飛び降りる女
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
いきつけのスナックでの二次会を楽しく終えて、表通りに出ると、いつも並んで待っているタクシーの列がない。
12月でもあるまいし、と首をひねる。
朝方まで飲んでいたわけでもない。日付も変わっていない。たまたま、タクシーが出払ったタイミングだったのだろう。珍しいこともあるもんだ。
左右確認で、少し離れたところ、反対車線に止まっている1台を見つけた。
ごめんなすって、と手刀を切り、道路を駆け足で横断。タクシーの後ろから近づくも、反応がない。気づいてないのか、と前に回り込むと、『予約』の文字。しくじった、と苦虫を嚙み潰す。
何となしに、運転手の顔を見ると、口をあんぐりと開けて、何かを見上げている。
何を見ているんだ?
運転手の視線の先を辿れば、ビルの屋上。
「あ。」
屋上に、赤いドレスの女が立っている。
何をしているんだ?、と思っていたら、女と目が合った。
女は、にやあ、と笑った。
不味い、と直感した。
次の瞬間、女が飛び降りた。
「わっ!」
驚いたが、直ぐに我に返って、これはいかん、とビルへと急いだ。
息も切れ切れに、ビルの下へたどり着くと、何もない。間違えた?いや、そんなはずはない。きょろきょろとあたりを見回すも、何もない。人だかりもない。騒ぎもない。いつもの夜の街だ。
見間違えか?それにしては、はっきりと見えた。
いや、それはおかしい。
はっきりと見えるはずがない。
男は、目が悪い。あんなに離れたビルの屋上に立っている女の表情が、はっきりと分かるわけがない。見えるはずがない。
え?え?あれ?え?
じゃあ、あの女は、と恐る恐る、上を見上げた。
女と目が合った。
「あ、」
女は、にやあ、と笑った。
不味い!
女は、男目掛けて、飛び降りた。
女の歪んだ笑い顔が、物凄い勢いで迫ってくる。
「うわああああ!!!」
男の叫び声が、ビルの谷間を木霊して、夜の街に響き渡った。
「…とまあ、こういう話なんですけど。」
「あるんですよねぇ、こういうことって。」
「なんで御大の〆方なんですか。」
好きだから、と答えて、
「うん、それだわ。俺が捕まえた赤いドレスの女。」
「どうしたんですか?その女。」
「不憫じゃないか。死を選んでまでおさらばしたかったクソったれの世の中に、いつまでもとどまっているのは、不憫だ。気づかせてやりたい。もう、楽になったんだよってな。」
「幽霊に優しいこともあるんですね。」
「俺は女には優しいよ?」
「駐車場のお化けも、女だったような…。」
「男女平等の世の中じゃないか。」
「はあ。」
「この世に居たってしょうがないだろ、と優しく諭してさ、ちゃんとトンネルまでエスコートしたよ。」
「ご立派。」
「ジェントルマンとして当然だろう。」
「武勇伝を語りたかったんですか?」
「いや、本題はここからだ、中務君。」
改まる。
「はい。」
「中務君。」
「わたくしが中務ですが。」
「ヘッドハンティングって言葉、知ってるか?」
「存じております。」
「来たんだよ。俺のところに。」
「ヘッドハンターがですか?」
川島は、すっ、と名刺を出して、
「株式会社アップデコの、内木という男だ。」
と言った。
 




