15.私と彼女のクリスマス その2。
朝。……だと思ったけど、寝室内の眩しさ具合から察して昼過ぎ。
ぐっすり寝ていた。と言うか、眠らされた?
エノテラ様は魔力だけではない。体力も化け物。
私は彼女に最後迄付いていくのは無理だった。
爛れ切って疲弊した夜だったけど、彼女に恨みはない。
恨みとは正反対。彼女に求められて至福だった。
彼女の胸の中。顔を上げると交わる視線と視線。
私より先に彼女は起きていたらしい。
自然現象は発生していない。私が起きるタイミングを見計らって洗浄魔法を彼女が行使してくれていたということ。
私のご主人様が最高すぎる。
最高だけど、ダメになる。
気を引き締めなくてはいけない。甘やかされるばかりではいけない。
いざとなったら私がエノテラ様を支えられるように……。
「おはよう。私のアリナ」
「おはようございます。エノテラ様」
「ふふっ、大好きだよ。アリナ」
「……!! エノテラ様! 今なんて言いました!?」
「なんて言いました!?」なんて質問したけど私には聞こえてた。
「大好きだよ」彼女は間違いなくそう言った。
私じゃなくて彼女が。仰天して硬直する私の頭を彼女が優しく撫でる。
撫でて貰っているうちに解れていく私の身体。
彼女の手が止まり、その手は私の後頭部に移動して押さえとなる。
下げられる彼女の顔。触れ合う唇と唇。濃厚なキス。
唇が離されると私を抱き締めて彼女が微笑む。
安らぐ……。心身共に彼女の温もりに触れて安心する。
さっき気を引き締めると決意した矢先にこれ。
エノテラ様は私をとことんダメにする人だ。
「私も好きを言葉でも伝えることにしたんだよ。そうしたら、アリナがもっと私に夢中になるかなって下心があるよ」
「正直ですね。普通は下心云々のところは隠すところだと思いますよ?」
「私のアリナは言った方が効果があるからね」
「うっ……」
否定不可能だ。私は言われた方が心地良くなる。
私に関心を持ってくれているんだなぁって前向きに捉えるから。
但し、エノテラ様に限る。他の人から言われたらドン引きする。
エノテラ様から言われることに意味があるのだ。
「さて、今日はどうしようか? 雪祭り行く?」
「そうですね。でも行くなら夜がいいと思います。光の装飾がされてますから」
「そっか。じゃあそれ迄は私のアリナを蕩けさせようかな」
「爛れはダメですからね? 服を返してくれますか?」
「どうせ脱がすことになるのに?」
「……朝ご飯食べますか?」
「今、自分も私をそうするかもって考えたよね?」
「今日も作り置きでいいですか?」
「話を逸らすの可愛い」
今日も朝ご飯は寝室の座卓。並べると昨日と同じく彼女が私にご飯を食べさせてくれる。
抵抗なく受け入れている自分が怖い。今日も最後迄食べさせて貰った。
食べ終えると彼女に抱っこを要求。私の願いをすんなりと叶えてくれる彼女。
「そろそろ蕩けさせるね」
言葉と共に私の首を彼女が舐める。
彼女に与えられる感触に"ぞくぞく"する。
「私を抱き締める力が強くなったね。アリナ」
「これは、その……。自然なことです」
「そっか。じゃあこうしたらどうなるのかな?」
「何をするんですか?」
彼女が私の背中を摩りながら、先程舐めていた箇所を甘噛み。
入っていた力が彼女に吸収されていくかのように抜けていく。
数分後には私は彼女に身体を預けることになった。
「蕩けたね。弱すぎだよ、アリナ」
「エノテラ様が私のことを心得すぎてるんですよ!」
「飼い主だからね。ベッドに行く?」
「爛れはダメって言ったじゃないですか」
「戯れならいいよね?」
「それなら、はい」
今日は肩担ぎ。落差がありすぎ。甘味は何処に行ったの?
移送されたベッド。彼女の胸の中に私の頭が埋められる。
……大好きな彼女の中で私が1番好きな部位。
"すりすり"と頬擦りをする。擽ったそうにする彼女が可愛い。
「もっと私に甘えて。アリナ」
抗えない彼女の包容力。私は彼女の掌の上で踊らされている。
戻ってくる身体の感覚。手脚も使って私は彼女に絡み付いて甘える。
仕舞いには彼女の身体を頼りなくも守っている布の存在が鬱陶しくなった。
彼女が朝ご飯前に言った通りだ。彼女を見ると小さく笑っている。
見透かされてて恥ずかしい。けど、許可を得たということにしてもいいよね?
そろそろ夕刻。
この時期は陽が落ちるのが早い。薄暗くなってきている寝室。
私達はまだ戯れ合っている。私の身体の上には彼女。
お互いの首に手を回してキス。長時間の戯れで寝室に独特の空気が漂っている。
彼女が洗浄魔法を使えば良いのだけど、この空気が愛しいのか使わないでいる。
匂いと薄暗さ。彼女の[色]を演出していて理性が飛びそう。
どうにかこうにか堪えて首の皮一枚で繋がっている。
この後で雪祭りに行く予定を立ててなければ吹っ飛んでいただろう。
自分自身と彼女に敗北を喫してばかりだ。昨今の私。
「アリナ」
彼女が私の腕を掴んで自身の頬に触れさせる。
軽い動作で私の世界は彼女一色。
周りが視えていて、視えない。
「大好きだよ。これからは沢山アリナを甘やかすからね」
「もう充分に甘やかされてる気がしますけど……」
「私がいないと生きていけないくらいになってくれたら嬉しいな。前に私を置いて逝こうとしたこと忘れてないからね」
あれはエノテラ様を救おうとしたんだけどなぁ。
エノテラ様の気持ちも分かるけど、事情も顧みて欲しい。
とは言え、あの時に風が吹かなかったら私は今頃はこの世界にはいなかった。
では、エノテラ様に弁明をしても言い訳となる気がする。
「私は執念深くて独占欲が強いの知ってるよね? アリナ」
「はい。それと自由な方なのも知ってます」
「ふふっ。そろそろ雪祭りに行く準備しないとダメだね。戯れは終幕かな」
「ですね」
「最後にもう1回……」
濃厚なキス。私達は長きに渡る戯れを終わらせた。
*****
夜。
雪祭り会場。
訪れるのは今年で2回目。
[エノテラ様と一緒に]という言葉が付属するけどね。
前提を抜かすと5~6回目だ。いつ来ても心が弾む。
物語の世界から飛び出してきたかのような雪像。
光の装飾があるのが美感に一役も二役も買っている。
「わぁぁ!! エノテラ様、エノテラ様。私、この子絵本で見たことあります」
「ふふふふふっ。私も見たことあるよ」
「有名ですもんね」
エノテラ様と手を繋いで歩く雪の道。
はしゃぐ私を笑んで見てくれるエノテラ様。
はしゃぎすぎて手を放しそうになると彼女が速攻で捕まえてくれる。
お陰で逸れないで済んでいる。感謝、感謝だ。
「エノテラ様」
「ん?」
「エノテラ様がいます」
「うん?」
落ち着きなく、あちらこちらに目を彷徨わせていると私は見つけてしまった。
雪像のエノテラ様。作成者はモニカさん。
隣には雪像の私もいる。雪像のエノテラ様の腕に絡み付いている雪像の私が。
足を止める私達。背後から聞こえてくる声。
「お姉様とアリナちゃん。来てくださいましたのね」
「これ、モニカさんが作られたんですか?」
「そうですわ! 如何です? 自信作ですのよ」
「私だけだったら壊してた。アリナがいるから今回は褒めてあげてもいい」
「実は私も少し離れて後ろにいますのよ。今みたいに」
「……モニカはいらない」
「お姉様~~~」
さめざめと泣くモニカさん。
代り映えのない風景に安心する。
"じ~っ"とエノテラ様の雪像に魅入る私。
精巧に出来ている。三日月の髪留めが足りない点を除いたら。
渡したのは昨日のことだから足りなくて当たり前だけどね。
「アリナちゃん、本物のお姉様が怖い顔で貴女を見てますわよ」
……!! モニカさんに言われてエノテラ様を見る。
眉を潜めた彼女の顔。何も雪像に嫉妬なんてしなくても……。
「アリナ。甘やかしが足りなかった?」
「雪像に嫉妬しないでくださいよ」
「私がアリナの雪像に魅入ってても平気?」
エノテラ様が私を置いて私の雪像に魅入る?
嫌だ。本物の私がここにいるのにって気分になる。
私が悪いね。
「ごめんなさい……」
「ん。分かればいい。ところでモニカ」
「はい? なんですの。お姉様」
「冒険者達の間で話されてる噂は事実?」
「私も詳しくは知りませんわ。ただ、魔王様とあちらのギルドのマスターの間とで裏取り引きがあったとかなんとかという話がありますわね」
「ギルドマスターが関与してるの? どういうこと?」
「アリナちゃんを失ったことはあちらの冒険者ギルドにとっては相当な痛手だったようですわよ。そのことを知った時のギルドマスターは誰も手が付けられない程に暴れ回ったとか聞きましたわ」
「なるほど! 話が真実味を帯びてきたね。……アリナは優秀だったんだね」
「ええ。ですからアリナちゃんを再び懐に得る為の不審な動きがあるようですわ。気を付けてくださいませ。お姉様」
「私のアリナを、ね。忠告受け取ったよ。ありがとう、モニカ」
「どう致しましてですわ」
エノテラ様とモニカさんのひそひそ話。
私にも聞こえた。当人からすると今更で迷惑千万でしかない。
不穏な動き。心に留めておこう。
エノテラ様の手を引く。
面倒事は一旦放置して雪祭りを楽しみたい。
次の場所に向かうよ!!