送別会
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
固定資産税の節税を目的として、定期的に不要建物の解体工事が発注される。川島も若い頃、県内全域の解体工事を担当し、東奔西走した記憶がある。県内を東西に横断した路線の沿線に散らばる小さな不要建物を、東の端から西の端まで、社用車のバンを駆り、文字通り東奔西走したのである。
ある日など、高速道路で覆面パトカーに検挙され、大変急がれていたんですね、などと警官に嫌味を言われて苦笑いをした。
今回も、不要建物の解体工事。ただし、川島がかつて担当した小物の群れよりは、大物といえる。社宅の解体工事だ。
社宅の規模としては、川島が改修を終えた社宅と同程度の規模。昭和40年代に建てられた鉄筋コンクリート造3階建て18戸前が1棟。各戸数分あるスレート葺きでコンクリートブロック造の倉庫が、社宅とは別に敷地内に建てられている。
皮肉だな、と川島は思った。リフォームされる社宅と、お払い箱になって壊される社宅。最盛期は、グループ全体で1万人ほどいた社員が、今はもう半分以下となっている。かつてはいくつもあった駐在所と呼ばれた屯所のような前線基地は、次々と引き上げられた。駐在所の近くに建てられた社宅は壊され、営業所の近くの社宅は延命される。
川島は、早速、営業所へ顔を出し、所長に建築部長からの話を伝えた。初めて聞いたような顔をしたので、また所長に話を通していなかったのか、と肩をすくめた。
「お前も、便利に使われるなぁ。」
との所長の言葉に、
「そういう役回りですから。」
と答えた。
ホームセンターで住居洗剤などを買い込み、退去前の部屋掃除をした。荷物は、何年も住まないのだからと、ふとんと着替えくらいしか持ってきていないから、後部座席に全部納まった。
送別会も滞りなく終わり、川島は久しぶりに夜の街を堪能した。
二次会、三次会と夜も更けた頃、足が遠のいていた馴染みのスナックに顔を出しておくか、と『シンドバッド』の扉を開けた。
川島ちゃん久しぶり。ボトルまだあるよ。またこっちにきたの?え、もう地元に帰るの?
「どゆこと?」
同い年のママに冗談交じりに詰め寄られたが、何年も来てない奴のボトルをキープしてくれていることに感謝した。だが、ウィスキー派の川島が、最後に入れたボトルが芋焼酎だった。焼酎なんか入れてたっけ、何年も前のことで記憶が定かではない。
ママは、何を思ったのか、おそらく酔っ払ったからだろうが、
「川島ちゃん、これ。」
と愛用品と思われるウサギの落書きがしてある携帯用灰皿を渡してきた。
「なんだれこれ。」
ぐふふ、と笑うだけで答えはない。今までも何度か送別会のたびに寄ってはいたが、初めてこういうものをもらった。まるで今生の別れのように感じたが、間違いなく何も考えてはいない。
そういう顔をしている。
ママが完全に潰れてしまう前に、会計を済ませて店を出た。
ああ、そうだ。あの美味しいウィスキーを置いているバーにも行こう。
深夜1時を回っても、まだ賑やかな繁華街の人込みをすり抜けていった。