10.野蛮種大行進。
遊び終わり、夕ご飯を終えた私達。
そろそろお風呂にとエノテラ様に言おうとした時に騒々しく家のドアを叩く音が聞こえてきた。
同時に国に不測の事態が起きたことを知らせる鐘の音も一緒に。
嫌な音だ。国民に危機感を抱かせ、一刻も早く避難するようにと敢えて人を不安にさせる音にさせているのだろうけど、嫌悪感が物凄い。
そうは言っても、何が起こったのかは気に掛かる。
隣にいるエノテラ様と顔を見合わせて、一緒に玄関に向かう。
ドアを開けると目に飛び込んできたのは見知った顔。
「お姉様、アリナちゃん。大変なことが起こりましたわ」
「アリナ……[ちゃん]?」
「親しみを込めて呼ぶことにしましたの。……ってそれどころではありませんわ」
「落ち着いてモニカ。まず背中を向けて、それから前進を始めて」
「はいですわ」
それは暗に「帰って」って言われてる。
エノテラ様に言われるがままに足を前へと進めるモニカさんを見て小さく笑ってしまう。
「ぷっ」私の笑い声を聞いたからか、否か、進ませていた足を止めて、振り向いてこちらに走って戻ってくるモニカさん。
「お姉様! 引っかかってしまったじゃありませんの」
「普通の人は引っかからない。モニカは道化師の素質があるね」
「褒められてますの?」
「想像に任せる」
「では、褒められているということにしますわ」
「あの~……、結局何をしに来られたんですか?」
エノテラ様とモニカさん。
2人の漫才を見るのは面白い。
面白いけど、そんなことを思っている場面ではない筈だ。
笑ってしまった私が言うのもなんだけど。
「そうでしたわ! お姉様、アリナちゃん。大変なことが起こりましたの」
私に言われて血相を変えるモニカさん。
彼女の話を聞いて、私達も狼狽することになった。
「野蛮種大行進が起きた? 本気で言ってる?」
「こんなことで嘘を言う意味がありませんわ。国中。特にここ、ルクセリアは人々が大混乱に陥っていますわ」
「……っ。エノテラ様、野蛮種大行進がヒイラギの時期に起きるだなんて前代未聞じゃないですか? 通常はブロッサム(別名:春)かネムノキ(別名:夏)の時期に見られる現象の筈です」
「そうだね。私も初めてのことだよ」
オグル。私達、人類種の敵。
面長な顔。鮮血を思わせる円状の双眸。白目はない。
その瞳は昼夜を問わずに妖しく輝いて、不気味さを際立たせる。
10cmはあろうかという高さの鼻、耳よりも少し下迄避けた口。エルフ族よりも長くて尖った耳を持つ。
またはこのような不気味な顔ではなく猪の顔の者もいる。このどちらか。
身体付きは筋肉粒々。青・緑・黄・赤・紫のいずれかの色の肌が特徴的な者達。
これは人形のオグルのこと。彼らは他に球状の身体に在る巨大な1つの目。その身体にオクトパスの触手が20本生えていて、宙に浮かんでいる者や上身体は何かの花みたいな見た目をしており、下半身はセンティピードのような者達がいる。
人形のオグルは魔族のオーガやオーガスと種族名が似ているけど、全然別の者。
オーガやオーガスは人の顔をしていて、服を身に纏っている。
それに対してオグルは藁の腰巻きのみを身に纏っている。
オグルに雌は存在せず雄しかいない。産まれ方は人の営みとは別物。
自然発生。世界が何らかの意図を以って発生させているという学説が今のところは支持されている。
真実は謎。いつの日か解明されるかもしれないし、されないかもしれない。
私達は3人でルクセリア地方の街の1つ。
私がよくお世話になっているラストウスの街に向かう。
雪が邪魔。一苦労している私に手を差し出してくれるエノテラ様。
「私の手を握って。アリナ」
「エノテラ様、ありがとうございます」
遠慮なく彼女の手を取る。
私を自分の傍へと抱き寄せたら彼女は魔法を行使。
「異空間魔法」
現れる異空の穴。そこから取り出すのはエノテラ様専用の杖。
私の杖とほぼ同じ形状。違いはヒヒイロカネの形。私のは球状でエノテラ様のは菱形。
彼女が杖に魔力を通して形状を箒に変える。
宙に浮かぶ箒な杖に横向きで着座する彼女。私もそうするようにと言われて箒を脚と脚で挟むようにして彼女の後ろに座る。
「飛んでいくから、私の腰にしっかり掴まっててね」
「はい。……ところでモニカさんはどうするんですか?」
「モニカは箒の穂に掴まってて」
「私の扱い、酷くないですか? お姉様」
「気のせい。大体この箒は2人乗りだから仕方ない」
「うぅ……」
なんだかんだと言いつつ箒の穂に掴まるモニカさん。
エノテラ様が操る箒が空高く舞い上がる。
空は地上よりも寒い。温もりが欲しくてエノテラ様の身体に撓垂れ掛る。
温かい。好きが溢れる。心の訴えで頬も彼女の身体にくっ付けることにした。
「ふふっ。可愛い。もっとくっ付いて欲しいな」
「では、お言葉に甘えます」
エノテラ様が言ってくれたことを実践する。
冷たいのに、何処か"ほんわか"とした暖かな空気を醸し出させる私達。
が、空気をぶち壊す悲鳴が私達の耳に聞こえてくる。
「お姉様ぁぁぁぁぁ。死ぬ、死にますわぁぁぁぁ。ぎゃぁぁぁですわ」
「雑音が煩い。振り落とそうかな」
「私のことも、もう少しだけ大切に扱ってくださいまし~~~っ!!」
「アリナ以外はどうでもいい。……魔王様・師匠様も毛の先くらいは大事かな」
「エノテラ様。エノテラ様ってもしかして根っからの人嫌いなんですか?」
「そうだよ。そこにトドメを刺したのが私の箒の穂に掴まって喚いてる奴だよ」
「そうだったんですね」
今更だけど、私は勘違いしていたみたいだ。
まぁ、枝葉末節。大して大切なことじゃない。
私は左の頬が冷たくなってきたので右の頬をエノテラ様から離して左の頬に交代させた。
*****
ラストウスの街に到着。
一言でいうと無残な有様。
街の半分以上の建物が破壊され、逃げる間もなかったのだろうか?
人々が惨たらしく殺されていたり、今現在酷い目に遭っている。
かつての私と重なって怒りと苦しみが私の心に漆黒の影を差す。
無言で魔法を発動させて取り出す杖。
言霊も唱えず魔法の行使。使用するは私の象徴たる[月]の力を借りた魔法。
昼よりも月が存在感を増している夜の今は効力がより高い。
オグル達の脳天から下半身に渡って、彼らの身体を貫く幾千の月光。
月光に貫かれたオグル達は生命の灯が消えて息絶える。
どういう原理か。オグル達は死すと肉体が消える。
私の魔法で街に蔓延るオグル達はほぼ消した。と思っていたら同じ数だけ新たなオグルが出現した。
「えっ!!」
「なっ!? どういうことですの?」
「これは、自然現象じゃないね。何者かが[野蛮なる鬼を誘う霊薬]を使用してると見て間違いない。単刀直入に言えば、この国で起きている[事]は人災だよ」
「野蛮なる鬼を誘う霊薬ですか?」
「うん。世界中で使用は勿論のこと、売買も調合も禁じられているのだけれどね。闇の錬金術士がいるからね。それと闇の商人もいる。世界各国がそういった者達を取り締まっているけれど、いたちごっこなのが現状なんだよね」
野蛮なる鬼を誘う霊薬。
オグルを誘き寄せる悪魔の霊薬。たった今現れたのは他の地方やら街やらで猛威を振るっていた奴らだろうか。彼らは自在に転移の魔法が使える。
人災ならば、オグルを誘い出している者を探して始末をするか、その者が霊薬を切らすかのどちらかを起こさない限り戦闘は無限に続く。
"ギリッ"と歯を噛み締める。苛立ちつつ先と同じ魔法を行使。
しかし、最初と違って私の魔法を弾くオグルがいる。
彼らを見ると紫の肌。異常も異常。むやみやたらに防御力が高くて、物理攻撃・魔法攻撃共に強大な力を持って掛からないと彼らを討伐することは不可能。
オグルの中で最も強い存在。しかも狂戦士化という能力を彼らは有している。
一度、彼らがその能力を使うと討伐難易度はぐんと上がる。
「……最悪ですわ」
「紫のオグルは臆病ですから、滅多に見掛けないんですけどね。普通は……」
「人災だから常識は通用しないってことだね」
「紫だらけですね。誘い出してる者を見つけないとダメですね」
「下手に動くと生命が危ないよ?」
「ですわね」
私達が会話を交わしている間に紫のオグルが狂戦士化の能力を使用する。
獲物の私達を見つけて襲い掛かってくる彼ら。
「モニカはなるべく遠くに離れていて。アリナ、油断禁物だよ!」
「はい」
エノテラ様の指示で走り、街から出ていくモニカさん。
私達はオグルの数が多すぎて、彼らの攻撃を避けるので精一杯。
魔法を行使する暇なんてない。
「風の刃」
エノテラ様が見つけて突いた隙。
彼女の魔法が1体のオグルの右腕を斬り落とす。
魔法は通じてはいるけど、狂戦士化したオグルは右腕を失ったことなんかお構いなし。行動は変わらない。
舌打ちするエノテラ様。
「これだから紫は面倒臭いよ」
右腕を失ったオグルからの攻撃。エノテラ様はなんてことないように避ける。
が、彼女の背後に回り込んだ者がいた。
「エノテラ様!!」
大切な人の危機。走り、その場に行く私。
間一髪のところで間に合った。
エノテラ様の身体を押してその者の攻撃を避けさせ、私が代わりに受ける。
「アリナ!!」
「ごめんなさい、エノテラ様」
エノテラ様に謝罪後、私の身体を壮絶な痛みが駆け巡った。
※枝葉末節。
本質から外れた細々とした重要でない事柄や、どうでもよい、大事ではないことの例え。