59話 アリスの様子
……この崩壊した法律と秩序は一部の闘争心と正義感によって生み出されたものだ。この改革によって、新たな価値と道徳観が生まれた。だが一方で、過度に統制された社会は人々が自由に生きる権利を奪い、人々の自己表現や創造性の源を奪ったのだ。しかし何より、政府の悪徳よりも一部の不教育から生まれた愚かさの方が、社会にとって害悪をもたらしている。
戦争では人の選別に左右される状況が生と死を分けるものと、今の善悪に少なからず原因がある。そして、人々はそういった生命の選別を生きる価値として享受しているのだ。
この滅びた都市では、自由も平等も平和も何一つ価値を持たない。人々が助け合って生き残る方法などもはやなく、ただ死に絶えるのを待つばかりだ。そんな終わりゆく世界で、我々人間は何を新たな希望として見つければいいのだろうか……。
「空起きて、お腹すいたよ」
アリスの声が聞こえると、目を覚ましベッドから起き上がった。今日もまたいつもと変わらない一日が始まると思うと憂鬱だが、アリスと一緒にいられることは何より嬉しいことだ。
「あぁごめん、今から作るから待ってて」そう言うと、部屋を出て台所に向かった。朝食を作るために冷蔵庫を開けて卵やベーコンなどの食材を取り出す。そして慣れた手つきでフライパンに油をひき、温まったところで溶いた卵を流し込んだ。じゅうっと焼ける音と共に食欲をそそられる香りが鼻腔をくすぐる。ある程度焼き色がついたところで火を止め、お皿に盛り付けてテーブルに置いた。今日のメニューは目玉焼きとカリカリのベーコンだ。二人で向き合って座りながら一緒に手を合わせる。
「いただきまーす!」
アリスが大きく口を開けて頬張ると、美味しそうに咀嚼しながら笑顔を見せた。その幸せそうな顔を見るとこちらまで幸せな気分になってしまう。思わず口元が緩むのを感じながら食べ始めた。
食事中は何気ない会話をしながら楽しい時間を過ごす。今日の予定とか、昨日のテレビの話とか、最近見た映画の話とか。お互いに笑い合いながら会話をしているだけで心が満たされていく感覚を覚えるのだ。
そうして食事を終えた後は食器を片付けてから出かける準備をする。今日は特に予定がないため二人で散歩にでも行こうと思っていた。玄関先で靴を履き終えた後、ドアノブに手をかけるアリスに声をかけた。
「さて、そろそろ行こうか」
そう言って振り向くと、ちょうど振り向いたアリスと目が合う。次の瞬間、突然ぎゅっと抱きしめられた。あそうか、今日アリス発情期だったか。そう察したらあの人に任せるしかない。
「おーいユキ!ちょっと来てー!」
大声で呼びかけるとドタドタとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた時階段から転げ落ちる音が聞こえた。数秒後、ドアが乱暴に開けられると息を切らしたユキくんが部屋に入ってきた。
「お……及びでしょうか」
少し汗ばんだTシャツとトランクス姿というだらしない格好だが、きっと急いできたんだろう。
「アリスが発情期でさ、ちょっとお願いできるかな?」
そう言うとユキはえ!?っと目を大きくしながら驚く。アリスの方をちらっと見ると頬を赤く染めながら潤んだ瞳で見つめてきた。
「あーえっとー、アリスさんと一緒に意味深な行為で、すか?」
いつも眠そうな半目をぱっちりと開けて言い直す。「いや、君の能力でアリスの発情期を抑えて欲しいんだ。頼むよ」そう言うとユキは冷めたのか興味がなさそうにアリスの方を見ると手を翳すと徐々にアリスの顔色が良くなっていく。
「さすがだね」
「空さんの馬鹿……」
ユキは恥ずかしそうに頰を染めると空が小さく呟く。しばらく経つとアリスは落ち着いたようで、ユキの能力は凄いなと改めて実感する。ありがとうねと頭を撫でてあげるとユキは機嫌を直し、嬉しそうに笑っていた。これでひとまず安心だ。そろそろ出かけるとしよう。
「じゃあ、行ってくるユキ」
そう告げるとユキは小さく頷き、手を振り返してくれた。アリスに肩を貸しながら外に出て歩く。空はこれからの方針を考えつつアリスの横顔をちらりと見やる。まだ少し火照っている頰を浮かべながらふぅふぅと呼吸をしている姿はとても可愛らしいと思った。
(あー可愛いなぁアリスは)
少し意地悪く思った空は冗談半分で言うことにした。
「いやーさっきのアリス、すっごくエロかったぞぉ」するとアリスの顔が一瞬にして真っ赤になり俯いてしまった。どうやら自覚はあったらしい。彼女の脳内では興奮気味だけど体は制御してるっぽい。ユキの能力も凄いけどアリスの精神力も大したものだなと感心する。空の感想にアリスは恥ずかしそうに俯く。
別に合法ロリコン野郎でもないしただ危機感を覚えたからこうしていただけなのにエロく聞こえるのはどうしてだろうかとアリスを見ながら歩いている内に神社へ到着した。神社には人一人いない。静寂に包まれ、聞こえるのはセミの鳴き声と風が木の葉を揺らす音だけだ。
空はとりあえず鳥居をくぐり、辺りを見渡す。特に変わった様子はないなと思い、アリスを木陰に座らせる。木陰に風が吹けば涼しげな音と共に木々がざわめく。アリスは木の幹により掛かるとふぅーっと大きく息を吐き出す。空は隣に腰掛けてアリスを膝枕してあげながら頭を撫で続ける。
しばらくして落ち着いたアリスが話しかけてくる。
「ねぇ、空」
なんだ?と聞き返せばアリスは少しだけ沈黙した後、話し始める。
「空って私のこと好きなの?」
いきなりの質問に少し驚いたが落ち着いて冷静に答えることにした。
「そうだなあ。好きか嫌いかはもう少し先の話かな」
そう答えるとアリスは不満そうに頬を膨らます。そんな姿も愛くるしくて空の口元が緩む。空は空を見上げながら思う。この関係も悪くはないかもしれないなと。するとアリスがいきなり首に腕を回して抱き着いてくる。どうしたと聞くとアリスは顔を真っ赤にして言う。
「ねえ空、キスして」
予想外の発言に空は戸惑った。年齢は先輩だけど相手は10歳の少女だ。さすがにまずいと思った空はやんわりと断ろうとするが、その前に押し倒された。
ユキ、全く効果ないじゃないかよ……。
アリスの興奮を制御したのはいいが、その効果は薄いか、全く効き目が無いようだな。さて、どうしたものか。このままではがロリコンになってしまう。それだけは避けなければならない。はなんとか説得を試みようと思ったがアリスは耳元で囁く。
「ねぇ、いいでしょ?しよ?」と甘えた声で言ってくるものだから一瞬揺らぎそうになったが何とか持ちこたえる。ここで折れたら完全にロリコンの烙印を押されてしまうだろう。アリスの体が押し付けられ、その柔らかい感触が伝わってきて頭がクラクラするがなんとか耐える。
「ちょっと待ってくれ!? 一旦ストップ! 少し落ち着こう!」
しかし、アリスはさらに顔を近づけて来て耳元で囁く。
「ね~え? いいでしょ?」甘い吐息と共に来る悪魔の囁きに抵抗も虚しく理性が崩壊する寸前まで追い込まれてしまった。いや、実際崩壊していたかもしれない。しかし、それでもは耐えることに決めた。決して屈することのないように細心の注意を払いながらアリスの体を引き剥がそうとするが、そのまま抱き着いてくる。
このままでは完全に人生が終わってしまう。どうにかしてこの状況を打破しようと画策するが何も思いつかない。
そして、そのままアリスが口付けをしようとして来たその瞬間、「あれ? 神薙くんとアリスちゃんじゃない。何やってんの?」
外から聞きなれた声が聞こえた。




