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闇に飲み込まれた謎のメトロノーム  作者: 八戸三春
第一章
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76話 ムラトの理由

一方、ムラトとアリスは浴室でお湯に浸かりながら、リラックスした時間を過ごしていた。浴室は広く、蒸気が立ち込める中、二人は対面して座っていた。


「空って、あんなに一生懸命私のために全力を尽くしてしてるなんて、本当にすごいよね」とアリスが湯船に肩まで浸かりながら言った。彼女の目には誇らしげな光が宿っていた。「上司のレナに説得して私を生物庁に入社させたときも、あの熱意には感動したなぁ」


ムラトは興味なさそうに目を閉じ、湯船の縁に頭をもたせかけていた。「ふーん、そうなんだ」と適当に返事をする。その態度に、アリスは少し眉をひそめた。


「う、うん。空がベータ144の研究チームに入ってから、みんなが彼のことを尊敬し始めたのよ。あの時も、彼はどれだけかっこよかったか」と、アリスは少し声を弾ませた。「彼の決断力と行動力は本物よ。あなたも見習うべきよ、ムラト」


ムラトは半眼を開け、アリスを一瞥した。「そんなに空のことが好きなら、彼のことをもっと話せば?」と皮肉交じりに言った。「俺には関係ない話だし、正直どうでもいい」


アリスは溜息をつきながら、肩をすくめた。「ねぇムラト、もう少し関心を持ってくれてもいいじゃない。空は私たちの仲間だし、彼の努力を認めるべきよ」


「認めるとか認めないとか、そういう問題じゃない」とムラトは冷たく言い放った。「俺は俺のやり方で動く。それだけだ」


アリスは少し黙り込み、湯船の水面を見つめた。彼女の中で、空に対する思いとムラトの無関心さが対比される。空は彼女にとって特別な存在であり、彼の努力と熱意は彼女にとって大きな影響を与えていた。


「空がベータ144のプロジェクトに入ったとき、彼はその難しさに直面しても決して諦めなかった。彼の姿を見て、私も自分の力を信じて前に進もうと思えたのよ」と、アリスは静かに語り始めた。「彼はただの仲間じゃない。彼は私たちの希望なのよ」


ムラトは再び目を閉じ、無関心を装ったままだった。「希望ね…そう思うのは勝手だけど、俺には関係ない話だ」


アリスの思いが伝わらないように見えた。


「ムラト、なんでそんなに否定的なの?」アリスは少し苛立ちを抑えながら問いかけた。「空のことを少しでも理解しようとする気はないの?」


ムラトは目を閉じたまま、少しの沈黙を挟んでから答えた。「正直に言うと、ゲノム少女がどうとか、全然興味ないんだよ」


「でも、それだけじゃないでしょ?もっと理由があるんじゃない?」アリスは食い下がった。「どうしてそんなに無関心なのか、ちゃんと教えてくれない?」


「嫌だ」


「教えてよー」


「断る」


「お願い、本当に聞きたいの」


ムラトは嫌々ながらも目を開け、アリスを見つめた。「――本当に聞きたいのか?聞いてもいいことなんてないぞ」


「聞きたいわ。話して」


ムラトは大きなため息をつき、少し考えた後、重い口を開いた。「俺がこうなったのは、昔のことが原因なんだ。道端で出会った優しい眼鏡爺さんに、組織に入ったら好きなものをあげると言われて、ヴェルトロスに入った。それが俺の人生を狂わせた理由だ」


アリスは驚いた表情でムラトを見つめた。「ヴェルトロス…その組織が関係してるの?」


「ああ、あの爺さんは本当に最悪だった。俺を利用して、能力を測るために遺伝子濃度検査をさせたんだ。そして、俺がアビリティーインデックス2位だって判明した」


「2位…えすごい。でも、それがどうしてそんなに影響を?」


ムラトは苦笑いを浮かべた。「それを知った俺は、他のゲノム少女に対して圧をかけ始めた。爺さんの目的を全く知らずに、海外のゲノム少女を次々と狩りまくったんだ。2年間、それを繰り返した」


「信じられない…そんなことが…」


「そうだ、信じられないだろうな。でも、それが現実だ。でもある日、日本のゲノム少女を狩れって命令を出されてすぐ日本に渡って東京のゲノム少女を片っ端から狩り始めた。すると途中、東京の渋谷交差点で、ゲノム少女のアビリティーインデックス1位のエリザベスと名乗る奴に出会った。彼女に、俺が騙されているって言われたんだ」


「エリザベス・シルフィー…」アリスはその名前を口にした瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えた。「あの冷酷無比なエリザベスが?」


「ああ、彼女だ。最初は冗談かと思ったけど、1位だって言われると説得力があった。信じる前、私は何度も根拠ない反論をした。するとエリザベスは呆れたのか、彼女に言われたんだ。『馬鹿すぎて言葉に出ない』って」


アリスは言葉を失った。ムラトがそんな過去を背負っているとは想像もしていなかった。


「エリザベスの言葉のせいで物凄いショック受けたけど、そのおかげでやっと狩りを辞めた。でもその後、日本中のゲノム少女を抹殺したと嘘の報告をすると用済みなのか、指定した隠れ家に入ると急にヴェルトロス会員5人に襲われそうになった。一番裏切られた瞬間で唯一苦戦した場所だけど、なんとか倒した。5人の精鋭を倒してとりあえず一段落したけどまぁ、まだ私のことを探してるから全てが終わったわけじゃない」


アリスはムラトの話を聞きながら、彼の心の痛みを感じ取った。「そんなことがあったなんて…ごめんね、ムラト。私、何も知らなかった」


「知らなくて当然だ。だから俺は組織の名残のせいでゲノム少女のことにも興味が持てない正確になってるんだ。過去のことが俺の中でまだ消化しきれていない」


「ムラト…」アリスは静かに彼の名前を呼び、彼の手を取った。「あなたの痛みを理解したい。でも、空はあなたにとって新しい希望になるかもしれないわ」


ムラトはアリスの手を見つめ、少しの間黙っていた。「まあ、そうかもな。でも、俺にはまだその気持ちを持てるほどの余裕はない」


アリスはムラトの手を握りしめ、心から彼の気持ちを理解しようとした。「いつか、その気持ちが変わる日が来ることを願ってるわ」


ムラトは無言で頷き、再び目を閉じた。彼の中で何かが少しずつ変わり始めているように感じたが、それを認めるにはまだ時間が必要だった。


突然、アリスがムラトに抱きついてきた。ムラトは一瞬驚いて硬直したが、アリスの温かさを感じながら彼女の頭を撫でた。彼の頭の中が真っ白になり、少し嬉しい気持ちも湧いてきたが、恥ずかしさが先に立った。


「アリス、手を離せよ…」ムラトは照れくさそうに彼女の手を引き離そうとしたが、アリスはさらに強く抱きしめてきた。


「暖か~い」


「子供かよ…」ムラトは軽くツッコミを入れたが、その言葉にはどこか優しさが含まれていた。彼は初めてこんなにも慰められる経験をしていた。アリスの温もりに包まれながら、彼の心は少しずつほぐれていくように感じた。


ムラトはふと過去の記憶を辿り始めた。道端で出会った謎の優しい眼鏡爺さん。彼がヴェルトロスに入ったのは、その爺さんの言葉に引き寄せられたからだった。組織に入ったら好きなものをあげると言われたけど実際は褒めまくったり、倒した分だけ報酬を増やすとか言われて、夢見るような期待を抱いて入った。しかし、組織に入った途端、優しい爺さんの仮面は剥がれ、ムラトの人生は狂い始めた。遺伝子濃度検査でアビリティーインデックス2位と判明した彼は、ゲノム少女に対して、アビリティーインデックス2位だからお前らが勝てるわけないと自信満々に言ったり、必死に命乞いする者も居たけど容赦なく倒したりした。彼の中で何かおかしいに感じたが、その命令に従うしかなかった。


ムラトは無慈悲に命令を遂行し、海外のゲノム少女を次々と倒していった。2年間、それを繰り返す中で、彼の心は次第に壊れていった。自分の中に残っていた人間性が徐々に失われていくのを感じたが、それでも止めることはできなかった。


東京の渋谷交差点でエリザベス・シルフィーと名乗る少女に出会った時は、なかなか紳士的だった。酷い言葉を言われる前、エリザベスはヴェルトロスの否定を投げかける言葉に苛ついて一度だけ決闘を始めた。でもお互い1位と2位が争ってもどちらかが負けるという試合になり、結局辞めることにした。そして色々あって反論して、エリザベスが呆れると彼女の言葉がムラトに突き刺さり、「お前の思考が悪い」と冷たく言われた時、彼の心は揺さぶられた。ゲノム少女を倒すことに疑問を抱き、ついに狩りを辞めた瞬間が蘇った。


――ムラトが懐かしさとともにその記憶を辿っていると、アリスが突然、彼の胸に顔を擦り始めた。ムラトは苛立ちを感じ、アリスを体を強く締めつけた。


「ギブ!ギブ!」アリスは驚いてバタついた。


ムラトは彼女をしっかりと見つめ、「すまん。お前やっぱ嫌いだ」と一言言った。


アリスは少し驚いたが、ムラトの言葉に特有の優しさを感じ取った。「そんなこと言わないで、ムラト。私はただ、あなたを支えたいだけなの」


ムラトは少しの間、黙ってアリスを見つめていた。彼の中で何かが変わり始めているのを感じながらも、その変化を認めるにはまだ時間が必要だった。


「お前、本当に変態だな。今すぐにでも神の生贄に捧げるか」


「え!?ムラト酷いよ!?――いたたた!段々と強く締め付けないで!」


「無理」


アリスはムラトの腕の中で必死にもがいていたが、彼の力強い抱擁から逃れることはできなかった。彼の顔には怒りが浮かんでいるが、少し笑みが零れると嬉しい感情の色が残っていた。

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