社風堂々
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
草木も眠る丑三つ時に、幽霊が出る、と昔の人は言った。調べてみると、鬼門と呼ばれる北東の方角が、丑と寅の境目で、時間にして朝の3時。陰陽五行では、丑が陰で、寅が陽だから、陰の丑の方がよくない。鬼門に最も近いのは、丑四つだが、陰の気が満つ(三つ)、という語呂で、丑三つに、死者や鬼が活発に動くとされた。
そんなわけがないので、丑三つ時の採用は見合わせた。何より眠い。夜勤でもないのに、そんな時間に活動するのはナンセンスだ。おじさんは眠い。
確かに、人目を避けるには、その時間がいいかもしれない。しかしそれは、採用に至るほどではない。
いっそ仕事帰りでいいかな、と思った。
五輪建設の社風として、勤務中以外の制服姿は、可とされていない。制服には、社名の刺繍がある。その制服を着たまま、パチンコに行ったり、飲みに行ったりなど、言語道断である。五輪建設の社員として、恥ずかしくない立ち振る舞いをせよ、立派であれ、という社風である。制服を着ている以上は、五輪建設の社員として、らしくあらねばならない。要は、建前に重きを置く会社なのだ。
川島は、若い頃、昼休みに制服のまま床屋に行って、大先輩の山根さんに、拳骨を食らわされた。吉塚工務店なんかは、社風が緩いから、制服のまま飲みに行くのがざらだというのに。
一度着替えるか、刺繍の入った上着を隠すか、脱ぐか。川島は、こんなこともあろうかと、常に、パーカーを車にのせている。
川島は、ブラインドの隙間から、西へ傾く太陽を見るのが好きだ。
太陽に目を細めて、
「パーカーを着るか。」
と呟いた。
定時上りに、港へ行くことにした。
川島は、石田さんのことがあって、次の現場へ配属されていない。石田さんの件が片付くまでは、忙しい現場に放り込まれないのだから、勤務状態は、いたって平和なもので、気が楽だ。会社としては、稼いでくるべき社員がのんびりしているのだから、大損だが、それでも、石田さんの件に専念せよ、とのことなので、これはもう、石田本部長様様である。
そういえば、丑三つ時ともう一つ、この夕暮れ時、明暗がぼやけて薄い黄昏時も、逢魔時などと言って、出る時間帯だった。
見たものを信じる。見てないものは信じない。とするなら、活発になるならない、見える見えないは、時間帯での縛りではない、と暫定する。
さて、定時である。
明るいうちに帰れる素晴らしさよ。
定時に会社を出ると、当然だが混む。渋滞するということは、世の中の大半は、定時に帰れているということだ。世の中の大半は、ホワイトなんだ。そんなことを考えると、転職が頭をよぎることもある。しかし今さら、転職したとして、何をすると言うのか。潰しのきかないおじさんに、何ができるというのか。
あ、お祓いを仕事にすればいいのか。
いやそれも、ノウハウがないとだめだ。
よし、やろう。
まずは、腹ごしらえだ。
ラーメンでも食おう。




