何かいる
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
これが、グマさんの言っていた、灰色の手か!
グマさんの言っていた通りだ。まるで電気風呂に入っているようだ。絵島は、冷静だった。掴まれていない、もう片方の手で、素早く、キーを抜いた。エンジンが止まると、すー、と灰色の手が離れて消えた。深呼吸を、ひとつ、ふたつ。外で、川島が大きく手を振っている。ドアを開けた。
「エンスト?」
いや、違う、と首を振りながら、一旦、重機から降りた。
川島が、塀をぶち抜こう、と言い出した。足場を先に組むと、重機をおろす為の、十分なスペースがとれなくなる。道路で重機を下ろすのは、道も広くないし、いろいろ面倒だ。敷地を囲うコンクリートブロック塀は、取り壊す予定ではなかったが、重機の搬入口、ダンプの搬出口、つまりは、工事用出入口として使う為、一部を壊そう、と川島は言い出した。裏庭は広い。出入口があれば、より効率的に仕事が出来る。
工事を終わらせる。その為に必要な、少々の予算は、会社が面倒を見る、と言うのだ。
おかげで、重機の搬入はスムーズにできた。重機をおろし、グリスを差して、始業前点検。そして、定位置に付けた。さあ、やろうか、とレバーを握った瞬間だった、腕を掴まれたのは。
グマさんが、乗りたくなくなった気持ちが、少しわかった。
「また重機の調子が悪い?」
「いや、そうじゃない。」
と川島に答えたのとほぼ同時、散水要員で連れてきたインドネシア人のスカルノが、声を上げた。
「エジマさん!何かいる。」
スカルノが3階のベランダを指差していた。指差す方向を見ると、何かが、さっと隠れた気した。
「今日、他に誰か呼んでる?」
川島の問いに、2人ともが首を横に振った。呼んでいない、と。
「じゃあ、侵入者か。見てくるから、ちょっと待ってて。絵島さんは、裏で。スカルノは、表で立ってて。誰か出てきたら、大声で呼んで。逃げ出したら、追いかけるまではしなくていいから。」
「わかった。カントク。」
「お、おい。」
川島は、社宅へ入った。




