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12.愚者の刑、奇妙なる噂話。

 大好きな人と無事に再会出来たことを2人共に喜び合ってから半時後。

 互いに心の安寧を取り戻したエノテラ様と私は、今回の[事]を引き起こした犯人の顔を改めて拝みに行くことにした。

 その者のことはモニカさんが見張ってくれている。

 魔導具士なのに間諜のようなモニカさん。

 実は間諜の資格も持っていることを私はこの時に初めて知った。

 自分が開発した魔道具を駆使して暗躍。

 時には雇い主に相手の情報を流し、時には犯罪者を捕えているらしい。

 でも思えば、過去にエノテラ様に【レイヴンクロウ】についての調査を頼まれ、それを成し遂げていた。間諜の資格を取得していたからこそだ。納得。

 今回も[野蛮なる鬼を誘う霊薬(バーブレスポーション)]の臭いを探知する魔道具を使用して犯人の元へと辿り着いたとのこと。犯人を追い詰めてからは、活躍したのは睡眠の霊薬(スリープポーション)

 眠らせたら麻縄で蓑虫にするだけの簡単なお仕事。

 犯人の前方に立った私達は非常識極まりことを仕出かした者の顔を見る。


 予感はしていた。案の定だった。

 犯人は【レイヴンクロウ】の団長シュムッツ。

 私の顔を見るなり、彼が私に言葉を投げ掛けくる。


「久しぶりだね、マイハニー。君と再会出来て僕の心は悦びに打ち震えているよ」

「マイハニー? 誰のことですか?」

「どうしたんだい、アリナ。僕と思わぬ再会をしたことで照れているのかい?」

「気持ち悪い!」


 つい、口から発してしまった強くて穢れた言葉。

 咄嗟に口を押えてエノテラ様の反応を恐る恐る伺う。

 私が発した言葉で引かれたらどうしよう。彼女に嫌われたくない。

 恐怖する私が見た彼女は私ではなく、シュムッツに対してドン引きしていた。


「ねぇ、アリナ」

「はい」

「私のアリナをオグルの巣に投げ込んだのはこいつだったよね?」

「……主犯格ですけど、私を投げ捨てたのは【レイヴンクロウ】ですね」

「それで、"いけしゃあしゃあ"とアリナに恋慕を語るなんてね。凄いね」


 この男は昔からそういう男だ。何も変わっていない。

 顔立ちは整っている。【レイヴンクロウ】に所属していた女性曰く美丈夫。

 私にはさっぱり分からない観念。中身を知っていても、いなくても同じ。

 私はエノテラ様以外の人達に[美]を当て嵌めることが出来ない。

 とりあえずエノテラ様に嫌われてはいないようなので、シュムッツに今回の事件を何故行ったのかについて理由を聞く。


「貴方は何を思ってオグルを誘うようなことをやらかしたんですか?」

「僕の犯行動機が知りたいのかい? 君が僕に奉仕してくれるなら応えてあげるよ」


 ……この男も現在この国で禁錮されているゲマインも脳みそ下半身だ。

 特にシュムッツは[自分が常識]と考えている者だから性質(たち)が悪い。


 喋る気力を失った。過去の私は今より断然[心]が強かったんだなぁと認知した。

 もう家に帰りたい。でも帰れない。因縁をここで断ち切る為に。

 私は今一度、心を奮い立たせてシュムッツとの会話を試みる。


「質問を変えますね。私はオグルに捧げられました。貴方が【レイヴンクロウ】の皆を強要した結果によるものですか?」

「違うよ、ハニー。君の結果は皆の総意さ。君は反省しなくちゃいけないよ」

「そうですか」


 シュムッツの話を聞き終えて口角が上がる。

 私が【レイヴンクロウ】に残してきた唯一の憂い。彼の告白で掻き消えた。

 気分は上々。【レイヴンクロウ】の皆が皆、シュムッツと同じ類の人種なのだと知れて満足した。

 過ぎたるは及ばざるが如しな一面が表面化したけど、それはもう良い。

 彼らという存在と一緒に忘れてしまおうと思う。


 聞きたいことが聞けた私は口を閉じる。

 鏡が無いから自分がどのような顔をしているのかは不明。

 大方、ブロッサムの陽気のような顔をしているのだろうと予想。

 シュムッツには、この男には私が何故に晴れ晴れとした顔をしているのか見当がつかないらしい。

 不可解な顔をして私の顔を眺めている。


「ハニー、君はどうして曇りのない瞳をしているんだい? 僕は君に反省を促した筈だよ。太陽の光のようで眩しいよ」

「私の象徴は太陽ではなくて月ですよ」


 論点のすり替え。話題の異なり? この男のことなんて最早眼中に無い。

 相手にする価値もない人物の話など真っ正直に聞く必要など無い。

 ので、私は話の一部だけを聞いて返事をした。

 こんな男でも私に相手にされていないことを私の返事から汲み取ったようだ。

 捨てられた子犬のような瞳をして私の瞳を射ってくる。


 ……何の感慨も湧かない。

 私が男に関心を持たずに顔を背けると、男は哀愁漂う声で私に鳴いてきた。


「ハニー、君の[無]な態度が哀しいよ。僕は君のことを愛してるんだよ。どうして君は僕の愛慕を素直には受け取ってはくれないんだい。懐いてはくれないんだい。僕は器が大きい人さ。君が反省さえしてくれたら僕達は君を許すよ。僕達に謝罪をして【レイヴンクロウ】に戻っておいでよ。そうしたら僕は君を毎晩可愛がって、あ・げ・る」


 私は男に何の応答もしない。夜も更けてきた。欠伸をする。

 私の隣に立っている私の大好きな人。彼女の腕に私は身体を巻き付ける。


「エノテラ様! 眠くなってきました。帰ってお風呂に入って、エノテラ様の胸の中で眠りたいです」

「ねぇ、アリナ」

「はい」


 エノテラ様がなんだか異様だ。底冷えする瞳で男のことを睨んでいる。

 割と強い眠気で頭が回らなくなってきた私は彼女の瞳の訳を図れない。


「エノテラ様……。温かいです」

「アリナは()()()()()だよね?」

「……? そうですよ。エノテラ様の私です」

「今更だけれど、アリナは過去に誰かと恋仲になったことってある?」

「無いですね。ふわぁ……。私とエノテラ様も恋仲ではなくてご主人様と愛玩奴隷(ペット)ですよね?」

「私と恋仲になりたい?」

「今のままがいいです」


 エノテラ様の腕に絡みついて眠気眼。

 意識は半分眠りに就いている。

 私の応えを聞いて男と語り始める彼女。

 彼女の話の中には警告も混ざっている。


「聞いてもいい。アリナのことをハニーだとか愛しているだとか。どの口が言っているの? 愛していたらこの()をオグルの巣に放り捨てたりしないよね」

「反省を促すには覿面だと思ったんだよ。悲しいことにハニーには効果は無かったみたいだけどね。魔女の君が僕のハニーを助けたからだよ? この責任、どう取ってくれるつもりなんだい?」

「ハニー、ね。……不愉快だから2度とその言葉を使わないで欲しいかな」


 エノテラ様が自分の身体に自身の魔力を纏わせる。

 エノテラ様がエノテラ様ではなくなった時の魔力。

 但し、今は制御が成されているので暴虐なことをしたりはしない。

 大人しく彼女の身体を包んでいる。

 ……訂正。私の身体も包まれている。

 あの時の魔力なのに恐怖がない。真反対の安らぎを感じる。


「私のアリナは私の、だからね。例え言葉でも私からアリナを奪う奴を私は絶対に許さない」

「ひっ……。ひぃぃぃぃぃぃぃっ。ば、化け物」

「どっちが? 私にはお前達の方がよっぽど化け物に見えるけどね。なんならオグルよりも、ね」


 エノテラ様の威圧。真正面から受けたことで白目を向いて気絶する男。

 下半身から湯気が上がり、液体が垂れ流しになっている。

 男をそうさせて仕事を終えた彼女は私に、とあることを尋ねてきた。


「アリナはこの男に復讐したりしないの?」

「その男にその価値はありませんし、私はその男と同じところに堕ちたくないので法に任せます」


 私の本気の言葉。頷くエノテラ様。 


「そう。ふふふっ、じゃあ帰ろうか」

「はい!」


 私達は踵を返して男に背を向ける。

 去り際に例の如くモニカさんに一言告げて私達は家に向けて歩き出した。


*****


 後日談。

 モニカさんから憲兵に渡された男。

 男は憲兵に事件の動機を追及されても黙秘を続けていた。

 が、男と共に捕縛された【レイヴンクロウ】の一員が連日に渡る憲兵の取り調べに耐えらず事件の全容を自供した。

 男達の目的はゲマインの救出と彼を捕縛したこの国への制裁。

 手っ取り早く言えば逆ギレ。

 徒党(パーティ)の仲間が自供したことを憲兵から告げられると男も観念をしたのか、仲間と同じことともう1つ、私のことを口にした。この国にいる私を拉致して無理矢理に徒党(パーティ)に連れ戻すつもりだったと。


 【レイヴンクロウ】の全員が関わった今回の事件。

 彼らはこの国に侵入後に各地でバラけて、野蛮なる鬼を誘う霊薬(バーブレスポーション)を使用して[事]を引き起こしたことが彼らの自供によって白日の下に晒された。

 到底、容認出来るものではない。

 彼らは全員死刑に処されることになった。



 この国では一部の他国と違い、公開処刑等という真似は行われない。

 然るべき機関・場所で行われる。

 数日後に彼らは確かに死刑に処されたとこの国の記録に残された。

 奇妙なことが話されている。

 とある国のとある冒険者達の間での噂話。

 死刑に処された筈の【レイヴンクロウ】をオグルの巣で見掛けたという話。

 それも紫のオグルの巣。紫を相手にするのは骨が折れる。

 そこで、冒険者達は彼ららしき姿を見掛けても放置することにした。

 紫のオグルは臆病者。触らぬ神に祟りなし。変に突かなければ彼らは巣から出て来ない。

 【レイヴンクロウ】の者達は生きていた。

 しかし、彼らの身体は五体満足ではなかった。

 この冒険者達の間で話されている噂が本当に噂なのか否かは誰も知らない。


 私も、エノテラ様も、モニカさんも、憲兵も、この国の人々も皆。

 ただ、魔王様と彼女の八の側近は何かを知っている様子。

 でもそれも、所詮は単なる噂話……。

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