18.2つの甘い日。
魔族の国ソロモン。その王都グリモルギスの中心地に位置する魔王城。
国の元首であり、城主である魔王シズク・エル・マツユキ様の呼び掛けで集った彼女の側近。我ら八の側近達は皆一様にため息を吐き出した。
また魔王様がこの国に新しいイベントを根付かせると言い出したからだ。
魔王シズク様。先代の魔王様を片手だけで倒した人物。
具体的に言えば、先代の魔王様の顔面を1発殴って意識を強奪した。
彼女の素性は全くの不明。出身地も経歴も如何様に手を尽くして調査しても出て来ない。
判明しているのは、この世界の生物の頂点に君臨出来る物理攻撃力を有していることと、この世界を滅亡させる魔力を有していること。この2点。
まかり間違えても敵に回してはいけない人物。
恐ろしくもあるが、彼女の人柄は先代の魔王様とは比べ物にならない程に良い。
先代の魔王様は力だけでこの国を支配していた。
魔王シズク様はそうではない。人の話を聞き、取捨選択をして物事を決める。
……のが基本だが、稀に自身の意見を押し通すこともある。
現在この国に広まっている文明とイベント事。
全て魔王シズク様の発案によるものだ。
この国の文明は彼女が君主となられてから大きく飛躍した。
誠に喜ばしいことだが、ますます彼女が何者なのか知りたくなる。
魔王城。執務室の円卓。それぞれの顔を見回す我ら八の側近達。
当の魔王シズク様は我らの思いを無視して先にも述べたことを堂々と繰り返して述べる。
「諸君。よく聞き給え。この私、魔王シズクはバレンタインデーとホワイトデーをこの国に広めることにする」
魔王シズク様の2度目の発言。困惑する我ら。
魔王シズク様は我らの思いなど知らずに不敵に笑う。
そのまま我らにバレンタインデーとホワイトデーの説明を開始。
……………。
「というイベントだ。分かったか? 分かったら直ちに各自が統治をしている領土に戻って今話したイベントを広めるように。今日の議題は以上だ」
魔王シズク様の声と共に我らが立ち上がる。
かくして魔族の国ソロモンに2つの甘いイベント事が産声を上げた。
*****
時は如月の14日。
私はエノテラ様の太腿の上に座って、彼女にご飯を食べさせて貰っている。
「アリナ。あーんして」
「はい」
「ふふっ、可愛い。アリナが作った物だけれどね。どう? 美味しい?」
「美味しいです。あの、食べさせて貰ってばかりも申し訳ないですし、エノテラ様に私が「あーん」しましょうか?」
「私は主人だから自分で食べるよ。アリナは愛玩奴隷だから私に甘やかされないとダメだけれどね」
すっかり日常になった私達の食事風景。
様々な場面でエノテラ様の甘やかし度がレベルアップしている。
私、ダメになっていく一方だけど良いのだろうか。……良くない!
こないだのこともある。自立心を取り戻さないと拙い。
エノテラ様から距離を置いてみようか。
仕事を探してみるのもいいかも。
家事以外にも何かがしたい。
「アリナ、ダメだよ?」
見抜かれてる。エノテラ様の洞察力、感服する。
こ、ここで負けたらダメだ。愛玩奴隷にも最低限の自立心が備わっているのだ。
犬や猫だってそうだよね。同じ[ペット]なら私だって許される……筈。
「家事以外のことも何かしたいです!」
言った! 言っちゃった。エノテラ様がどう出るか。
嫌われたらどうしよう。考慮してなかった。
「愛玩奴隷失格だね」っ言われたりしないだろうか……。
言わなければ良かった。もう遅い。言った言葉は元には戻らない。
エノテラ様から返事がない。嫌われた?
少しの自立心欲しさに生きる糧を失った?
代償が大きすぎる。彼女がいないと生きていけない。
「アリナ」
「は、はい!!」
声からは[怒り]は感じられない。
油断大敵。彼女の言葉を聞き終わる迄は緊張感を解いたらダメだ。
「条件が幾つかあるけど聞ける?」
「事と次第によります」
「うん。まずは1つ目。私がアリナを抱く回数を増やすことに反対をしないこと。今から良い?」
「い、今からですか?」
「ん! 今日はバレンタインデー。甘い物を好きな人に贈る日だよね?」
「そうですね。国のスイーツ店は何処も大忙しみたいですよ」
「私にとって1番甘いのはアリナだから、ね」
「……っ。大好きです」
ずるい! こんなの断れない。
彼女の首に手を回したら、私はお姫様抱っこをされてリビングから寝室に移送をされた。
ベッドの上に丁寧に身体を寝転がされた私は彼女に向けて手を伸ばす。
「エノテラ様、エノテラ様~」
「可愛い。甘えたになってるよ。アリナ」
「"ぎゅっ"から始めてください」
「歯止めが利かなくなりそう。ただでさえ近頃はアリナが生きて動いているだけで可愛いって思うようになってるんだよ? その私を煽るの?」
私が生きて動いてるだけで? 好きが重くて嬉しい。
彼女に抱き締めて貰って、なんとなしに犬の鳴き真似をしてみたら彼女は理性を失った。
身体が怠い……。ベッドから出る体力も気力もない。
私はこうなのに、彼女は艶々していて元気そうなのが釈然としない。
彼女の体力は何処から来てるんだろう? 魔力を体力に代えてる?
筋トレとかしてる様子もないし、謎すぎる。
「アリナ」
「はい」
「2つ目の条件。外に出る仕事は許さない。家の中でならいいよ」
「じゃあエノテラ様の目の届く場所で霊薬作りをさせてください。あの作業、実は結構好きなんです。ダメ……ですか?」
「アリナはそれでいいの?」
「はい! 我が儘を言ってしまってごめんなさい」
「はぁ……っ」
大きなため息。霊薬作りが好きって変なのだろうか?
料理作りと似てるところがあって楽しいのだけど。
大雑把に作れば効力が低い物が出来る。丁寧にやれば効力が高い物が出来る。
私は効力が高い物を作れるようになったからやり甲斐を感じる。
料理もそう。大雑把に作ればそれなりの物が出来る。
下ごしらえを丁寧にしたら美味しい物が出来る。
エノテラ様に食べて貰うのに大雑把な物なんて作れない。
頑張っているうちに料理作りがとても好きになった。
私は霊薬作りを生業にしたい。
「アリナは外に出て仕事がしたいのかと思ってた」
「え? 私は家事以外のことがしたいって言いましたよね?」
「私から距離を置きたそうな雰囲気を出してたから」
「実際、今迄よりは距離が離れるじゃないですか。霊薬作りを始めたら傍にいない時間が増えますし。でも休憩時間は傍に行きますね」
「私のアリナが可愛すぎるよ。……2つのこと守れる?」
「はい! ……そうだ。エノテラ様。服を着て座卓に移動しましょう」
「ん! 分かった」
服を着て場所移動。
異空間から前日の夜に作っておいたチョコケーキを取り出して座卓の上に置く。
エノテラ様に食べて貰いたくて作成した。ワンホールケーキ。
「アリナ、これは大きいよ」
「エノテラ様に食べて貰いたいって張り切ったらこの大きさになりました」
反省はしている。今だけでは食べきれない。
2~3日掛かると思う。けど、食べきれない分は異空間に収めておけば、いつでも食べられるし、良いよね。
「切り分けますね」
「ねぇ、アリナ」
「はい?」
「私に食べて貰いたいって言ったよね?」
「言いました。でもこの大きさのケーキを今全部は食べきれないですよね?」
「うん! けれど、この大きさになったの可愛い。大好きだよ、アリナ」
エノテラ様の声が弾んでる。可愛い。作って良かった。
「アリナ、おいで」
「ケーキもエノテラ様の太腿の上で食べるんですね?」
「アリナが食べるところを特等席で見られるの。幸せだからね」
聞いたの失敗だったかもしれない。夏の陽のように顔が熱い。
エノテラ様の前で迂闊なことは言えないな。
「アリナ、可愛い顔してる。夜は覚悟してね?」
「夜もですか!? 良いですけど、たまには私に主導権をください」
「ん! 善処する」
エノテラ様のこのセリフは考えておくねと同じものだ。私は知っている。
本当に考えるだけで結局は自分に従った言動をする。
今のうちに諦めておこう。朝、起きられるといいな。
願っていると、自分の太腿を"ぽんぽん"と叩いているエノテラ様が目に映る。
彼女が呼んでる。指定席に早く来るようにとの動作での言葉。
座すると私が切り分けた私の分のケーキを彼女が食べさせてくれる。
甘い。砂糖控えめにしたのに甘い。彼女が食べさせてくれるから。
「アリナ」
「はい」
「もうちょっと甘くするね」
「え?」
砂糖足りなかったのだろうか? 彼女の顔を見ると重ねられる唇。
濃厚なキス。もうちょっとじゃない。物凄く甘い。身体が蕩ける。
狙ってた? 唇が離されてから力なく彼女の瞳を見ると[色]がある。
知らされた甘さ。誘惑に踊らされる。
私は再度の甘味を彼女にねだった。
*****
時は過ぎて弥生の14日。
この日はバレンタインデーのお返しを貰う日の筈だ。
私はエノテラ様にバレンタインデーに贈り物をした。
なのに何故私はエノテラ様にお返しを強請られているのだろう?
「アリナを貰っても良いよね?」
「私、バレンタインデーにエノテラ様に贈り物をしましたよね?」
「そのお返しにアリナが欲しいな。嫌?」
言ってることがおかしい。
けど、それ以上に満更じゃない私はもっとおかしい。
「明日も霊薬作りの仕事があるので手加減してくださいね」
「それは今からのアリナの可愛さ次第だね」
私次第。エノテラ様の抱擁で素面でいられる自信なんてない。
甘やかされて、想いを貰って、色香に当てられて。耐えるの? 無理だよ。
私は朝方迄、エノテラ様に眠らせて貰えなかった。
自分の美麗な容姿を全力で利用するの止めてください。
はぁ……っ。もう。私の想いは今迄もこれからも変わりません。
だからエノテラ様の深い愛情は私にだけ与えてくださいね。
大好きですよ、エノテラ様。