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19.師匠の言葉。

◇エノテラ視点


 アリナ。私の愛玩奴隷(ペット)

 彼女との邂逅は今も尚、強く記憶に残っている。

 あの日、私は3日3晩の睡眠を得て起床したばかりだった。

 人は寝ている時に相当量の体力を消耗する。

 言わば私は極度の空腹状態だった。


 そこで、家の近くにある。……というか裏山に山菜を採りに行くことにした。

 動くのも億劫だったけれど、家には食べられる物が何も無かったのだから止むを得ない。


『魔法で食材を創ることが出来たらいいのに』


 この時の私の心情はこんなところ。

 魔法での食材創り。やろうと思えば実は出来る。でも魔法は魔法。空気と同様。

 魔法で創作した食材はお腹の中に入ると元のモノ。魔力に戻る。

 魔力は魔法を生み出す力。元のモノに戻られては空腹は満たせない。


「疲れたよ……」


 山菜と雑草。区別は頭の中にある図鑑を捲れば知れる。

 文句を言いつつ、私は"ぶちぶち"と裏山に生えている山菜を抜いては異空間の中に仕舞っていった。

 ……山菜が自生しているのは何も一ヶ所だけではない。


 新たな山菜を求めて山の中を移動中に不自然な物音が聴こえてきた。

 そこは目当ての山菜が群生している場所への通り道。一瞥すると両手足を麻縄で縛られて、口を布で猿轡を噛まされているエルフの女性がオグルに身体を暴かれていた。彼女の周りには、物言いからして彼女の仲間らしき者達が女性にとって最も屈辱的な現場を見て囃し立てている。

 同じ女性として気分の良いものでは無い。のだけれど。


 どうでもいい―――。


 私は極度の人嫌いだ。持って生まれた素質のせいでそうなった。

 故に私はこの特異な現場を知らんぷりを決め込んで歩を進める。


 ……筈だった。


 のに、私はオグルに身体を暴かれている彼女を救出しに駆け付けた。

 一瞥した折に私は彼女に心を射抜かれた。

 [彼女が欲しい]私は己の欲望に対して忠義を貫いた。

 私は魔王様。シズク師匠の嬢子(でし)で師匠の八の側近の人達に鍛えられた存在。

 暴食のラフレ、 色欲のキシニア、強欲のルプス、憂鬱のスカリ。

 憤怒のピオニ、怠惰のレイコウ、虚飾のサンドラ、傲慢のルフィン。

 皆、シズク師匠には劣りはするものの、勇猛無比の人物達。

 彼女達のうちの誰か1人でも戦場に出れば、相手方は不変なく生命を失う。

 だけでは済まずにペンペン草ことナズナさえも残されない時もある。

 そのような化け物達に導かれて魔女となった私。


 1つの[事]に集中すると周りが見えなくなる者。

 本能のままに生存している生命体・オグル。

 彼女に群がって本能を剝き出しにさせているせいで隙だらけ。

 お陰で彼女を救出するのは欠伸が出る程に容易な[事]だった。


 彼女の仲間達はオグルを難なく討伐した私に怯えて散り散りとなって逃亡をしていった。

 面倒臭かったので追いかけはしなかった。

 そんなことよりも、一刻も早く彼女を私のモノにすることを私は優先させた。

 家に連れて帰り、オグルに受けた心身の痛みを処置。

 彼女は仲間に裏切られたことが余程堪えたのか、私に処置をされている間は一言も言葉を発しなかった。

 口を開いたのは処置を終えた後。

 私の処置は身体は真っ新に出来ても心は治癒出来ない。

 出来るのは緩和。彼女が受けた傷は並大抵のモノじゃない。

 処置を施しても傷に負けて廃人となってもおかしくはない痛み。

 しかし、彼女は強く、そして律儀だった。


「ありがとうございます」


 こんな()だから闇に引きずり込まれるのだ。

 先程のことしかり、それに貴女の目の前にいる魔女は貴女が受けた[心]の弱みに付け込み、貴女をモノにしようとしている者。礼を言うなど実に阿呆だ。

 異空間から彼女に気づかれないように細心の注意をして取り出す隷属の首輪。

 これを私が持っているのは、シズク師匠が幹事。今からは50年程前に開催。

 魔女達の集い・ワルプルギスの夜に私に告げた重要な[事]に訳がある。


-

「バカ嬢子(でし)、生きるのが嫌になったらペットを飼ってみればいい。ペットは私達に生き甲斐を与えてくれるからな。まぁ、お前は私が言うことをバカらしいと思っているのだろうな。だが、いずれそんな時が来る。その時に私が言ったことをお前が行動に移せば、私が言っていたことが、ただの戯言か否か分かるだろうさ」


 私はくだらないとシズク師匠の言葉をこの時は切って捨てた。

 人の身では到底耐えられない筈の魔力量。

 私は膨大な魔力を持ってこの世へと産まれた。

 産まれた時点で私の脳と五感は思春期の少女並み。

 自分が普通の[人]ではないことを感知していて、バレると拙いことになると周知していた私は懸命に無能を演じた。

 暫くは上手くいっていた。皆、私の演技に騙されていた。

 騙されてくれていたのに、10歳となった頃に私は過ちを犯した。

 オグルに強襲された女性を救出して、私は女性を処置した。してしまった。

 処置(キュア)。ほんの一握りの者にしか出来ない芸当。

 私に向けられる人々の目は怯えた目。未知との遭遇。人々にとって未知なる者・私から彼女・彼らは距離を置く。

 助けた相手からも同じ目をされて、私は人とは[醜いモノ]と頭の中が冷えた。

 拗れた私の意志は修復不可能。

 私は両親を、人々を、故郷を捨てて旅に出ようと思い至った。

 その為に私が欲したのは[力]。力と言えば魔王様。

 今思えば短絡的な思考。しかし、その時の私は考えるよりも行動が先と考えた。

 私は魔王城へと出向いて謁見の間でシズク師匠に嬢子(でし)入りの志願をした。

 我ながら戯けている。シズク師匠が座している玉座の傍で左右に分かれて立って師匠を守護している八の側近の誰かに殺されても文句は言えなかった。

 運が良かった? と言っていいのか、どうなのか?

 私はシズク師匠と八の側近に笑われ、何故か嬢子(でし)入りを許された。

 鍛錬・研鑽は厳しかった。それに加えて同僚、この頃のモニカは厄介者。

 私はモニカに心を折られかけた。



 厄介者のモニカがいなくなり、私は魔女となってシズク師匠達の元から旅立ち。

 それより先は故郷を捨てて、辺境の地に居を構えて1人で生きてきた。

 過ぎゆく[(とき)]の中で私はとあることを身を以って知った。

 人の身に余る魔力は副作用として老化と寿命を無くすらしい。

 私は魔族の寿命1,000年を超えても生き続けた。


 [(とき)]は流れて私がこの世に生を受けてから1,600年。

 生きるのに飽きてきた。もう充分。後、幾許か生きれば体内の魔力を暴走させ、自分を喰べさせて消滅する段取りだった。

 終活前。シズク師匠から先の言葉を受けた。

 くだらないと切り捨てた癖にワルプルギスの夜。解散後に私は魔道具屋にいた。

 隷属の首輪を買う為に。他の人々からの言葉であれば、私はその者を嘲笑って、言葉を無視していた。

 しかして、私に言葉を授けたのはシズク師匠。恩もあり、特別な存在。

 だからこそ、シズク師匠の言葉を私は掬い上げた。

-


 彼女は油断している。

 私は愚かな彼女に隷属の首輪を無言で填めた。


「……え?」


 当然、彼女は首に違和感を覚えたと思われる。片手を私が填めた隷属の首輪へと伸ばし、触れさせた彼女は、その[物]が何であるかを理解してしばしの時間を私を罵ることと暴れることとに費やした。



 数分後。

 オグルに取り憑かれたようになっていた彼女は不意に大人しくなった。

 彼女の心中は彼女しか知らない。推測するに自身の境遇を受け入れることにしたのだろう。人生を諦めたとも言える。


 彼女に手を伸ばして触れる彼女の頬。

 私はすっかり鎮まった彼女に名を問うた。


「名前を教えてくれる?」

「……アリナです」

「いい名前だね。アリナ、貴女は今日から私の愛玩奴隷(ペット)だよ」

「……愛玩奴隷(ペット)

「そう。これからよろしくね」


 アリナからの返事はなかった。

 私から自身は今日から愛玩奴隷(ペット)だと聞いたから?

 伺える彼女の目の濁り。彼女は愛玩奴隷(ペット)を犯罪奴隷等の通常の[奴隷]と同一視をしている?

 私は彼女に酷い扱いをするつもりはない。可愛がるつもり。

 シズク師匠が愛玩奴隷(ペット)は可愛がらないといけないと言っていたから。

 背けば嬢子(でし)失格。シズク師匠の顔に泥を塗ってしまう。

 私は一先ず愛玩奴隷(ペット)のアリナをお風呂に連れて行くことにした。

 彼女の身体から発せられている匂いが若干気になったから。


 シズク師匠は言っていた。

 愛玩奴隷(ペット)はお風呂を好む()と嫌う()がいると。

 アリナはどっちだろう? 嫌う()だと面倒臭い。好きな()であって欲しい。


 彼女を連れて浴場へ。脱衣場ではひと悶着があったものの、浴場でアリナを洗うことに成功。

 幸いにも彼女はお風呂好きな()のようで、湯船に浸かる時に抱っこをしたら顔が深紅に染まったのが気にはなったけれど、終始気持ち良さそうにしていた。


「そう言えば、貴女の……。ご主人様のお名前を私はまだ存じていません。教えて頂けませんか?」

「私の名前はエノテラ、だよ」

「……エノテラ様。その、不束者ですがこれからよろしくお願いします」

「馴染むの早いね。アリナ」

「私が首輪を外して欲しいと言えば、エノテラ様は外してくださいますか?」

「外さないよ。アリナは逃がさない」

「でしたら、藻掻くより身分を弁えた方が心を平穏に保てるじゃないですか」

「そういう考え、こっちも楽で済むから好きだよ」


 お風呂から上がってのんびりとしていた時に交わされた私達の会話。

 こうして私は産まれて初めて愛玩奴隷(ペット)を飼うことになった。

 今から私の、愛玩奴隷(ペット)を懐かせる為の努力。試行錯誤が始まる。

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