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第2話 だから仲間が増えた

 日が昇るより早くに目を覚まし、いつもと同じように盾と剣の手入れを行う。剣には毒を塗り、今日も確実に獲物を捕らえるための準備をする。これは日課であると同時に娯楽でもある。新しい戦い方を思いつくたびに私は確実に強くなっていると、そう自分に言い聞かせることができる。

 とはいえ、そもそも僕はそれほど弱くはない。同じCランク冒険者の中ではかなり上位であるという自負がある。なにせ、彼らはCランクのクエストをパーティで受注するのに対し、僕は常に一人で攻略している。個人の強さならBランク冒険者と比べても引けを取らない。

 そうこう考えて手入れと採集を済ませていれば、朝食と日の準備が終わる。

「さて、どうしたもんか」

 地図を広げて朝食をとりながら今後の道を辿る。ひとまずの目標は決まっている。フラーデンの冒険者たちが噂していた王都ラフレシアでの王女生誕祭。今年は成人を迎える王女様を祝う最後の生誕祭ということで多くの行商人が集まるらしい。僕が望むような最高の盾も出品されるに違いない。

 ただ、王都はここよりはるか西に位置し、海を渡るか陸路で迂回する必要がある。当初は陸路の予定で考えていたが、近ごろ魔物が活発でかなり危険な状態らしい。特に人類の最前線である大陸の中心を経由しなければならない点も考慮に入れなければならない。幸いCランクの冒険者は前線での依頼を受けることも多いため、通行の許可は得られるが好んで選ぶ道ではないだろう。しかし、海を渡るには船に乗る必要があり、それを賄うだけの金銭を支払えば目的の盾を入手できず本末転倒になる可能性が高い。

「…軍都グラジオラスを目指しつつ、素材を売って金を稼いで考えるかな」

 朝食を取り終え、荷物をまとめると整備された道を歩き始めた。


ーカン

 盾ではじいた魔物の手はその反動を体全体で受ける。首に届かない剣先はいつものように大腿にわずかばかりの血を流させる。大きな盾と対照的な短剣から滴る液体は魔物の体をしびれさせ、続く火の玉を全身で受け止めさせた。

 仕留めた魔物の素材は体に見合わず非常に小さい。魔石と呼ばれる核は冒険者ギルドで高く買い取られるが、時に強力な武具になるためギルドに売らずに冒険者の間で取引されることも少なくない。僕はどちらともよく行うが基本的に希少であればあるほど武具に変えてしまうことが多い。たまに魔法が込められた武具ができ、魔力の消耗を抑えて魔法を使うことができるレアなアイテムが得られるから辞められない。


 フラーデンを出てから数日が経過した。購入した盾も体に馴染み、込められた【衝撃反射】の魔法は相手の攻撃を受ける回数を減らして、魔力や体力の消耗がかなり減ったと実感している。ただ、魔法攻撃に対する耐性がそれほど高くないから、相手によっては応用が必要かもしれない。

 空が赤くなり夜になるころ、僕は野営の準備をはじめていた。


「誰かーーーー!!!」

 女性の声。考えるより先に向かった足で見たのはスライムに囲まれた若い冒険者だった。周りに2人の冒険者が倒れており、やけどの跡が見える。

(スライムは3体…色付きまでいるのか、まずいな)

 スライムは雑食で食べたものにより異なる成長を遂げる魔物だが、時折魔力に覚醒する個体が現れる。スライムメイジ、通称〈色付き〉は通常スライムがEランクであるのに対してCランクをつけられる強敵だ。彼らの脅威はその保有する魔法と成長が不明であることだ。つまり、強さが未知数。下手をすればBランクの魔物よりも厄介になりうる。

(やけどの跡からおそらく火属性、あるいは雷属性の何らかの魔法が使える個体として、残された冒険者は後衛なのだろう。杖を構えて物理に頼ろうとする姿勢はその経験の浅さを物語っている。統率の取れないスライムはただ獲物に直線的に進んでいく。走り続けるのが最善だろう…)

 にじりよるスライムにおびえる冒険者はとうとう杖を振り回した。確実に芯でとらえた杖の先にまとわりついたスライムはやがて杖を伝いはじめ、冒険者は思わず杖を手放した。すでに手遅れな逃亡という最善の手は色付きの魔法を打たせる隙となり、伸びた雷は彼女の背中を貫いた。

(雷属性の魔法。貫通力が高く直線的な軌道。おそらく初級魔法の【サンダーボルト】で間違いない…形質が雷に変化していることを考慮するなら土魔法か)

 背後から忍び寄り隠密魔法を解くと、スライムは一斉にこちらを向く。スライムはかなり感覚的な魔物だ。食欲よりも生命の危機に対するセンサーは強い。獲物を見つけた彼らは食すより先に倒すべきだと知っている。にじりよる彼らの後ろには色付きも控えていた。

 そして、スライムたちは完全に冒険者から離れた。

 最も近いスライムに向けて【ファイアボール】を唱える。しかし、スライムは俊敏に高く飛び上がって躱すとこちらに向かって突っ込んでくる。

「単純で助かるよ」

 直線上に向かってくるスライムに向けて剣先を向けて再び【ファイアボール】を放つ。そのまま火の玉に向かったスライムはゼリー状の液体となって地に落ちた。

(スライムは火属性魔法に弱く、殺気に敏感。向かう先はこっちだよな)

 仲間が倒されたというのに一切のためらいもなくにじり寄ってくるスライムを倒すのは簡単だ。今と同じようにすればいい。しかし、魔法を唱えるには時間を要し、短剣を用いて放つ【ファイアボール】にもクールタイムがある。5秒間、今と同じ戦い方はとれない。それに色付きは常に魔法を打つ隙を伺っていて、気をそらすこともできない。やがて距離は縮まり、詠唱は終わった。ただ、短剣に魔力がたまりきらないうちにスライムがこちらにとびかかってくる。とっさに唱えた【ファイアボール】はたしかに一体をゼリーにした。しかし、体制を崩して色付きから目を一瞬そらしてしまった。

 視界に入った時にはすでに横にまわられ、魔法陣が浮かび上がっていた。【サンダーボルト】であれば直撃すればかなり危険だ。しかし、発動されてしまえば速すぎてよけることはできない。

(一か八か…)

 やや後傾姿勢の体で左手に魔力を流す。大盾が光り、同時に色付きから雷が直線上に飛び出した。

 腕を貫いた雷と盾に押し出されて地面に背中を打つ衝撃が同時に流れた。一瞬宙に浮かぶ。やや霞んだ視界で色付きを捉え、剣先を向けて【ファイアボール】を放つ。火の玉はまっすぐ色付きのもとへと進むが、素早く上空に飛び上がると再び魔法陣が浮かび上がった。

(早すぎだろ…でも、単純で助かるよ)

 あらかじめ唱えていた【ロックブラスト】は岩の弾丸となって色付きの核を貫いた。

 浮かび上がった体は重力に押され、地面に再びたたきつけられた。左腕は少しも動かせず、体も痛みから起き上がる元気はなかった。ただ、やらなければいけないことがある。

 盾も短剣も手放し、だらんと垂れた左腕とよろけた足取りで倒れた冒険者へ向かう。1人に【ヒール】を唱え、もう1人には回復ポーションを口に含ませる。

 2人ともまだ時間がそれほど経過していなかったことが幸いして、せき込むように息を吹き返した。そして、重い足取りは少し離れた冒険者へと向かう。少し息を整えて【ヒール】を唱えた。

(さすがにきつい…休むか…)

 地面に倒れこみ、意識が遠のいていった。

 


「…は…く…」

「わ…しは…かない」

(なんだかいい匂いがする…)

 少しずつ鮮明になる音と香り。目を開けるとすでに日は昇り始めて明るかった。

「あっ、やっと目を覚ました…」

 そういって近づいてくる女性は昨日背中を貫かれていた新人だった。羽織っているローブがなければ冒険者だとわからないだろう。

「体…大丈夫ですか?一応、回復ポーションを寝ている間に飲ましておきましたが…」

 顔を覗き込むように影を作る。横に目を向けると少しガタイのいい青年がパンを焼いていた。その横には丸太に座って何かを食べている魔法使いの姿があった。青年がこちらに近づいてくる。

「おはようございます。いま、シチューを作っているんですけど、パンは焼いておきますか?」

 膝をついて丁寧に伺いをたててくる彼に僕はゆっくりと頷いた。


 起き上がると空は完全に朝を迎えていた。僕の分の椅子と料理が用意されていたのでとりあえず座って、ともに食べることにした。

 彼らはDランクの冒険者パーティで薬草の回収をするために森にいるらしい。そして、昨日は採集中に色付きの奇襲を受けて陣形を崩されてやられてしまったという。

「ジンさん、昨日は本当にありがとうございました。昨日は自分が戦士職でありながら一撃でやられてしまい、目を覚ましたときにジンさんがヒナに回復魔法を唱えていて…ジンさんは自分たちの命の恩人です!」

 目を輝かせて料理をふるまってくれた戦士の名はツルギというらしい。一緒にいると明るくなれるようなまっすぐな言葉には少し照れてしまう。人と話すのは数日ぶりということもあって少しだけテンションが上がってしまう。そんな僕ら3人の会話を黙って食事をしながら聞く魔法使いの名はサナ。ときおり見せる笑顔は3人の親密な仲を感じさせる。

「ジンさんはこんな森で何をしていたんですか?」

「ああ、僕は軍都に向かっている途中でね。悲鳴が聞こえたから森に入ったんだよ」

「そうだったんですね…あの、よければなんですがご同行してもよろしいですか?」

「同行…?何か理由はあるのかい?」

「自分たちは今修行の身でしてより強くなるために旅をしているんです。ただ、現状は昨日のようなありさまで…。自分はジンさんから魔物との戦い方を学びたいです!そしてもっと強くなりたいんです!」

「……」

 まっすぐ向けられた視線は1人からのものではなかった。ただ、正直この話は受けたくない。軍都の周りには強い魔物も多い。彼らにはまだ早いし、何より僕の強さは個人技である。彼らに教えられることは少ないだろう。色付きレベルの魔物であれば援護しながら立ち回ることもできるが、軍都周辺にいる魔物の中には正面から戦えば僕自身も勝てないやつがいる。

「自分たちは足手まといになってしまうと思います。ジンさんには何のメリットもないだけでなく、デメリットもあります。それでも…自分たちは強くなりたいんです!」

「私からもどうかよろしくお願いします!」

「…お願いします」

 彼らがなぜそこまで強くなりたいかはわからない。昨日だって死んでしまう可能性は大いにあった。より強い魔物に会いたいという心が死期を早めることはわかっているのだろうか。そして、死なせてしまった場合の僕の苦しさも。止めるのが僕にとっても彼らにとっても正解なのだろうな。ただ…

「…わかった。同行を認めるよ」

「ありがとうございます!」

「ただし、僕の判断で危険だと思った時にはすぐに引き返すこと。これが条件だ」

「はい!」

 …朝食はとてもおいしかった。




ーーーなんであのとき同行を許してしまったんだろうな。僕はとても冷静だったはずなのに。いや、冷静だったからかな。

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