30話 協力者
窓から差し込む月の光が、室内の闇をぼんやりと照らしている。
やんちゃな変態金髪少女なのに、こうして見ると、彼女は本当に綺麗だ。長いまつげに、宝石のような青い瞳。
柔らかそうな金色の髪に、雪のように白い肌。
つまり、寝顔だけはおとぎ話から飛び出してきたような、完璧な美少女っていうこと。
アリスは可愛いけど、今は疲れて眠っているので、ちょっとだけ残念に思う。懐いてくる方が一番楽しい。
その時、ドアからノック音が聞こえると出てきたのは慌ててるレナさんだった。
「神薙さん……やっと居た……アリスは大丈夫?」と聞くと、
空は「あぁ、ぐっすりと眠ってますよ」と答えると、アリスの方を見て微笑んだ。
「やはり、心配だったんで、ついてきちゃった」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「いや、まあ、いいけどよ。別に、大したことじゃないし。てか、おまえ、仕事は?」
「サボり。上には、体調が悪いと言っておいたよ。まぁ実際、少し頭が痛かったんだけどね」
レナさんの勤務態度が気になるところだが、本人がそういうなら、これ以上は何も言わないことにした。
「ところで、神薙さん」
「ん?なんだ、レナ」
「なんで、そんなに嬉しそうな顔をしているの?」
え!? 俺は思わず、両手で自分の頬を触った。
確かに、今の俺はニヤけていた。
それはアリスが無事だったことに対して、安心感を覚えたからだ。
それだけなのに、どうしてだろう。アリスの顔を見ると、どうしても笑顔になってしまうのだ。
「もしかして!? アリスさんと一緒に夜の散歩をしていたら、何かイケナイことをしていたんじゃないよね!?」
「いやいや違う! 断じて、何もしていない!」
「あー! これは書類送検モノですよ! 警察に連絡しましょう!」
「おい、マジで違うって! 頼むから、警察はやめてくれぇよ!」
アリスは携帯を取り出し、液晶を触ろうとする。それを必死に止めながら、レナは楽しそうな顔で笑っていた。
フリであっても心臓に悪すぎる。まったく、レナは相変わらず、からかい上手で逆に怖いわ。
しかし、こんなやり取りが、何よりも楽しいと思う自分がいた。
結局、警察署へ通報するのは嘘だと白状したレナは腰掛け椅子に座り直し、
「神薙、後でお説教ね」と言って微笑んだ。
結局説教はなくその後、二人で少しだけ話をしたが、明日も仕事があるとのことだったので早めに帰ることになった。
病室の出入り口へ向かう途中、不意にレナが立ち止まる。振り返ると、レナはこちらを見つめていた。真剣な眼差しからは、決意のようなものを感じる。きっと、大事な用件なんだろう。
近付くと自分の手の平を解放して、レナの肌白い握り拳に視線を向けると紙屑の感触が伝わり、手の平に置いたのは現金1万円札だった。気を放つ紙幣の重みは手が震える程に何故か重量を感じる。
レオナはこちらの目を見ながら、小さく口を開く。
「アリスさんが退院したら美味しいご飯でも食べさせてあげなさい」と言うと優しく笑いかけてくれた。
そして、病院を出ていく背中を見送ったレナは笑顔での手を振った。それを返し、深く頭を下げた。
――ドアが閉まり切る時、後ろを振り返ってレナから貰った1万円のことまでを思うと、感謝の言葉が溢れ出そうだった。だが、今は抑えておくことにした。アリスを負傷させた犯人を突き止めるまでは、そんなことをしている場合ではない。
アリスが意識を取り戻したら、真っ先に会いに行くと約束する。
その時、アリスになんて言えばいいのか、どんな顔をすれば良いか分からない。それでも、彼女はきっと受け入れてくれるはず。
だから、自分がすべきことは、早く犯人を見つけてアリスに会わせることだ。空は拳を強く握り締め、決意を固めた。
アリスの入院した病院から出てすぐ、見覚えのある顔を見つけた。
それは、あのユキだった。ユキは空の顔を見ると、まるで待っていたかのように駆け寄ってきた。
ユキは空が先日出会った、車椅子に乗った少女だ。
アリスと初めて会った時と同じ場所に同じ時間に現れたが、空にとっては偶然とは思えなかった。
しかしユキは独善的で唯一彼女に平手打ちをした人物でもあった。
少しだけ申し訳ない気持ちになり、最初の一言に困ったが、空は思い切って声をかける寸前でユキが先に口を開いた。
「こんにちは、お兄さん。また教会でお会いましたね」
ユキは相変わらず無邪気で屈託のない笑みを浮かべている。
しかし、この子はとても危険だと。支配者か、闇の組織の関与の可能性が極めて高いと。
必死に自分に言い聞かせていた。しかし、脳内では否定していても、心は不安に揺れ動いている。もし本当にそうなら、ユキはいったい何者なのか。空には知る由もなかった。
「ああ、そうだな。教会で会ったな」
空はあえてとぼけて見せた。
ここで変に警戒心を露わにするより、今は相手の出方を伺うべきだろう。それに、まだ確証はないのだ。
すると、ユキは不思議そうな顔をしていた。
「あれ? あの女の子と一緒じゃないんですか?」
やはり、アリスと面識があるようだ。空はアリスのことを尋ねてみた。
「お前はアリスの事どう思ってる? アリスのこと、好きか嫌いかどっちなんだ」
だが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「んー、言いにくいですけど空さんと同じ気持ちですよ」と、ユキは照れた様子だった。
アリスは空にとって特別な存在であり、アリスにとっても空は特別である。
そんなことを、目の前の少女は言っているようであった。空はユキの言葉を聞いて、胸の奥底で何かざわつくものを感じた。
「そ、そうか」
前はアリスを見捨てるなんて酷い奴だと思っていたが、今では違う。むしろ、アリスのために戦っている。
それはアリスも同じなのだ。だから、二人は似ている。アリスと空が似ていたように、この少女もまたアリスと似ている部分があった。
考える程、疑問が湧き上がる。何故、こんなにも似ているのか。
まるで、アリスが二人いるような感覚に陥る。
こいつ、本当に何者なんだろうか。空はユキの素性を疑う。
「どうしました? 私の顔に何かついてますか?」
ユキが首を傾げている。いや、違う。こいつはただの無垢な子供じゃない。空は直感的に感じ取った。
ユキの正体は、もしかしたら天地創造に関わる重要な人物かもしれない。しかし、それをここで訊いたところで意味はない。今は犯人を追い詰めることが先決だ。
それに、ユキは空たちに協力し、力になってくれる。今はそれを信じるしかない。
空は深呼吸をして気持ちを切り替えると、真剣な眼差しでユキを見る。すると、ユキは微笑んでくれた。
「何処か憎しみや後悔の雰囲気が漂っていますね。何かあったんですか?」
ユキは相変わらず冷静沈着な態度で空に尋ねる。
目は失ってるのに残りの五感が鋭くて、感情を読み取ることもお手の物らしい。
流石は天地の創造の人間といったところか。空は一瞬だけ驚いたが、空は苦笑する。すぐに平静を取り戻して答える。
「まあ、いろいろあってさ」
「誰かを殺したい感じがします」「へえ、凄いな。あんたは人を殺すのか?」
「まさか。私はそんな野蛮な人間じゃありませんよ。ただ、人の死を感じることはできます。特に殺気や殺意には敏感です。でも、それは私が人よりも感覚が鋭いというわけではありません。これは単なる私の体質です」と、ユキは否定する。確かに、話の本題ぐらい当てたのだから普通の少女ではないと思っていた。
だが、そこまで察しが良いとは思わなかった。
それなら話が早い。
「犯人は分かっているのか? 俺たちはこれからどうすればいいんだ?」と、空は質問する。
しかし、ユキは首を横に振った。
「残念ながら、まだ特定できてはいません。ですが、もう既に次の事件が起きようとしています」
空は眉間にしわを寄せた。ユキは真剣な眼差しで話を続ける。
「空さん。あなたはこの世界にとって狙われてる危険人物です。今、この瞬間もあなたは何者かから命を狙われている可能性が高いです。もちろん、アリスも同じですよ。もし、アリスが襲われたらどうなると思いますか?」と、ユキは問いかけてきた。
確かに、ユキの言う通りだ。ここでアリスを見捨てることなんてできない。空は拳を強く握り締めて決意を固めた。
「分かった。俺はアリスを守るよ」
「守るとは具合的に何をするんですか?」と、ユキは尋ねる。
すると、空は腕組みをしてしばらく考えた後、「まあ、色々だよ。アリスが危ない目にあったら全力で助けに行く」
と答える。ユキはクスッと笑うと、少し間を置いて再び口を開いた。
それは、あまりにも残酷な運命だった。
「助ける、守るとは? 今隣に居ませんがどういうことですか?」と、ユキに尋ねられた空は冷や汗を流し始めた。そして、慌てて訂正した。
しかし、もう手遅れだった。ユキは空に対して疑いの目を向ける。
まるで、全てを見通したような瞳をしている。空は必死に誤魔化そうとした。
「き、今日は家で留守番だよ。だから、大丈夫だって」
だが、ユキは容赦なかった。空を追い詰めるようにジリジリと近寄ってくる。
「へぇ~そうなんですね。でももし、アリスがこの世にいなかったら空さんは一体どうするつもりなんでしょうか?」と、ユキは問い詰めてくる。
完全に言い逃れはできない。空は諦めて正直に打ち明けることにした。
すると、「分かってましたよ。だってアリスさんのこと何も言ってませんでしたもん」と、あっさりと返された。空は呆気にとられた。まさかバレていたとは思わなかったのだ。
「犯人を探したいでしょ? なら協力します。アリスさんの仇を取りましょう!」と、意気揚々に語るユキ。
空はそんなつもりはなかったのだが、断る理由が見つからなかったので仕方なく了承することにした。
空とユキは早速調査を開始した。先頭にユキが車椅子を引きながら進み、後ろについてく。国道に走る車と人が歩く中、ユキは何処に行くのか理解できなかった。




