にしたい」
「身体がもたないので勘弁してください!!」
浴場に入る前にごたごた。エノテラ様が落ち着きを取り戻したので浴場に入室。
エノテラ様に背中を洗って貰っている間に私は目の前に在る鏡に映る私を見る。
小顔。丸目で蒼玉の瞳孔、エノテラ様と同じ小鼻で薄い唇。
エルフ族の証。傾いた三角な長く尖った耳。乳白のセミロング。
胸は小ぶりで華奢な身体付きなのは鏡で見ても変わりがない。
「どうしてでしょう? 自分で言うのもなんなんですけど、私って少女に見えます。実際は成人済みの女性なんですけど」
「確かにアリナは少女に見えるね。人間で言うと10歳くらいかな」
「自分でもそれくらいに見えます。あの、失礼を承知で言ってもいいですか?」
「良いよ。けれどアリナの言いたいことを当ててみるね。私に治癒されてから幼さに磨きが掛かったような気がする。じゃない? 違う?」
「当たりです。エノテラ様の好みですか?」
「日焼けとかシミとか無駄毛とか肌荒れとかを処置したからだと思う。でも最近、また少し肌が荒れてきてるね。無駄毛も生えてきてるし。処置するね」
「……そこ迄荒れてますか? かさつきとか無いですよ?」
「アリナは私の愛玩奴隷だから艶やかでいて欲しい」
「エノテラ様がそう言うなら分かりました」
「んっ。後で一生、肌荒れも無駄毛も日焼けも無くすようにするね」
「え? は、はい」
雑談をしながらエノテラ様に背中を洗い流して貰った。
交代して今度は私がエノテラ様の背中を流す。
白くて、陶器のような滑らかな肌。
頬擦りしたくなる。欲望を理性で抑え込んで私はエノテラ様の背中を流すことに集中する。
洗い終わるとお互いに自分で身体の前と髪とを洗って湯舟に向かう。
今日はエノテラ様に誘われて露天風呂。かけ湯をして湯舟に浸かるとエノテラ様が私を手招きして呼んでいる姿が目に映る。
場所移動。エノテラ様に向かい合う形で私は抱っこされる。
私の腰に回されるエノテラ様の手。エノテラ様の首に回す私の手。
エノテラ様の家は広い。お風呂も内風呂と露天風呂があるくらいには大きい。
女性2人、抱き合わないと入れない広さじゃない。
私達を除いて残り8名前後は入れる広さ。
にも拘わらず私達は毎日こうやって入っている。
「アリナ」
「はい、エノテラ様」
「私の魔力を少しアリナに譲渡するね。さっきした約束」
「譲渡ですか? どうやってするんですか?」
「その前に確認。私の魔力を譲渡したらアリナは不死ではないけれど不老になる。寿命が無くなるってこと。それでもいい?」
エノテラ様の問い。顔に期待が見える。
この方は、勘だけど魔族の寿命を超えて生きている。
エノテラ様本人から多すぎる魔力は老化を阻害するってそう聞いた。
人嫌いな理由もそこにあるのかもしれない。
仲良くなっても皆に残されてしまうから。
寂しい思いをしたくないから人を自分で遠ざけている。
真のエノテラ様は普通の女性で寂しがり屋。
私の心に湧いてくる庇護欲。
寿命が無くなる。
今は想像もつかない。
「でも……」
「ん?」
エノテラ様と2人なら長生きするのも吝かじゃない。
私は破顔させて彼女の問いに応える。
「エノテラ様が生きることに飽きる日迄付き合います。その代わり、これから先も私のことを大切にしてくれますか?」
「約束する」
「じゃあエノテラ様の魔力を私にください」
「ん! アリナ、目を瞑って欲しい。初めてだから下手かも。ごめん」
エノテラ様の頬が仄かに紅い。
言葉と表情からして、これは要するにそういうことだ。
私は初心な女性じゃない。
その手のモノに関する一通りの知識は持っている。
1度はオグルに奪われたけど、エノテラ様の処置で私は真っ新に戻った。
お互いに初めてということになる。
お互いを見つめあう私達。
頬が。……顔全体が焼けるように熱い。
エノテラ様が私の腰から私の首に手を移動させる。
その行為を受けて目を瞑る私。
身体が引かれて唇が柔らかなモノに触れる。
エノテラ様の唇。びっくりした。
柔らかくて、気持ちが良くて、離れて欲しくないって心底思う。
舌で唇が開かれてエノテラ様の唾液が私の口の中に入ってくる。
強い魔力を察知。これを飲むことで譲渡が終わると第六感が私に告げる。
私は上品な甘さを錯覚するエノテラ様の唾液を身体の中に取り入れた。
「アリナ、身体は平気?」
「……? 特に異常はないですよ。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「遠い過去に私の本気の魔力を浴びせたドラゴンが私の目の前で八つ裂きになったことがあったから」
「そういうことは先に言っておいてくださいよ! 私、死んでいたかもしれなかったじゃないですか」
「忘れてた。アリナに何かあったらどうしよう……」
今更言われても困る。
本当にこの人は隙がないようで、何処か抜けている。
「アリナ、死んじゃダメ!」
「大丈夫です。エノテラ様の魔力、私に馴染んだみたいですから」
「良かった。愛玩奴隷を死なせずに済んだ」
「わっ! わっ! 泣かないでください。私なら大丈夫ですから。えっと、え~っと、す、吸いますか?」
何を言っているんだろうか。私。
エノテラ様の魔力が交わった副作用で、彼女の"ポンコツ"が私にも移ったのかもしれない。
私はこの言葉を言った後、エノテラ様に無茶苦茶吸われた。