16.私と彼女、2人の未来。
楽しかったクリスマスもあっという間に終わって平日。
あの後、雪祭りの会場を一通り見て回った私達は何事もなく帰宅して、魔王様に祈りを捧げた。
1分後には夕刻迄の戯れや雪祭り会場を余すことなく歩き回った疲れが相成り2人して怠け者。
ぐうたらと過ごし、早めに休んで迎えた最終日。
人嫌いのエノテラ様がわざわざ他人との交流を深めになど行く筈がない。
エノテラ様が行かないのであれば私も行かない。
最終日は彼女に私がまだ知らない未知の魔法について教示して貰い、お礼に霊薬の作成を手伝った。
体力回復の霊薬と魔力回復の霊薬。
普段は滅多に私に仕事を手伝って欲しいと言わない彼女が私が手伝うことを拒否しなかったことには理由がある。
睦月・如月・弥生・卯月・皐月・水無月。
文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走。
1年を半年ごとに分けたこの国ならではの月々の名称。
師走はクリスマスの後に大晦日というイベントが有り、更に睦月には元旦、正月というイベントがある。
大晦日と元旦と正月は騒々しいクリスマスとは違って静かで厳かなイベント。
4日間続くこのイベントの期間中は冒険者等休めない仕事を生業としている者達を除いて国民は身体を休ませることが推奨されている。
その為に大量に霊薬等の作り置きが必要なのだ。
食材等を売る商店も休みに入るので買い置きが必要。
クリスマス後は何かと忙しい。今日も私達はエノテラ様と私とで手分けをして、お互いのやるべきことをやっている。
エノテラ様は昨日と同じ霊薬作り。私はラストウスの街に出て食材の買い溜め。
帰宅したら大掃除が私を待っている。
あの家の大掃除。洗浄魔法を行使出来るようになったお陰で去年よりは楽観的でいられる。
洗浄魔法を知らなかった去年は最悪だった。
家の全ての箇所を手で掃除しなければいけなかったのだから。
この頃はエノテラ様が家事が全然出来ない・しないのもそれに輪を掛けた。
綺麗にしたばかりなのに汚していく残酷なご主人様。
私の、エノテラ様に対する微粒子の悲哀・憎悪はこれだ。
塵1つ無かった所がゴミ捨て場になっていた時には泣いた。
掃除のし直しなんてせずに新しい年を迎えようかと本気で考えた。
私の性格上、出来なくて泣く泣く掃除し直したけど。
掃除し直してからはエノテラ様をずっと見張ってた。
彼女が何かする度に、汚れが酷くなる前に片付け回った日々。
しんどかった。今年からはそういう[事]をしなくて良いと思うと、心が軽い。
「アリナちゃん、良い品入ってるよ。見ていっておくれよ」
「なんですか?」
「鯛だよ。鯛。目出鯛ってやつさ」
「是非見せてください」
街の人達から掛けられる声が有難い。
良い品を探し回らなくても商店の人達が教えてくれて手に入る。
財布の紐を緩め買い物。大晦日に元旦に正月。これらのイベント日はクリスマスと同じ、一種の戦いの場だ。
おせち料理。手の込んだ料理を振る舞う日。
当日には作らない。先に作って異空間に収納しておく。
商店間を機敏に移動。商店の人達からの声掛けの協力を得て、私は選りすぐりの食材と品物を手に入れた。
"ふんふん"と鼻歌を歌いながらご機嫌に就く帰宅の途。
家と街の中間地点で異空間から取り出す私の杖。
街を出てから私を執拗に尾行しているネズミが数匹いる。
魔法の発動の準備は万端。放っちゃっても良いけど、一応ネズミ達に声を掛けてみる。
「隠れてないで出てきたらどうですか? 私が気付いていないとでも思いました?」
ネズミ達が姿を現す兆しはない。
私の言葉は"ハッタリ"だとでも思っているのだろうか?
この期に及んで隠れたままでいるとは愚かしい。
わざと大袈裟にため息を吐き出して私は魔法を行使する。
「麻痺の呪縛」
木の陰や岩の陰、雪の中。10匹程のネズミが私の魔法で倒れ伏した。
木の陰や岩の陰なら兎も角、雪の中で埋もれるネズミもいるとは大したものだ。
尊敬なんてしないけど、心中でご苦労様と言いはする。
「さてと、空中遊泳魔法」
空中を漂わせて10匹のネズミを折り重ねて1ヶ所へ集わせる。
全部雄。彼らを魔力で威圧。するとリーダーらしきネズミが何か物を言いたそうにしている姿が目に映る。
幸いなことに偶然にもそのネズミは折り重なったネズミの1番下にいる。
そのネズミだけ魔法を解く私。魔法を解かれたネズミが喋り始める。
「アリナ様。アリナ様ですよね? 私共はロナン王国のボールドネス冒険者ギルドに所属している【ホーリーセアリアス】という冒険者でございます。この度は貴女様に我が国の冒険者ギルドに戻ってきては頂けないかと交渉に参りました次第です。勿論、それなりの報酬は用意してございます。ですからどうか戻ってきて頂けないでしょうか。何卒お願い致します」
「え? 嫌ですけど」
「即答! 何故でしょうか? アリナ様でしたら例え冒険者から離れていた空白期間があろうとも物ともせずにご活躍が出来ると私共一同は確信しており……」
「少しの間、静かにして貰っていてもいいですか? その間に今から私が言うことをしっかりと聞いてくださいね」
ネズミの正体は知っていた。彼らの目的も。モニカさんから聞いた通りだ。
知っていることを最後迄聞くのは煩わしい。
彼らの言い分を遮って私が話す。
「まずは最初に言っておきますね。私は何を言われても戻るつもりはありません。ですので諦めてください。それと、今の私は流麗の魔女の嬢子で幻月の魔女です。流麗の魔女の愛玩奴隷でもあります。これ以上私に付き纏うつもりなら私と彼女。2人の魔女を敵に回すものと思ってください。分かりましたか?」
彼らから返事はない。絶句してしまっている。
それ程に魔女という存在はこの世界において絶大なる力と権力の持ち主なのだ。
魔女がその気になれば、個人・組織・国等々。脅かすことなど造作もないこと。
故にネズミ達は口を開くことが出来ない。
さて、私は言うべきことは言った。
これでも尚、私をギルドに戻そうとするならば生命迄は取らずとも容赦しない。
最後に一睨み。私は踵を返して、大好きな人が待つ家へと向けて歩き出した足を数歩進ませた先で停止させた。
朝方に雪を掻き分けて進んだ道が新雪で埋まっているのを見たから。
ではどうやって帰宅をするか。考えて、杖を箒に変化させることを思いつく。
初の試み。箒にした杖に横向きで着座して空へと浮かぶ。
「初めてにしては上出来ですよね?」
エノテラ様と比べるとてんでダメだけど。
速度を出すのが怖い。それに不安定だ。私は箒の軌道を修正させる操作を何度も繰り返して、"ゆるりゆるり"と飛んでなんとか家に到着した。
*****
大晦日。
あれから彼らとは遭遇していない。
諦めてくれたのだと思う。
そうではなくても私に付き纏わないのならそれでいい。
さて、この日がくる前に大仕事を終えたエノテラ様と私。
私達は現在、寝室にいる。
リビングで夕ご飯の年越し蕎麦を食べ終えたら、突然彼女に抱き抱えられて寝室に移送された。
寝転がされるベッドの上。彼女の目を見ると、その気になっているのが分かる。
さっき迄は彼女は平常運転だったのに、突然[色]を表面に出してきた。
「アリナ……。いいよね?」
問い掛けの後にキス。聞いておきながら、私に返事をさせない。彼女がよく使う手口だ。
普段よりも倍増しで濃厚なキス。どんどん力が抜けていく。
軟体動物化した私の服に手を掛ける彼女。
私を脱がし終えたら、彼女は自身で脱いで私の身体の上に寝転がる。
「ふふっ。困惑してるね。可愛い」
「急にどうしたんですか? エノテラ様」
「モニカが教えてくれたんだよ。元旦を迎える直前にアリナを蕩けさせたら新年は爛れた日々を送ることになるんだって。私のアリナが、ね」
何てことを言ってくれてるんだろう。あの人。
出鱈目もいいところだ。そんな話、私は聞いたことない。あの人の作り話だ。
エノテラ様に説明を……。
「"とろっとろ"に蕩けさせてあげるね。可愛くて大好きな私のアリナ」
しなくてもいいか。大好きな彼女の手が私に触れる。
私が悦ぶことで増す彼女の色香。中てられて私もその気になった。
元旦を迎える直前に大好きな人を蕩けさせたら新年は爛れた日々となる。
モニカさんの嘘だけど、もしかしたら……。
では私が彼女を蕩けさせたら彼女がそうなるということ。
彼女の首に手を回して彼女を私の方へと引き寄せる。
首筋に甘噛み。絶対に私が彼女を蕩けさせる。させてやる。
と思っていたのに、主導権を彼女に渡しては貰えなかった。
私は家事以外で彼女には敵わない。軟体動物から元に戻っても、彼女が私の素肌に優しく手を触れさせるだけで私は全身の力が抜けた。
新年を迎える頃に蕩けていたのは勿論、私。
その頃には私は自身の目的を忘れて彼女に甘えていた。
ご主人様に甘える愛玩奴隷。
愛玩奴隷に優しくしてくれるご主人様。
大好きを伝え合って、草木も眠る丑三つ時。
私は私を大切にしてくれる人の胸の中で意識を失った。
*****
ラストストーリー(Ⅰ)
×年後―――。
私達の家。今日もエノテラ様と私はリビングにいる。
ソファの上。彼女に肩を抱き寄せて貰って少しばかり微睡んでいる。
「可愛い。アリナ、眠いの?」
「大丈夫……です」
「眠いなら寝てもいいよ?」
優しくて耳に心地良い彼女の声。
花の精霊に行ってきてもいいよ。と言われるけど、そんなの勿体ない。
「寝ません! エノテラ様とじゃれ合いたいです」
「そんなこと言われると起こしちゃうよ?」
「起こしてください」
彼女の顔を見て、相手に思考する暇を与えず重ねる唇。
彼女が得意な[事]の真似事。
離したら彼女の唇を右手でなぞってもう1度キス。
息を呑む彼女の気配が私に伝わり、纏っている雰囲気が変わったのも分かる。
「煽りすぎだよ、アリナ。じゃれ合いだけで止められそうにない」
「大好きです。エノテラ様。私、エノテラ様と長く添い遂げたいので生きることに飽きないでくださいね」
「……可愛すぎるよ。私から離れられないように依存させたい」
「その目的、とっくに果たしていますよ。エノテラ様。そうでなかったら、先程のようなことは言わないと思いませんか?」
「……っ。私の、アリナ」
爛々とした彼女の瞳が私を彼女の内に閉じ込める。
煽りすぎてしまったみたい。余裕が無さそう。
今日は優しさは期待出来ない。彼女の本能に潰されること請け合い。
意を決した方がいい。――そうさせたのは私だけどね。
「アリナ!!」
エノテラ様に肩を掴まれ、力尽くでソファの上に押し倒される。
強引なキスをされて、首に噛み付かれた。甘噛みじゃない。痛烈な噛み付き。
私はエノテラ様の本能に襲撃されながら慶福を想う。
常日頃大事にして貰えていることが改めて分かったし、エノテラ様の本能を垣間見れたし、他でもない私が彼女の[色]の本能を表沙汰に出来たのだから。
「エノテラ様、もっと強く嚙みついてもいいですよ? 私に全部を見せてください。教えてください」
「……っ。アリナをくれるってこと?」
「すでに全部あげてますけど、足りませんか?」
「足りない。全部貰うからね?」
「はい」
私はエノテラ様に全部あげたつもりだった。
つもりはつもりであって、あげていないモノもあったみたい。
私は夜明け迄エノテラ様に自身の身体の部位と、色事の専用の魔法を駆使されて抱き潰された。
-
どれくらいの時が経っただろう?
すっかり様変わりした世の中。
私達の家も時代に合わせた様相になった。
「アリナ。主人が出掛けるから、行ってらっしゃいのキスをしてね」
「私も一緒ですよ? エノテラ様」
「愛玩奴隷の仕事だよ」
「あははっ、はい。分かりました」
玄関前。私達はお互いに抱き合って目と目を交り合わせる。
お互いに顔を緩ませて、少しの時間を経過させたら私からエノテラ様にキス。
離れるとエノテラ様も私に予想外のキスをくれる。
「私にも、キスしてくださるんですね」
「アリナは私のアリナで愛玩奴隷だからね」
「これからもよろしくお願いします。エノテラ様」
「長い[刻]が流れても変わらずに可愛い。勿論だよ」
「照れます。えっと、キスも終わりましたし行きますか?」
「そうだね」
今日はエノテラ様とデート。
私達は好きの想いと共に手を握り合ってドアを開ける―――。
*****
ラストストーリー(Ⅱ)
×××年後―――。
今日から私は魔族の国にあるフェリシア女子学園の生徒。
息苦しかった生まれ故郷のエルフの里。一刻も早く出ていく為に私は死に物狂いで勉強に明け暮れた。
狭き門。努力が報われた日は嬉しさで夜通し泣いてしまった。
緊張する。中々最初の1歩が踏み出せない。
"そっ"と左手で触れる三日月形の髪留め。
私がまだまだ幼子だった頃に夜風に吹かれて、私の家・私室の窓から部屋の中に飛び込んできた物。
以降は私だけが知っている私の家の秘密の間に隠し、誰にも見つからないように封印した。
と言っても所詮は幼子のすること。玩具の宝箱に入れただけ。
鍵さえあれば簡単に開くことが出来る。辛い時や苦しい時にお世話になった。
宝箱の封印を解いて、触れると不思議と安らぎを得られるのだ。
まるで誰かに心身共に優しく包まれているような安らぎを。
エルフの里から出ることになったからにはもう隠し続ける必要はない。
私は封印を完全に解いて髪に留めてきた。
「ふぅ……」
落ち着いた。学園内に入園。入学式が行われるのは5日後。
これから寮生活を送ることになる私は一足先にこの学園にやって来た。
パンフレットを見ながら寮へと向かう。
途中、不注意で人にぶつかってしまった。
「痛っ。ごめんなさい。大丈夫ですか?」
結構な勢いでぶつかってしまったみたいだ。
尻餅を地面について痛みに呻く私。
「こちらこそごめんね。余所見をしていたから」
私より先に起き上がった私がぶつかった人。
この学園の大等部に在籍している人。先輩だ。
この学園は中等部から大等部迄在って、何処に席を置いているかによって制服と校章の色が変わる。
制服は中等部から高等部迄同じ。但し、校章は変わる。
と言っても、毎年付け替える訳ではなくて循環方式。
中等部、今年の1年生は白、2年生は銀、3年生は灰。
高等部、1年生は茶、2年生は金、3年生は橙。
来年になると中等部の1年生は今年の高等部の校章の色・橙になる。
中等部、来年の1年生は橙、2年生は白、3年生は銀。
高等部、1年生は灰、2年生は茶、3年生は金。
こうなるということ。
大等部には制服は無い。私服。その代わり、学園関係者であることを示す為。
大等部に在籍していることを示す為に白金のブローチを胸に留めることが規則になっている。
彼女の胸にはそのブローチが在る。それで先輩であることが分かった。
「手を貸すね。私の手を取って」
「あ、はい! ありがとうございます」
優しい人だ。差し出して貰った手を取る私。
彼女の手を借りて立ち上がったと同時に彼女の雰囲気が変わる。
「見つけた」
「え? 何をですか?」
「私が長年飼いたいなって思っていた愛玩奴隷」
首に覚える違和感。金属の感触。
私の学園生活は波乱から始まることになった。
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魔女に拾われ奴隷にされた私。待っていたのは、幸福でした。
本編 Chapitre complet Fin.
ご拝読ありがとうございました。
2つの未来。分岐点。彼女達が進んだ道は果たして?
そこは読者様に一任したいと思っております。
ではまたいつか別の物語で……。
作者こと彩音
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