赤鉄橋はなぜ赤いのか
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
日本最後の清流、四万十川。
CMの流れないテレビ局が、1980年代初頭に、ドキュメンタリー番組で、そう紹介したことにより、四万十川のキャッチフレーズとして、世間一般に広く定着した。
今となっては、異論ある者も多い。何より、水質は、同県に流れる仁淀川よりも悪い。同局により、2020年代の旅番組で、日本の河川の水質ランキング100位以内に入っていないことが紹介されている。
かくいう川島も、ソロツーリングで、四万十川に沿って走った時に、その川を実際に見た。正直なところ、日本最後の清流と呼ぶほどだろうか、という印象だった。
四万十川に架かる橋で有名なのは、沈下橋だ。
大雨で、川の水位が上がると、沈む橋だ。土砂や流木が、橋によってせき止められて、氾濫することを防ぐ目的だから、欄干がない場合が多い。あっても低い為、水位の低い通常時に、落ち込む人もいる。今では、架橋技術も進化しているから、洪水に耐えうる橋を架けられるので(それでも災害の強度によっては、橋が破壊されることもあるが)、現代において、新たに沈下橋が架けられることはない。はず。
沈下橋と共に、地元で有名なのが、下流にある、赤鉄橋だ。今では一線を退いて、国道に、その役割を渡しているが、まだ橋としては、現役で頑張っている。はず。
四万十川の鉄橋に限らず、古いトラスの鉄橋は、みんな赤かった。はず。
鉄道橋でも、トラスの鉄橋は、みんな赤かった。はず。
淀川の鉄橋も、今は知らないが、昔は赤かった。はず。
はて、黒部峡谷の鉄橋は、今でも赤いのではなかっただろうか。
しかし、鉄部の塗替えは、場所にもよるが、5年単位が理想とされる。現実は、そういうわけにもいかないだろうが、理想は5年だ。塗替えの際、塗り残しがないように、色を変えることは、よくある。色を変えれば、塗り残しがあるかどうかの判断が容易になるからだ。
今では、景観に合わせて、ブルーだの、グリーンだの、グレーだのに変わっている鉄橋も多い。はず。
赤鉄橋も、差し色として、景観にマッチするのではないだろうか、とも思うのだが。橋の多くは、お上の支配下にあるから、無難な色が好まれる。
では、なぜ、最初は赤だったのか。
川島は、宮田に聞いたことがある。
「赤く塗ったからじゃないか?」
「それは、郵便ポストはなぜ赤いのかの奴じゃないですか。」
宮田があてにならなかったので、調べてみた。
阪神高速16号、港大橋は、立派な赤鉄橋だ。
この橋の赤は、当時の航空法に起因する。
地表又は水面から60m以上の高さの物件には、赤、インターナショナルオレンジと白で塗り分ける必要があった。東京タワーがまさにそれだ。
航空法も改正して、そのあたりは緩和されている。スカイツリーは、赤白ではない。
港大橋も例に洩れず、航空法の規制の対象となった。しかし、景観上、紅白というのは、いかがなものか、という話になり、航空局と喧々諤々。赤一色の見事な赤鉄橋が生まれる。
この特例が、その他の、多くの鉄橋にも許されたとは思えない。何より、60mを超える、航空法に引っかかるような鉄橋は、そう多くない。それに、最初の赤白が東京タワーなのだから、それ以前の鉄橋は、航空法云々でないことは明白だ。
そう、途中で気づいていた。
航空法は、このケースでは、関係がない。
ではなぜ、鉄橋は赤かったのだろうか。
赤く塗ったからである。
鉄に塗る錆止めは、何も指示しなければ、赤になる。オレンジに近い赤。
赤の錆止めは、安価だ。グレーの錆止めもある。しかし、赤より高い。グレーが出だしたのはいつ頃だろう。少なくとも、川島が1年生の時にはもうあった。グレーの錆止めも、昔は高かったが、今は、そうでもないらしい。
鉄骨見え掛り部の塗装に、半端な色を指定されると、工場2回塗りの錆止めが赤では、一度、他の色(白が多い)をかまさないと、何回も塗らなければならなくなる。色を決めるのは、見積が採用されて、工事が始まってからが大半なので、施主に指定された色によっては、工場の錆止めをグレーに指定することがある。
「グレーは高いから、追加ちょうだい。」
これで予算的に揉めることもあったが、最近は少なくなった。赤との単価差も、縮まっているんだろうなあ、と勝手に思っている。すればいいのだが、確認はしていない。いや、しているのに、忘れているだけかもしれない。
ともあれ、錆止めと言えば、赤だ。
つまり、赤鉄橋の赤は、錆止めの赤だ。厳密には、オレンジに近い赤だ。朱色。
近くで見ると、オレンジに近いのが分かるが、離れると、赤に見える。
瀬戸大橋も同じだ。瀬戸大橋は、白じゃない。白寄りのグレーで塗られている。近くで見れば、グレーだ。遠くで見ると、白に見える。ちなみに、真偽のほどは確かではないが、かの元国鉄職員に、色番を教えてもらった。日塗工の色番でいうと、N-75だ。思ったよりグレー。それが、あのでかさになると、白に見える。
とにかく、古いトラスの鉄橋は、もともと赤かった。
多分そうだろう。もうそれでいい。
その鉄橋も、かつては赤かった。
しかし、今では、景観に合わせて、緑に塗り替えられている。
予算が下りて、久しぶりに塗り替えようという話になって、地場の有力な建設会社である株式会社木村建設が、請け負うことになった。




