辞令
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
建築部長から着信があったのは、改修工事もほぼ終わり、取扱説明の日取りについて、担当者の三井課長と談笑している時だった。グループ会社とはいえ、施主との打合せ中に、電話に出るわけにはいかない。会社の立場上、部長が川島に緊急の電話をかけることはない。営業所長なら、緊急の電話かも知れないが、部長からの緊急連絡は、ないと断言してもいい。
今回の社宅改修の目玉は、バランス釜から電気給湯器への変更だ。バランス釜が使えるのに、電気給湯器が使えないことはないでしょう。取扱説明なんていらないんじゃないんですか、などと軽口を叩いていたら、ポケットが振動した。建築部長からの着信表示を一瞥して、ポケットにしまい、取扱説明の打合せを事務的に終わらせた。
「どうかしましたか?」
三井課長を見送った後、部長に折り返しの連絡を入れると、1コールで出た。
「耳の早いお前のことだから、もう知っているとは思うが、」
と、もったいぶってから、建築部長は続けた。
「新見の現場が大変なことになった。」
あの違和感の正体は、これかも知れない。川島は、そこから先を促した。
「何をしたんです。」
何かあったとして、新見は、やられる方ではない。やる方だ。
「事故が起きた。1週間現場が止まっている。おそらく最低でも1ケ月は止まるだろう。」
そこから先は、容易に想像がついた。その間に、竣功検査やら手直しやら引渡しやら、諸々を片付けて、その現場へ新見の代わりに行けと、言うのだろう。
案の定、その通りだった。
川島の脳裏に過った一番最初の懸念事項は、マンスリーマンションは、引き払う1か月前には、管理会社へ伝えておかないといけない、だったが、まあいいか、家賃は会社持ちだ、とひとり笑った。
いつものことだが、辞令は後から届く。