五つ星
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
寝るだけだから、いつも安い宿を選んでいる。
カプセルは、閉じ込められる感じが苦手だから、なるべく避けている。
年季の入ったビジネスホテルがいい。
古くても、安ければいい。
これは、割と知られた話だが、安いビジネスホテルには、出ない。古いホテルだと、どうしても雰囲気が出てしまうが、出ない。泊まっている客層が、それどころではない連中が多いからなのか、出ない。まったく出ないわけではないが、他の宿泊施設に比べて、圧倒的に少ない。
釣りでも、素人目で、パッと見は釣れそうなのに、全然釣れないスポットがある。そういう感じだ。
今回も、安いビジネスホテルを選んだ。シーズンでもなく、平日だから、料金設定も格安だった。
どうせ飲んで二日酔いになるから、朝食のバイキングはつけない。
(定義はよくわかっていないが、イメージとしての)地方都市の繁華街。
思ったより賑わっているが、通りがひとつ変われば、暗く、人気も少ない。
折角だし、地のものでもいただこう、と名物料理を出している店を検索して、評価の高い店を選んだ。
「不味くねぇか?」
「星4.2もあるんだぜ?」
「本当だ、不味い。」
「これ見ろよ。刺身が連なってる。」
「すげー生臭い。調理師免許持ってんのか?」
田舎あるあるだ。
不特定多数の人口が圧倒的な都会の母数はガチだ。店を評価する客数も多いから、平均値への信頼は高い。それにひきかえ、田舎は店を評価する客数が少なく、平均値への信頼は低い。
都会は他人社会で、田舎は身内社会だ。世間が狭い。割り出される可能性が高いから、わざわざ点を低くする者は少ない。居たとて、それは私怨が多い。高く点をつけるのは、だいたいが身内贔屓からだろう。
田舎の五つ星評価を、信用してはいけない。
「なんだよ。気分悪いな。」
「口直しに、女の子のいる店にでもいくか。」
「経費ないんじゃないのかよ。」
「それはそれ。これはこれ。」
「俺は、もうホテルに帰る。編集もしたいし。」
「じゃあ、2人で行くか。」
会計をして店を出ると、二手に分かれる前に、3人で、その店に星を1つ付けた。
「やっぱ対面で話し合って決めないとダメだな。」
少し向こうにある、やたらと明るい無料案内所が目に入った。元気なお兄さんがニコニコと笑顔を向けていた。
「聞いてみようぜ。」
「ああ。」
向かってくると察したお兄さんは、どうぞどうぞと歓迎モードだ。
「どういった店をお探しですか?ガールズバー、キャバクラ、ラウンジなんかもあります。」
「安くて、可愛くて、女の子がちゃんとついてくれるところかな。」
「そうですねー。今日だと女の子が揃っているのは…」
そう言って、パネルを吟味するお兄さんと一緒に、連れの男は、パネルを険しい表情で品定めしている。一歩引いたところから、壁一面に貼り出されたパネルたちを俯瞰的に眺めていた。
横文字ばかりの店名の中で、際立つ漢字の店名。
迎合しない佇まいが、跳ね返りの琴線に触れた。
「月下美人ってとこは?」
「え?ああ、月下美人さんですか。高く…はありませんが、こちらにされますか?」
「お、気になるのか?」
「ちょっと、気に入った。」
「じゃあ、ここにしようぜ。お兄さん、ここで。」
「少々お待ちください。」
今から2名様いけますか?うんぬんかんぬん、と店への連絡と、多少の交渉事を済ませ、黒服が迎えにくるということだったが、お兄さんも暇だと言うので、途中まで案内してもらって、出合頭の黒服に引渡し、という話になった。
都会より高くないビルの群れ。都会よりよく見える星空。
夜風が心地よく吹いて、今日は、いい女がついてくれそうな予感がする、なんて期待を胸に、ふたりは、お店へと連れられて行った。




