山彦
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
「それ、何かの鳴き声だったんじゃないの?鳥とか。」
「クマとか?」
「クマはいないっしょ。聞いたことない。」
「いるぞ、クマ。」
「マジで?」
「鳴き声も聞いたことがある。」
「どんなよ。」
「はい、コグマです。」
「それは小椋さん(が電話に出た時)の奴でしょーが。」
小椋さんは、今、何やかんやでサークルエンドに残って、ダンプを転がしている。
「山で聞こえてくるような鳴き声だったら、西川は怖がらないよ。」
「Aさんじゃないのかよ。」
川島が海の子というなら、西川は山の子だという。山に囲まれて育ち、親は狩猟免許を持っていて、何やら罠の免許も持っているのだとか。
「罠の免許?」
「あるんだってよ。よく知らないけど。」
「本人は?」
「ただのアウトドア派だ。」
だが、山育ちの山の子だ。山の子が、地元の山で、聞き分けられない妙な声を聞いた。
「信憑性あるだろ?」
「うーん、まあ、そうだな。よし、じゃあ富士登山にしますかね。」
というわけで、川島は次の日曜日に、軽装で山に入った。あいつらに時間は関係ないから、と真昼間に乗り込んだのだ。
初心者コースを選んで、すいすいと山に登ったが、慣れない山道で、心肺機能に大きなダメージを受けた。
ぜぇぜぇと息が乱れ、汗も噴出したが、山頂は気持ちよかった。
「とてもいるとは思えん。」
行楽シーズンから少し外れているが、天気のいい日曜日だったので、登山客もちらほら見かけた。山頂には、城跡もあった。
「ガセか。」
しかし折角なので、山彦に挨拶でもしておくか、と大きな声で、
「やっほー!」
と叫んだ。
高い山でもないし、山々が連なっていく山岳地帯はもう少し先。山彦は、ハッキリ聞こえなかった。
もう一度。もっと大きな声で。
「やっほー!!」
山彦が返ってくる音を拾う為に、耳を澄ませていると、
「ん?」
誰かが呼んでいるような気がした。
暫し思案して、山頂にある案内図の前に立った。
「Bコースって言ってたな。」
Bコースに照準を合わせた。誰かが呼んでいるような気がする。
「ほう。」
Bコースに向かって歩きはじめると、おじいさんが声を掛けてきた。
「初心者の人は、向こうですよ。」
「え?」
「そんな軽装で、上級者向けのコースから下りたら危ないですよ。」
「あー、そっか。」
パーカー短パンスニーカー。
「ありがとうございます。」
「気を付けてくださいね。」
「おす。」
お礼を言って、Aコースから下り始めた。危ない危ない。Bコースから下りたら、Aコースの駐車場まで、めちゃめちゃ歩かなければならないところだった。
腹も減ったし、これはきっと、ビールが美味しい。
ちょっとは登れる格好で、次はBコースだな。
川島は、颯爽と下山した。




