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闇に飲み込まれた謎のメトロノーム  作者: 八戸三春
第一章
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再度の花売りの少女

空とムラトの間に沈黙が広がり、冷たい風が二人の間をそっとすり抜けていった。すると背後から、彼らの名を呼ぶ小さな声が聞こえた。二人はその声に振り返った。そこには、先ほどの小さな女の子が立っていた。手にはまだ藁で作られた小さな皿を大事そうに抱えている。


「お兄さん、お姉さん、まだここにいたんだ!」


その声には、無邪気な明るさがあった。しかし、空とムラトにはその明るさの裏にある小さな不安や寂しさが、少しだけ見えたような気がした。空はその場で少し黙り込んだが、やがてゆっくりと女の子に歩み寄った。彼女は皿を差し出し、目を輝かせながら言った。


「これ、特別なものだから、もう一度買ってほしいの!」空は女の子の差し出す藁の皿をじっと見つめた。中には、さっきと同じように花びらや小石、どんぐりが並べられていたが、その配置が少し変わっているようだった。


彼はその小さな違いを見つけ、微笑んだ。


「ありがとう。でも、君がこれを持っていてくれると、もっと価値が上がるんじゃないかな?」女の子は首をかしげ、少し考え込んだような表情を浮かべた。


「でも……売らなきゃいけないんだよ」と、かすかに悲しげな声で言う。空はその言葉を聞きながら、胸が少し締め付けられるような気持ちになった。


その時、ムラトが一歩前に出た。「なぁ、君。どうしてそれを売りたいんだ?」彼女の声はいつものように冷たくはなく、どこか優しさがにじんでいた。


「……お母さんが喜ぶって言ってたから」


その一言に、空とムラトは一瞬、言葉を失った。女の子の背後にある事情が、彼らには少しずつ見えてきた。お母さんのために――ただそれだけの純粋な気持ちで彼女は頑張っていたのだ。空は静かに女の子の頭に手を乗せ、優しく微笑んだ。


「君はすごく頑張ってるね。でも、これを無理に売らなくても、お母さんはきっと君の笑顔が一番の宝物だよ。」


その言葉に女の子は目を丸くし、しばらく空を見つめていたが、やがて涙を浮かべて静かに頷いた。彼女の目からこぼれた涙は、まるで長い間抱えてきた重荷が少しだけ軽くなったかのように見えた。ムラトもその様子を見つめながら、自分の胸に手を当てて、静かに息を吸い込んだ。


「おい君、金だろ? いくらだ」


二人の話を遮ったのは、先ほどまで沈黙していたムラトの声だった。手に軽く小銭入れを握りしめていた。彼女の目にはどこか優しさが宿っており、子どもの純粋な努力を応援しようとするような温かさを感じさせる表情を浮かべていた。


「金だ。いくらだだって」


女の子はムラトの声に目を瞬かせ、一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻して「うん!500円でいいよ!」と言った。その言葉に空も少し驚いた表情を見せたが、すぐに静かに微笑んだ。ムラトが少しおどけた表情を浮かべながら小銭入れを開け、5000円札を手に取る。


「じゃあ、これで交渉成立だな」と言いながら、ムラトは5000円札を女の子に手渡した。その手つきは丁寧で、どこか温かみがあった。女の子は5000円札を両手で受け取ると、驚いた表情でムラトを見上げた。彼女の目には、大きな驚きと喜びが混ざり合っていた。


「え!? お、お札!? う、受け取れないよ!?」


「5000円だろ? 丁度じゃないか」


ムラトはやや意地悪そうに笑いながら、女の子に言った。彼女は困惑しつつも、その純粋な眼差しをムラトに向けた。「でも、そんなにたくさんもらえないよ…お母さんに、ちゃんとした金額でって言われてるから…」彼女の声は、必死に自分の役割を守ろうとするような響きがあった。


その姿を見て、ムラトの表情は少しだけ柔らかくなった。「わかったよ。じゃあこうしよう、最も高級な花を買おう。残りのお金は、チップだ。どうかな? 公正な取引じゃないか?」


ムラトの提案に、女の子は少しの間戸惑っていたが、やがて少しずつ笑顔を取り戻した。そして、うなずくと涙をこぼしながら「ありがとう!」と大声で叫んだ。その声は公園中に響き渡り、周囲の人々も一瞬立ち止まって二人を見つめた。ムラトの目にも、かすかな涙が浮かんでいた。彼女は素早く顔を背けて、空が気づかないようにしたが、空はその仕草を見逃さなかった。


「なんだ、ムラト優しいじゃないか」


空の軽い言葉に、ムラトは少しだけ目を細めた。「違う。ただの気まぐれだよ」と言いながらも、その声にはどこか穏やかさが混ざっていた。空はそれを感じ取り、静かに微笑んだ。


女の子は満面の笑みでムラトに「ありがとう!」と何度も言いながら、何度もお辞儀をした。その姿は無邪気で、目の前に広がる現実とはかけ離れた温かさを持っていた。ムラトはその無垢な笑顔に少し目を細め、心の中で何かが解けていくような感覚を覚えた。しかし、それを表には出さずに軽く頷いた。


「おい、気をつけろよ。大事に使えよ」と、ムラトは冗談っぽく言いながらも、その言葉の裏には真心がこもっていた。女の子は何度も「うん!」と力強く頷き、走り去っていった。その小さな背中を見送る空とムラト。

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