13.クリスマスの戦場。
クリスマス。例によって魔王様がこの国に広げた文化。
魔王様の誕生日をお祝いするイベント。
このイベントは前夜祭、中夜祭、後夜祭がある。
魔王様の誕生日は中夜祭。この日の夜には国民全員が魔王様のおられる魔王城に向けて誕生日を祝福する祈りを捧げることになっている。
夜であればいつでもよく、特に時間は指定されていない。
但し、[夜]に祝福することが暗黙の了解になっている。
[夜]に祝福を捧げられない理由がない限りは。
他の時間帯は何をするも自由。祝福も1分だけで終わるとやっぱり自由。
魔王様が広げた文化。帳本人が国を挙げての1大イベントだと豪語したことで、国民達はクリスマスを別名:[祝宴の日]と呼んでいる。
国中に出回る飲食や雑貨を売買する屋台。
光を放つ魔道具が装飾されて彩豊かになる木々や建物。
家庭では3日間のうちの何処かの日に七面鳥の丸焼き。または鶏の丸焼き。
もしくはフライドチキン。他にピッツァ。ケーキ等が食卓に並べられる。
家の中でも外でも楽しくて騒々しい3日間。
ついでに1日、1日、1日に役割がある。
前夜祭は恋人・婦々・夫々、夫婦・主従愛の日。
いずれかの関係に当て嵌まる者達はパートナーと共に過ごし、愛や好きを確かめ合って絆を深めあう日。
どれにも該当しない者達は自分をいつもより少し可愛がって大切にする日。
中夜祭は魔王様への祝福の祈りの他に雪祭りが催される日。
絵本や他の媒体の物語の登場人物や著名人や文化的価値のある建物や魔王城等が雪や氷を削ったりする工程を得て作られ、開催場所に訪れる人々を楽しませる。
後夜祭は国民皆で盛り上がる日。
特定の広場で開催され、知っている人も、知らない人も共に雑談や踊りを通して交流をする日。
尚、参加は義務ではない。参加するもしないもその人次第。
クリスマスを締めくくる日。花火が打ち上げられたりもする。
今年も人々が多種多様な喧噪を繰り広げるイベントの日がやって来た。
今日は前夜祭。魔王様には申し訳が立たないのは重々承知。
けど、私にとってはイベント日の中で1番大切な日。
だって、大好きなエノテラ様と[好き]を深め合う日だから。
今は朝。私は1人でラストウスの街に訪れている。
あの日、半壊したこの街。というよりもこの国。魔王様と八の側近の人達の活躍で短期で復活を遂げてあんな事件なんて無かったかのような状態。
だけども、破壊されたまま残されている建物が一部だけある。
痛ましい事件は確かにあったのだと、人々の記憶から抹消させないようにする為の記念的建造物として。
私は[痛み]の意味を以たされて残された建物の横を饒舌に尽くしがたい気持ちになりながら通り過ぎていく。
あの男達が起こした事件。男。今や顔すら霧が掛かったようにボヤけてしまって鮮明には思い出させない。
正確にはあの男の顔だけじゃない。【レイヴンクロウ】全員の顔を忘れた。
たったの数日だ。その期間で8年もの[刻]を共に過ごした者達の顔を忘却するとは私は薄情者なんだろうか。
「考えてみれば、私も咎人なんですよね」
自分自身が吐いた呟きで足が止まる。
あの男達の目的の中に私を拉致することも含まれていた。
これは立派に私も犯罪に加担したことになるのではないだろうか。
だったらどうすれば良かった?
あの日、オグルに捧げられたあの時にエノテラ様が救出してくれようとするのを拒絶していれば良かった?
それで【レイヴンクロウ】の誰かが助けに来るのを待てば良かった?
助けが来ることなど確定していないのに? 待っても誰も来なかったら私は心身共に壊されていた。
そうなっていれば事件は起きなかったかもしれない。でも私は……。
【レイヴンクロウ】の副団長。名前なんだっけ? と再会した時に彼の言う通りにしていれば良かった?
屈辱を吞み込んで、彼に全面降伏していればそれで済んだ?
「ははっ」
乾いた笑いが漏れる。
ある意味で事件の加害者であることは完全には否定出来ない。
亡くなった人達のことを冒涜するつもりは毛頭ない。
無いのだけど、私が自身を犯罪者と呼ぶのは私の傲慢ではないだろうか。
悲劇のヒロインに酔いしれてるだけ―――。
これが正しい気がする。
エノテラ様に話したら、微妙に言葉を変えてそう言われるだろう。
それから子供を諭すみたいに叱られて、私が理解したら甘やかしが始まる。
情景が目に浮かぶ。先の私の考え、実に愚の骨頂だ。
止めていた足を再始動させる。
今回は前回の[事]を教訓にして書き置きを残してきた。
エノテラ様がまだ寝ている間に家を出て来た。
用意は周到。とは言え、出来れば彼女が起きる前に帰りたい。
書き置きがあっても心配させてしまいそうな予感が"ひしひし"とするし、彼女が起きた直後から今日という日を楽しみたい。
「急ぎましょう」
街を速足で歩く。
相も変わらずに私を可愛がってくれる街の様々な人達から呼び止められるけど、今日ばかりは立ち止まるわけにはいかない。
急ぎの用事があることを伝え、頭を下げて目的地へ向かう。
10分程歩いて到着。ここは雑貨店。エノテラ様に渡すプレゼントを買いに来た。
……開店直後だというのに人でごった返している。
クリスマス前夜祭の活気を甘く見ていた。去年は早めに買っていたからこんなになるなんてこと知る由もなかった。
「はぁ……っ」
今年も早く買っておけば良かった。間に合えば良いとダラけてしまっていたことを後悔。
私はこれから戦場に1人、出向かわなくてはならない。
悔やんでも悔やみきれない今年の私の怠惰。
来年は去年と同様に早めにプレゼントを買うことを決めた。
「ん~~っ。良し!」
目星は付けてある。
人が群雄割拠してはいても開店したばかり。
私が欲しい品物はまだある筈だ。
ある……よね?
店に決死の突撃。
人に圧し潰されながら目的の品物を発見。
残り1つ。私は自分が風の精霊になったかのような素早い動きで残余分を確保。
無事に欲しかった品物を入手した。
*****
エノテラ様にプレゼントしたいと思っていた品物を買えた喜び。
心中で小躍りしながら帰宅。
心配していた彼女は丁度起きたばかりで私が書いたメモを手に取って読んでいる最中だった。
思えば一線を越えた辺りからだ。私も彼女も行動と考え方が良くも悪くも大きく変わった。
特に彼女はそれが顕著に現れている。以前は放置していたら3日は寝てたのに、朝になるときちんと起きるようになったし、全然やらなかった家事を基礎中の基礎くらいはするようになった。
手に取った物を元の場所に戻すこと、ごみ捨て、自分が汚した物等を拭くこと。
他の担当は変わらずに私。彼女は私の担当事には手を出さない。
それでいい。手に取った物を元の場所に戻してくれるようになっただけで十二分に掃除が楽になった。
生活を進歩させた彼女が私の顔を見て首を傾げる。
「あれ? アリナ。出掛けたんじゃなかったの? 今から行くの?」
可愛い。朝から眼福。頬を緩ませてエノテラ様の質問に私は応える。
「行って、帰宅しました。おはようございます。エノテラ様」
「ん! おはよう。私のアリナ」
「朝ご飯すぐに用意しますね」
今日の分のご飯は全部先日のうちに作って異空間に収めてある。
そこから取り出して、リビングの机に並べるだけなので自身の言葉通りに即座に用意が出来る。
エノテラ様が起きているかを確かめに訪れただけの寝室。部屋から出てリビングに行こうとする私の腕を彼女が掴む。
「待って。アリナ」
何事だろう? 振り向くと意味深な顔をした彼女。
抱き寄せられて朝から濃厚なキス。
寸刻が経過して唇は離されても身体は彼女に抱かれたままで身動きが取れない。
「エノテラ様。前夜祭の楽しみはご飯を食べてからにしませんか?」
「寝室にも机はあるよ」
そう言って彼女が指を差す机。そこにあるのは白の円形な座卓。
今日は1日を寝室で過ごそうということだろうか?
彼女の望みなら私は受け入れを選択する。
……解放してくれないとご飯が出せない。
彼女に解放を伝えようとする度に唇を唇で塞がれる。
自由な人だ。諦めて私は彼女にされるがままになる。
朝ご飯にありつけたのは、帰宅して1時間半の[刻]が経過してからだった。